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「はい……」
「優奈、起こすのも悪いし、また電話しようと思っていたんだが。スッキリ起きれてるみたいだから今話して平気か?」
優奈の目線に合わせて屈んだ雅人の、少し乱れた髪。
意味がわからないほどに色気を含んでいて、正直どこを見ていればいいのかわからない。
おまけにネクタイは緩められていて、シャツのボタンも三つ程外されているではないか。見える肌色と鎖骨の浮き具合。
色気の加わった三十五歳になった雅人の破壊力を目の当たりにしたのが今の自分で良かった。
素直に雅人を追いかけ回していた頃ならば、間違いなく卒倒していたことだろう。
「…………はい」
ぎこちない返事に、彼は困ったように眉を下げた。そうして少し笑顔を作る。
「昨夜の話。俺の方はすぐにでも優奈を迎える準備をするつもりだ。村野工務店には、うちから弁護士を通そうかと思ってる」
「……え」
「構わないか?」
できることならもう顔も見たくない職場の面々だが、逃げ出すのなら、せめて最後は自分の足で堂々と逃げたい。
優奈は昨夜の失態を思い出して、口籠もりながらも雅人の問いに応える。
「そんな……ダメです。確かに高遠さんの言うとおり」
「ん? 何だって?」
満面の笑みだが、妙に冷んやりとした笑顔。
わざとらしく”聞こえない”と耳に手を当て首を傾げる仕草。
優奈も負けじと、わざとらしく小さな咳払いをして彼を呼ぶ名の、その選択を改めた。
「……まーくんの言うとおり、身体が拒否ってるけど……でもまだ大丈夫。いけます」
「何が?」
「引き際くらい自分で何とかできるし、したい」
「俺は二度とあの会社に近づいても欲しくないが」
「でも……!」
でも、それくらい頑張らなければ自分を許してあげることがきっとできなくなる。
「私もう小さな子供じゃない。辞めたい会社に、辞めたいって伝える。マナーくらい守れる」
朝子がいるのだから必要ないのかもしれないが、少しくらい引き継ぎか発生するかもしれないし。
“かもしれない”程度なのが、悲しいけれど。
「相手がそのマナーとやらをカケラも持ち合わせていないのに?」
「そんな会社山ほどあるでしょ。私は、こうしてまーくんが出没してくれたんだから恵まれてる」
「……出没って熊みたいだな」
雅人は複雑そうに目を閉じて暫し小さく呻くように声を出した後、仕方ないな。と呟いた。
それを、納得してくれたのだと解釈し『ありがとう』と言葉にしようとした優奈。
だが、それよりも早く再び雅人が口を開く。
「優奈、お前この間のバーにどうして入った?」
「はい?」
突然変わってしまった話題に優奈は目をぱちくりと瞬かせる。