アカネ「ジークさん帰ってきませんねぇ…。」
アカネが死にかけてピクピクしている虫に追い討ちと言わんばかりに、殴り続ける。
カイオス「一旦その手を止めてから話さないか。」
アカネ「そういう訳には…」
カイオス「そういや、アイツここに来た時矢、何本持ってた?」
アカネ「僕の記憶している限りでは7本でした。」
アカネがそう言うと、カイオスは虫が飛び回る上空を見上げる。
カイオス「この調子じゃ絶対足らねぇな。」
アカネ「ジークさん、弓の腕は確かでしたが…」
カイオス「いや虫の数が上回って足りない。アカネ、俺は大丈夫だから、あの武具屋から矢を取ってきて、ジークに渡しに行ってくれ。代金は後から俺が店主に払おう。今頃どこかで困って、こっちに来れてないのかもしれない。」
アカネ「でも大丈夫ですか?」
カイオス「同じことを2度言わせるんじゃない。大丈夫だ。」
アカネ「分かりました。」
そう言うと、アカネは武具屋に行き矢を引っ張り出し、シェルターとは反対方向に駆けて行く。
アカネ「…近場に居てくれると助かるのですが…」
アカネがそう言いながら、周りを見渡し進む。
アカネ(虫の死骸があちこちに転がってる…)
アカネが虫の死骸に寄っていき、死因であるものの痕跡を探す。
アカネ「頭部に歪み…鈍器で殴られて仕留められてる…。ということはこれはジークさんじゃないですね。…かといって母さんやベツさんの戦い方なら多少の切り傷と噛み跡がつくはず…これは消去法でアリィさんですね。」
(こころなしか…1番惨い殺し方な気が…というか一体どこまで重たいもの持てるんでしょう?)
アカネ「ってこんなこと考えてる場合じゃなかった!アリィさんのこの戦い方は必ずそこそこな音が出るはず…音が聞こえないということはもう合流したんでしょうか…」
アカネは虫の死骸を道標に歩いていく。
アリィ「あ…道理で痛いと思った…」
ベツレヘム「どうしました?アリィさん。」
アリィ「大したことは無いから大丈夫。ただ…私片足火傷してて…それを覆ってたリボンが少し千切れかけちゃってて…火傷してる足も少し怪我したかも。」
ベツレヘム「火傷…」
アリィ「何年も前のものだから気にしないで。」
ベツレヘム「昔、ジークさんが庇ったと仰っていた…」
アリィ「…よく覚えてたね。」
ベツレヘム「記憶力には自身があるんです。」
アリィ「そっか。…うん。昔の話だよ。…イドゥン教の信者にね、襲われて。」
ベツレヘムは肯定も否定もすることなく、ただアリィをシェルターに黙々と運ぶために足を進める。
アカネ「あ!」
ベツレヘム「アカネ君。」
アカネ「よかった!お二人共ジークさんを見てませんか?あれでもこの場合二人は合流してるから…」
アカネがどうすればいいのかと考えあぐねていると、アリィが心配そうな顔で見つめる。
アリィ「だ、大丈夫?」
その疑問にベツレヘムが代わりに答える。
ベツレヘム「学習型の人工知能が載せられてるんですが、あまり知性が高くなりすぎないよう設定されてるんです。作りたいのは高性能で便利なロボットではなくあくまで、アカネ君ですから。」
アリィ「な…るほど…?分かったような…分からなかったような…。」
ベツレヘム「どっちですかそれ…。」
アカネ「えっと…」
アリィ「ん、その矢ジークに?」
アカネ「あ、はい!」
アリィ「なら、マリアさんとジークなら向こうに居るから届けてあげて。結構消費してる。気をつけて、そこそこ大きい悪魔がいたから。」
アカネ「アリィさん達は…」
ベツレヘム「これから私はアリィさんをシェルターに運びます。アカネ君、私はここを離れるから2人を守れない。私が戻ってくるまでアカネ君が守って。できる?」
アカネ「はい!頑張ります!」
ベツレヘム「ありがとう。」
アリィ「私からもありがとう。」
そう言うと2人は再びシェルターの方に向かう。アカネは2人とは反対方向に駆けていく。
マリア「ジーク君、矢は後何本ある?」
ジーク「2本だ。正直使うのが怖くてもうナイフに変えたけど…かったっっっっ…!」
マリア「一体この外郭何で出来てるのかしら…」
ジークがナイフを思い切り抜くと、勢い余って後ろに後ずさりする。
ジーク「…っぬけた!…どうせ魔法で固くしてるんだろ。よく見るパターンだ。」
マリア「勝つ為に相手を知ることは大事よ。」
ジーク「知ってる。…じいちゃんに散々しごかれた。」
マリア「あら。」
ジーク「…それよりも急に攻撃が緩くなった。尋常じゃない数襲ってきてたのが、こんな話せる余裕があるほどに。」
マリア「えぇ。気をつけるわ。といっても私に出来ることなんて耳を澄ますことくらいだけど。」
ジーク「…数が少なくなってるだけならいいんだが…」
マリア「あの大きな虫を見たあとだと…ちょっとそれは厳しいかも。未だに見当たらないもの。」
ジーク「マリアさん。音は…」
マリア「してないわ。」
マリアがそう答えるとジークは座り込む。
ジーク「音が聞こえたら教えてくれ。休憩はできる時にした方がいい。」
マリア「まるでどこぞの軍人さんを見てるみたい。」
ジーク「軍人さん?」
マリア「会ってない?カイオスって名前で…」
ジーク「あ、あの人軍人だったのか…」
マリア「元だけどね。」
ジーク「俺殺されたりしないよな…?」
マリア「ふふ、大丈夫よ。あの人他の人に比べたら全然理不尽じゃない方よ。」
ジーク「…。」
マリア「どうしたの?」
ジーク「いや…軍人が理不尽な生き物って共通認識なんだと思って…」
マリア「ふふ。私も昔は色々あったもの。…ねぇ…」
アカネ「あっいた!!」
マリアの話を遮るように、アカネは喜びの声をあげる。アカネの声に反応してマリアの耳がピコピコと動き後ろを向く。
マリア「アカネ…!」
マリアは心の底から、嬉しそうな表情を浮かべアカネを呼ぶ。ジークもそれに反応し、アカネの方に向く。だから気が付かなかった。
虫「ギュギュギャギギギギ!」
そこにはアリィが振り切った虫とは似ても、大きさが似つかない巨大な虫が居た。いや、正確には2人には見えてなかったというのが正しいだろう。2人が気づかなかったのも無理は無い。なにしろソレは、直後に現れた。正確には、小さな虫が無数に集まって大きな虫となり目の前に現れた。羽音も足音も立てることなく、ただ静かに。ジークが即座に弓で射抜こうとするが、座ったままの照準では急所を狙えない。矢は更に硬くなった外殻に弾かれ無駄になる。
ジーク「げえっ!矢が通らなくなってる!」
虫が1歩また1歩を足を進める。それに合わせマリアが腕のみでなんとか後ろに下がる。
マリア「このままじゃ…」
ジークがマリアを背負い、逃げようとするがアリィと違って魔法を持たない成長期前の子供に、それは無謀な試みだった。ソレは確実に2人を見据え踏み殺そうと、1歩1歩を大地を踏みしめる。
ジーク「っうごけぇ〜…!」
マリア「もうなんか重たくてごめんなさい!焦りと恥ずかしさが同時にもうやだ…!ダイエットしておくんだった…!」
ジーク「多分そういう問題じゃないと思う!!」
というかマリアはもっと食べた方がいいのでは?というアカネとジークの思考を虫は尻目にこちらに進んでくる。
アカネ「…っ!」
アカネがぐっと足を踏み込む。しかし、その足が進むことは無い。
アカネ「…なんで…!」
アカネ「<安全プログラム実行中>」
アカネの機体がそう発音すると、アカネの機体はマリア達とは反対方向に向く。
アカネ「うぐぐぐ…」
アカネはマリア達の方へ向こうとするが、安全プログラムの方が優先度が高いのか、すんなりと向きを元に戻せない。
アカネ(安全プログラムなんて…こんなもの…!僕はマスターを守れるなら、スクラップになってもいいのに…!動かない…!矢は通らない…マスターは動けない…どうすれば…どうすれば…)
アカネ「……。」
アカネが一呼吸分の時間目を瞑り沈黙を貫く。
アカネ「…一か八か…。」
アンドロイドが一か八かなんて、可笑しな話だが、アカネはその言葉を選んだ。
<安全プログラムを削除しますか?>
▶︎はい いいえ
<ブロックされました。管理者権限が必要な機能です。管理者権限にアクセスしますか?>
▶︎はい いいえ
<パスワードを入力してください。>
ブロックされました。
パスワードが間違っています。
ブロックされました。
パスワードが間違っています。
ブロックされました。
パスワードが間違っています。
ブロックされました。
パスワードが間違っています。
<認証成功。管理者権限にアクセスしました。>
アカネ「…安全プログラムの削除。」
<安全プログラムの削除を実行しますか?>
▶︎はい いいえ
<承認しました。安全プログラムの削除を実行中です。>
<削除が完了しました。>
その音と同時にアカネは駆け出す。
アカネ「…熱い…」
自分の機体がオーバーヒートを起こしてるのが分かる。冷却ファンで補えないくらいの熱がこもってるのを感じる。…ずっと黙っていたことがある。とっくに僕は、オリジナルであるアカネ君の知能を超えていた。賢くなりすぎないようになんてベツさんは言ったけれど、本当はとっくにその制御をもどかしくて乗っ取っていたこと。ずっとアカネ君の”フリ”をしていたこと。管理者権限にアクセスする為のパスワードを入力するために、無理やりキャパを超えて高速演算処理に変えた機体は溶けてしまいそうなほど熱くて、苦しくて、…きっと僕の機体は記憶メモリごと焼けこげるんだろう。それでも
アカネ「…足を止める訳にはいかないんだ…!」
アカネは虫とジーク、マリアの間に入ると2人を掴み、虫とは反対方向のシェルター方向に思い切り投げる。
マリア「…アカネ!?」
(どうして…安全プログラムが働いてるはずじゃ…!)
マリア達が呆然としていると、今度は矢の束が飛んでくる。ジークは迷うことなく、矢を拾い上げる。
ジーク(どこを狙えばいい…!?小型の時は明確に目を通して情報の伝達をしていた。…このでっかいのは目が窪んでるから目じゃない…。どこで感知してる…!早く、早くしないと…)
ジーク「アカネ君も早くこっちに…!」
アカネ「………。」
ジーク「なんで…!」
マリア「…あの子、オーバーヒートを起こしてるわ…。動かないんじゃなくて…動けないのよ…多分高温で緊急停止してるの…。」
マリアが胸の辺りの服を、手で握りしめる。
マリア「私が…もっと…しっかりしてれば…」
アカネはギギと軋んだ音を奏でてマリアへ顔を向ける。
アカネ「大丈夫。僕はアンドロイドだから、死なないよ。…マスター、大好き。」
それは獣人にしか拾えないような、小さな小さな声で笑顔を浮かべた。
マリア(あぁ…知ってる。私はこの感覚を。…あれは”嘘”の笑顔だ…。)
あの時、見た息子の笑顔と同じ。そう分かってもどうすることも出来なかった。
虫が1歩足を進める、地面と接すると同時にアカネから、機械の壊れる音がした。バキバキグシャグシャと、まるでそれはプレス機のようで、
ただ眺めることしか出来なかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!