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「先輩、ここにいたんですね」
「あず……ゆみ君?」
こっそりと、人気の無い大学の校舎裏でご飯を食べていると、後輩のあずゆみ君に声をかけられる。さっと、食べていたものを隠しつつ、俺は、いつも通りの笑顔を作って「何? どうしたの?」繕った声色で、話す。平常心、平常心と自分の中で、自分なりに答えを出して、区切りを仕切って。それでも、そのほころびからでてしまったものは拾いきれなくて、あずゆみ君に心配されてしまう。
もどかしさを抱える、その顔を見ていると、自分が世界で一番惨めに思えて仕方なかった。
「隣失礼します」
「ど、どうぞ」
カタコトになりながら、隣に腰を下ろしたあずゆみ君と、極力顔を合わせないようにした。
あの日、ゆず君と結ばれた翌日、大学の掲示板に俺の写真が貼られていた。どうやって撮ったのかというくらい綺麗な写真で、だからこそなまめかしくて、俺の恐怖がそこに切り取られているようなそんな感覚さえした。一言で言えば、綺麗に映りすぎているからこその恐怖、といったら、一番しっくりくると思う。
あの日から、勿論ゼミでも噂になって「そういう趣味が?」とか「男に強姦されるなんて」とか、いわれて、距離を置かれてしまった。誰も、俺を心配するような声オをあげてくれなくて、気持ちが悪いものとして、俺は、大学内に放り出されたような感覚だった。俺は、被害者であるはずなのに、何故か加害者みたいな。
まあ、あんな写真、顔を見せるなよと言われたらその通りかもだけど、誰が撮ったのかも、張ったのかも未だに分からなくて、被害が拡大するようなら監視カメラをつける、と声も上がっているが、大学がそんなことで、重い腰を上げるわけないよなあ、と暗黙の了解が俺達の中にはあるわけで。
(気まずすぎる……)
どうして、ここが分かったのかとか、次講義はいってたよね? とか、隣に何の理由があって、きたのか分からないあずゆみ君に俺は、何て声をかければ良いか分からなかった。
もしかして、あの写真について言及されるかも知れない。
そう思ったら、キュッと心臓が締め付けられるような気がして、俺は過呼吸になりかける。喉に何かが詰まったように、息苦しくなるのだ。
後輩の前では、見栄を張りたかった。何も取り柄がないから、でも、それでも慕ってくれる二人の前だけでも俺は格好いい頼れる先輩でいたかった。いえば、そういう先輩を演じていたかったし、演じていたつもりだ。
ゆず君と出会って、虚構の自分に気づいて、落ち込んだこともあった。
俺は、格好いい頼れる先輩でいたいがために、そういう先輩を演じていた滑稽な男だって。それが悪いとは言わないけれど、俺がやっていたのは、まねごとで、演技で、本当にそんな先輩になれた、なんてことは全然無くて。
「先輩」
「な、何? あずゆみ君」
「あ……いえ。すんません」
「な、な、何で謝るの? あずゆみ君は何も悪いことしてないよね?」
いきなり謝りだした、あずゆみ君をどう宥めれば良いのか分からなくて、素のどうしようもなく頼りがいのない俺は、あたふたとその場で両手を振り回すことしか出来なかった。
あずゆみ君は、本当に思い詰めたような顔で、下を向いているので、これはもう、俺に何も出来ないのでは無いかと、諦めの境地に達してしまった。
「もしかして、俺の写真のこと」
「……っ、はい。思い出したくもないかも知れない……と、思いますが。あーくそ、ちゃんと、言葉考えてきたはずなのに」
と、あずゆみ君は髪をむしる。元々不格好だったハーフアップはもう原形をとどめていなくて、あずゆみ君は、後で直そう、なんて口にして、俺の方を見た。
彼も不器用で、でも優しさは伝わってきて。そういう所が良いところだし、好きだなあ、って思う。
「俺は、先輩のこと、全然気持ち悪いとか思ってないんで。それだけは、分かってください。先輩に避けられるの、めっちゃいやです」
「あずゆみ君?」
「苦しかったら言って下さい。話なら聞けるんで。俺も、先輩に滅茶苦茶話し聞いて貰ってたわけですし。だから……俺も。先輩はもっと人を頼るべきだと思います」
そう、きっぱり言うと、あずゆみ君はずいっと顔を近づけてきた。
目つきが悪いから、睨まれているように感じる……とは、絶対に口にしないし、別に目つきが悪いのが悪いとかは全然思っていないんだけど。心の中で、そんな言い訳をしつつ、真っ直ぐな空色の瞳を見て、俺は息をのんだ。
憧れとか、信頼してる、凄い格好いいとか、その瞳から感じ取れたから。
虚構の俺じゃなくて、こんな素の俺でも、先輩と慕ってくれる後輩が一人でもいて、俺は幸せ者だと感じる。
あずゆみ君は、付け足すように俺にこう言った。
「先輩も俺達に『お願い』してもいいんですよ。てか、して下さい。頼って下さい。先輩、笑ってごまかせることとか、笑えば何とかごまかせるとかそういうの思わないで下さい。いつも、辛そうですから」
「……俺が」
そんなことを言われたのも初めてだ、と俺はそれからも熱弁するあずゆみ君の言葉を半分以上聞き逃しながら、先ほどの言葉を自分なりに咀嚼した。
(俺が、皆を頼って『お願い』しても、いい?)
その言葉は、俺の呪いを解く鍵になるような、そんな気がして、俺は光をそこに見いだした気がした。