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「おもしろいね、君」
夕暮れに染まる部屋で楽しそうに言った彼女を 今もまだ、鮮明に覚えている。
高校2年のこと。
夕陽に照らされて赤く染る放課後の図書室が、 なんとも言えない特別感があり、僕は密かに気に入っていた。
大して交友関係も広くなく、家にいても暇をもてあそぶだけなら図書室にいた方がマシだと思い立ってから、いつの間にか通いつめるほどに習慣となった。
カーペットを擦る足音だけが密かに響く。
あまり陽の光が当たらない場所の椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろした。
鞄からまだ読了していない本を取り出し、文章に目を通した途端、そこは現実とかけ離れた数奇な場所となる。
その感覚が好きだった。
どれほど時間が経っただろう。
ふと視線をあげると
見知らぬ女子が座っていた。
「あ、やっと気付いた。」
自分でも分かるほど怪訝な顔をした僕にお構い無しに彼女は話を進めてゆく。
「いやー、おもしろいね、君。全然気付かないからさぁ?私わりと 足音うるさいって言われるんだけどな」
「…あぁ、そうなんだ」
「そうそう。実は1週間前からずっといたんだよ?知らなかったでしょ、」
飄々とそう言う彼女に僅かに頷くことが精一杯だった。
呆気取られる僕に今更気づいたのか、多少慌てる素振りを見せた彼女。
「あ、ごめん急に話しかけて。私2年3組の 小野遥」
「、あ、えっと、2年5組の野上蓮」
すっかり彼女のペースだ。
「実はその、野上くんの読んでるやつ私も好きなんだ、だから思わず話しかけちゃった。それで、ここにいるわけは友達を待ってるからです。ほら、掃除当番ってひと月で変わるでしょ?友達が今月それだから時間潰そうと思って」
野上くんは?と話をふられる。
「僕も、時間潰しに。帰宅部だし、これといった用もないからさ」
「へぇ、じゃあ一緒だ、私も帰宅部。野球部とかの練習見てるとなんであんな体力あるのか、ほんっと不思議だよねぇ」
そうだね、なんて曖昧でぎこちない返事しか返せなかった。
「遥〜、行こ」
唐突に降ってきた声にほんの少し肩を揺らす。
出入口を見るとたしか小野と同じクラスの 真山結奈がこちらを覗いていた。
切れ長な目の、クールなその容姿で密かに男子達の間で話題となっていたのを耳にしたことがある。
名前はその時知ったものの、本人に会うのはこれが初めてだ。
「あ、結奈、じゃあまたね、野上くん」
にこにこと手を振る小野を、あっけに取られて見つめるのが、僕にとっての精一杯だった。