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ドレス姿の馨に見惚れた。
そして、ドレスをたくし上げて、隠れた素肌に触れたいと思った。
こんな状況にも関わらず。
馨の頬はほんのり赤く、けれど酔っているふうでもなかった。
一方の俺は、ソファの上で青ざめていた。膝の上には、桜。
桜の腕は俺の首に巻き付き、俺の腕は桜の肩を抱いていた。正確には、掴んでいた。
俺のジャケットは床に落ちていて、ネクタイが緩んでだらしなくぶら下がっている。桜のワンピースは太ももまでめくれあがっていた。
馨は目を見開いて立ち尽くし、瞬きはおろか、呼吸をしているかも怪しかった。
黛の言った通りだった。
桜は怖い女だ。
だが、俺はまだ堕ちちゃいない。
「やだ。見られちゃった」
悪びれることなく、桜は言った。
この状況は、どこからどう見ても恋人と妹の浮気現場。馨の中で、俺が恋人の立場《ポジション》にあるかは別として。
俺は桜の肩の手に力を込めた。膝から降ろそうとするより、馨の方が早かった。
「降りなさい、桜」
ホラー映画さながらの、低いどすの利いた声。ちょっとふざけて言うなら、メドゥーサのよう。今にも髪が湧き立ち、蛇に変わりそうだ。目を見たら、石のように凍りつくこと間違いない。
だが、桜はメドゥーサの妹。全く怯えていない。
その証拠に、俺の膝から降りようとはせず、むしろ顔を擦り寄せてきた。
「桜!!」
マンション中に響いたのではないかと思えるような、馨の怒声。
俺は勢いよく桜を突き飛ばし、立ち上がった。
「雄大くん、ヒドい」
雄大くん——!?
言葉もなかった。
なるほど。
こうやって黛は毒牙に落ちたのか。
「こんなことのために、わざわざ帰国したのか?」
俺は意味をなさないネクタイを解き、ソファに置いた。
「松野亨はこのことを知っているのか?」
桜の表情から、不気味な笑みが消えた。
「俺をハメて、いくら巻き上げるつもりだった」
桜はまたクスッと、不気味に笑った。
「五千万……くらい?」
予想以上の額に、怒りや呆れを通り越して、笑える。
「はっ! 自分に五千万もの価値があると思ってんのか!? クソガキ」
「私の価値じゃないわ。お姉ちゃんの価値よ。婚約者が未成年の妹と浮気したなんて、立波リゾートの専務としての立場はボロボロよね? クソガキにもそれくらいわかるわ」
女じゃなきゃ、間違いなく殴っている。
だが、残念なことに、桜は女で、未成年。
「出て行きなさい、桜」
「お姉ちゃんが悪いのよ! 立波リゾートを横取りしようとするから!!」
「出て行きなさい!!」
「どうしてお姉ちゃんは良くて私はダメなのよ! お姉ちゃんはこの人と結婚して幸せになるんでしょう!? だったら! お金くらい私にちょうだいよ!」
意味が、分からない。
とても、馨の妹だとは思えない。
「馨の秘密、って?」
興奮気味の桜に、聞いた。
「馨の秘密が何かによっては、五千万やらなくもない」
『お姉ちゃんが前の婚約者さんにも言えなかった、秘密。知りたくありませんか?』
桜のこの言葉に、俺は興味を持った。
高津も知らない、馨の秘密——。
きっと馨の口から聞かされる日は、来ない。
だが、馨と桜の確執の根は、きっと『ソレ』だ。
馨が高津にも言えなくて、そのせいで桜に亨とは血の繋がりがないことを話せない『秘密』。
「本当? ……本当に、お姉ちゃんの秘密を五千万で買ってくれる!?」
「桜!」
「内容次第だ」
「雄大さん!!」
いくら馨の秘密を知る為とはいえ、この状況を利用するとは、最低だ。こんなことをしたら、馨は俺を許さないかもしれない。
それでも、馨を『秘密』の呪縛から解放してやりたい——。
「お姉ちゃんはねぇ————」
桜は、楽しそうに言葉を繋いだ。
馨は、その場に崩れ落ちた。
俺は、黙って桜の言葉に耳を傾けた。
「那須川勲の愛人だったのよ」