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深夜の喧騒の間隙に、V型エンジンの特徴ある鼓動――排気音が一際響き渡る。
その種の者へはこの音は心地好い響きだが、時間帯を考慮してもそれは、一般的には騒音以外の何物でもないが。
それは舗装されたアスファルトを、地を這うような重低音と共に颯爽と駆け抜けていく。
向かう先は――峠だ。
街明かりを一望出来る、丁度良い場所が在る事は、彼等の間では知れ渡っていた。デート時の隠れスポットとして有名も追加で。
闇に溶け込むようで映える、象徴する深紫色の機体は目的の場所へと辿り着いた。
珍しく其所には誰も居ない。
左足でサイドスタンドを出し、車体が地に固定された事を確認すると、そっとエンジンを切った。
その瞬間、先程まで主調“し過ぎ”ていた躍動は嘘のように消え、代わりに静寂が訪れる。
跨がっていた巨大な機体から降りると、そのライダーは黒のフルフェイスを脱ぎ去った。
「…………」
束ねた長い襟髪が、夜風にそっと靡く――時雨だ。
彼は胸ポケットからメンソールの煙草を取り出すと、その一本を口にくわえ火を点ける。
この大柄なバイクで暫く走っていたのだろう。時雨は走後の一服を、眼下の街明かりを眺めながら愉しんでいた。
それから少しの間を置き、聞き覚えのある音が遠くから聴こえ、そしてそれは近付いて来る。
時雨には直ぐに分かった。これは自分と同じ種類のV型エンジン音。
時雨の表情が不機嫌に移り変わる。何故ならその黒く長い機体は予想通り此所へやって来、彼の近くで停車したから。
黒い革製のライダースーツに、黒いシールドで表情が分からぬメットを被った搭乗者は、エンジンを切って時雨の下へと。
その行動に時雨としてはてっきり、同じ種類のバイカー同士の共感の類と思ったが――違った。
「何だ、お前か……」
メットを脱ぎ去った其処には、長く美しく靡く黒髪――薊だった。
「そういや、お前はローライダーだったな」
時雨は薊が乗って来たバイクに目線を向ける。同様、薊も側に停車してある時雨のバイクに目を向けた。
「スポーツスター1200……フォーティーエイトの最新式か? ブゥードゥパープルのハードキャンディ最新カラーといい、綺麗に乗ってるな」
薊は隅々まで眺めながら、下手に弄っていない時雨のバイクに誉め言葉を贈る。通常と異なるのは精々マフラー位のものだ。
「ハーレーはノーマルの外観が一番美しいんだよ。お前のようなカスタムは下品に見えるぞ」
対照的に時雨は貶す。一理あるのか、薊は別段気にしていない。
時雨が皮肉ったように、確かに薊の乗るバイク――『ハーレー・ダビッドソン、ダイナFXDLローライダー』は、時雨のそれとは余りにも対照的なフルカスタムだった。
それでも見事なまでの造形美のカスタムなので、時雨はどちらかというと負け惜しみに近いニュアンスのそれだった。
「そういや、アイツもダイナシリーズだったよな?」
不意に話を逸らした時雨の『アイツ』とは、幸人の事を指している。
「ああ。幸人はストリートボブだ。最近は一緒に走る事も無いので、今も乗ってるかは分からんがな……」
勿論、薊も知っている――というより、犬猿の仲である幸人と時雨とは違い、薊の方は幸人と険悪関係には無い。寧ろある程度、友好的な交流はあるだろう。
「ハーレーはスポーツスターがベストなんだよ。無駄にデカくて、排気量高いのがいい訳じゃねえ。全く……お前らと趣味が被らなかった事にほっとするぜ」
幸人程ではないが、当然時雨にとって薊は『仲良い』関係でも無い。妹である琉月は別としてだ。
趣味が被らずほっとしているとは言っても、同じハーレー、バイク乗りは同じ穴の狢だと時雨は気付いてないが。
「――って、それよりお前、何しに来たんだよ!?」
今更感だが、思い出したかのようにいきり立つ時雨は、薊が此所へ来た理由に詰め寄る。
「何しにって……随分だな。お前と同じ、走りたくなっただけだ」
別段時雨を着けてた訳でもあるまい。バイク乗りにとって此所はある意味、憩いの場であり聖地。
「今日が最後かも知れないし……な」
「ふん……」
薊の言ったその意味。時雨は鼻で笑うが、同感だった。
居ても立ってもいられなくなり、愛車で思う存分走りたくなった。
明日には先の見えぬ未来が待っているのだ。
――エルドアーク地下宮殿にて、狂座とネオ・ジェネシスとの軋轢が決定的となった後、明日にも決戦の場が用意された。
今夜はその前夜祭という訳だ。
「何だよ、今更びびってんのか?」
時雨は二本目の煙草に火を点ける。
「いや……。だがかつて無い、過酷な闘いになるのも間違いない」
同じく薊も煙草に火を点ける。彼も喫煙者のようだ。
「折角の機会だから、この際お前に言っておこうと思ってな」
「あん?」
御互い肩を並べた状態だったが、真剣な面持ちで薊が時雨へと向き直る。
「お前は琉月の事が好きなのだろう?」
「何を今更……」
その問いに時雨は当然とばかりに、面倒そうに受け流す。
「アイツも……お前の事を好く思ってる伏がある」
「えっ!?」
だが薊が、それとない琉月の想いを伝えると即座に反応。時雨の表情が、これまでに無い位に明るくなった。
「だろ!? やっぱり~!」
時雨は単純そうに小躍りする。
「ああでもまてまて! いくら結婚した後とはいえ、お前の事は絶対『お義兄さん』とは呼ばねぇからな!」
「い、いや……何もそこまでは言ってないが」
薊は時雨の先走り過ぎ感に、呆れながらも苦笑するしかない。
「全く、相変わらず調子良い奴だ。まあそんな所に、アイツも惹かれたのだろう」
薊は咳払いを一つ、再び時雨へと向き直る。
「アイツはああ見えて、繊細な所がある。お前は軽い奴だが、アイツを想う気持ちの重さは分かった。どうか優しくしてやってくれ……。随分と苦労もあったからな俺達――特にアイツは」
それは兄として、妹を時雨へと託す想い。
「……あ? お前何遺言みてぇな事言ってんだ?」
それを受けて、小躍りしていた時雨も急に神妙な面持ちとなって、彼へと向き直った。
「お前を『お義兄さん』とは絶対呼ばねぇけどよ……お前には、俺達の式の仲人を勤める役が残ってんだ」
「だからそれは早急だと言うに……」
「馬鹿、時間なんてあっという間だ。だから今回、死ぬつもりで闘うんじゃねぇぞ?」
それは口は悪いながらも、時雨なりの配慮の顕れだった。
この闘い――“一人の犠牲者も出す事無く”、皆で生きて乗り越えようという。
確かに相手は、自分達以上に強大。それでも誰かが欠ける事は、敗北と同義。
敗北は元より、相討ちであってもそれは勝利ではないと、そう時雨は言っているのだ。
もしかしたら薊の、自分にもしもの事があったらという覚悟を、時雨は敏感に感じ取っていたのかも知れない。
「……ふふ」
薊はそんな彼の気持ちを汲み取ったのか、微笑を洩らす。それは良い意味としてだ。
「そうだな。まあ俺も、進んで死にに行くつもりも無いがな。それに――俺を“殺せる”者は存在しない」
薊は話は終わりとばかりに、自分のバイクの下へ向かう。
「何カッコつけてんだか。それよりこの闘いが終わったら、仲人役忘れんなよ?」
「よくもまあ、そこまで話を飛躍出来るものだ……。全く、将来の義兄に何て言い草何だか」
「だから呼ばねぇって!」
その図太さに呆れながらも、薊には見えた気がした。いずれ義理の弟になるかもしれないこの男。多分、コイツは一生妹に頭が上がらないだろうなという、そんな先の未来が。
「一応、覚えておこう」
言いながら薊は、自分のバイクへ跨がり、エンジンを掛ける。
「一応じゃねぇよ、確定事項だ。この闘いが終わったら、俺はすぐにでも琉月ちゃんにプロポーズするからな、うひゃひゃ」
「…………」
もう付き合っていられない。薊は敢えて返さず。
時雨も同様に自分のバイクへと跨がり、エンジンを掛けた。
二台から連なる鼓動が、辺りを浸透していく。
「走るか?」
「どうせ寝れやしねぇんだ。いいぜ、ぶっちぎってやるよ」
そして二台のバイクは重低音を轟かせながら、競うように走り去っていった。