※同時刻――如月家自宅内にて。
エルドアーク地下宮殿での出来事後、幸人と悠莉は自宅にて待機――というより、自宅で“最後かも知れない”夜を過ごしていた。
今夜は二人のみ――という訳ではない。もう一人、悠莉たっての希望で今夜は、琉月も此所で夜を過ごす事となった。
願ってもない琉月は元より、幸人もそれに反対する気は無かった。
エルドアーク地下宮殿にて、創主ノクティスより明かされた真実。
『悠莉は狂座の正統後継者』
これには引っ掛かるものがあり、その真意も分からない。
「何でボクなんかが他の皆を差し置いて、狂座の後継者なのかなぁ……」
そして何より、悠莉自身がその事を一番気にしている。食後も最中でも気が晴れる事が無い。
「…………」
琉月はそんな彼女を心配し、傍に居る事を選んだ。
ソファーに腰掛ける悠莉の隣へ、そっと腰掛けながら琉月は思う。
――そう。あれは初めて悠莉と出会った時の事を。
あれは四年前、管理部門統括の霸屡より紹介された、まだ当時九才余りの幼い少女を、琉月は任される事となった。
いずれ狂座にとって重要な、SS級以上のエリミネーターの可能性を秘めた逸材、とまでしか聞かされていない。
この少女のそれ以前の経歴も、何もかもが不明であり、またそれを追求するつもりは無かった。
“狂座の者は誰しも、過去を決別して此処に居る”
打ち解け合うのは早かった。悠莉はすぐに琉月を本当の姉以上に慕い、また琉月も悠莉の存在を、まるで本当の妹が出来たように思えたものだった。
――琉月は思いながら首を振る。何を怪訝に思う必要があろうか。
目の前の少女が何者だろうと、自分の大切な存在である事に変わりは無い。
「何も心配無いのよ悠莉」
琉月は今一度、悠莉を離さまいと抱き締める。
「貴女は貴女。誰にも好きにはさせないから。例え相手が何者であろうとも……」
「ルヅキ……」
それは決意だった。エンペラーだろうと、創主のノクティスだろうと、彼等の思惑がどうであろうとも、悠莉を思い通りにはさせない。エンペラーは勿論、場合によっては創主まとめて敵対する事もいとわない。
「そういう事。お嬢は俺達の家族だ。あんな得体の知れない連中のとこに、行く必要はねぇ――って行かせねえし」
ジュウベエが膝上に乗って来た。彼も琉月と同意見だ。
「でも……もしボクのせいで、皆に迷惑が掛かったら」
気持ちは嬉しいが、悠莉はますます済まなそうな表情へ。
「……何時お前が迷惑を掛けるんだ? 心配するな。お前は俺達が必ず守る。お前は何時も通り、振る舞っていればいい。というより、お前は何時も通りじゃないとこちらも調子が狂うよ」
幸人もだ。今更何を言ってるんだとばかりに、悠莉の頭に軽く手を置いていた。
「う、うん……」
悠莉は思わず、涙が溢れそうになるのを堪える。
――そうだった。自分はこんなにも守られ、愛されているのを、改めて身に沁みていた。
「そうだね~。うん、ホント幸人お兄ちゃんとルヅキが結婚したらいいのに~。そして皆で一緒に暮らすの」
突然の爆弾発言に、思わず幸人はぎょっとなった。調子が戻ったと思ったらこれだ。
「それは良い考えね。でも私では、彼には勿体無いかと」
琉月は軽く、その提案を流す。
「そうかな~? でも幸人お兄ちゃんには、亜美お姉ちゃんもいるしボクもいるし、ホント日本も一夫多妻制なら良かったのに~」
「幸人には勿体ねぇよ、お嬢」
呆れる幸人を他所に、室内では笑い声が上がった。
ーー団欒に花も咲き、夜も更けてきた。そろそろ休んで、明日に備えねばならない。
当然の事だが、悠莉と琉月は一緒に寝るそうだ。
「――ところで幸人さん。今回の闘い、勝算はおありですか?」
寝床を準備の最中、ふと琉月が訊ねてきた。
本当に一番答え辛い質問だ。
はっきり言ってしまえば、勝算は芳しくない処か、極めて薄いと云っていいだろう。
だが初めから、負けを前提で闘う者は居ない。
しかしこのままでは勝てない事も、身を以て知っている。
「…………」
幸人は無言でクローゼットへ向かい、戸を開けて何かを取り出した。それが答えであるかのように。
「幸人!? お前それっ――」
ジュウベエは眼を見張った。彼も久々に目にしたから。
「福岡一文字則宗……か。久々だな」
「えっ――それって……刀?」
逆に悠莉は初めて目にするのか、というより何時も目にするクローゼットに、そんな物が隠されていた事に驚きを隠せない。
幸人が手にしていたのは、見事な拵えの――黒鞘の日本刀だった。端からでも相当な業物である事は、一見しただけで分かる。
「幸人さん……」
“遂に……刀を抜きますか”
琉月はその姿に、彼の資料を思い返していた。幸人の――雫の本領を。
雫は現在でこそ依頼執行及び戦闘に於いて、特異能と徒手空拳の複合戦術が主だが、彼本来の本質は、実は剣術に有る。
かつてエンペラーに師事していたように、特異能と剣術の高度な複合が雫最大の武器であり、最強の戦術なのだ。
その腕は狂座の歴史に於いても特筆に値し、その剣を前に生き残った者は――皆無。
“やはりこの闘い、鍵となるのは……”
琉月は、刀を手にした雫の姿を見て思う。
約四年余りもの間、彼が一度刀を納めた事を知っている。雫が刀を置いたのは、エンペラーとの決別の意味もあったのだ。
それを再び解禁するという事はーーだ。
琉月は資料のみからではなく、自分の目から見ても雫が、紛れもない天才である事を確信している。
これまで携わってきた彼の依頼に於ける確実性、正確性。その才は他の誰よりも頭抜けていた。だからこそエンペラーは、自ら雫を指南したと云われる程に。
“その天性有るがゆえに、彼はエンペラーをも上回る可能性が有る――”
「…………」
思う琉月を他所に幸人は、手にした刀を鞘よりゆっくりと抜いていく。
その刀身には錆一つ、曇り一つ無い。一度剣を置いた身とはいえ、手入れを欠かす事は無かったのだろう。
「綺麗……」
「幻の名刀――“菊一文字”……ですか」
それにしても美しい刀身だった。悠莉と琉月は刀身が放つその吸い込まれそうな程の造形美に、思わず目を見張る。
その刀身は直刃に小丁子、小乱れまじりの刃文は正に極上業物の逸品。
“福岡一文字則宗”
鎌倉時代、備前の最も名高い刀工で朝廷の為に作刀し、銘に一の字を刻んである所から『菊一文字』と呼ばれ、一説によると、かの新選組一番隊組長沖田総司が、自身の愛刀――『加賀清光』の後に所持していたとされ、現在では国宝以上の幻の名刀と云われている。
「俺達の力は本来、この世に在ってはならない……」
刀身を見詰めながら、幸人は独り言のように呟く。
「それこそ大量殺戮兵器と何ら変わらない。だからこそ、俺達は裏に徹せねばならない」
それは裏に棲まう者の戒めだった。
「ええ……。私達は人知れず世の不条理に干渉し、人知れず闇へと葬り去る者」
琉月も再度、自分に言い聞かせるように反芻する。
「それを表へ向ければ、それは只の危険な物でしかなくなる。奴等はそれを簡単に踏み外した……」
幸人は刀身を鞘に納めながら決意する。
「だからこそ、俺達の手で止めねばならない。誰であろうと」
かつての同僚、師弟同士で殺し合う。かつて親友とそうしたように、今回もその業に身を委ねねばならない。
迷いが無いといえば嘘になる。だが迷っている刻は赦されていない。
「幸人お兄ちゃん……うん、そうだね。ボクも頑張る! でもでも、絶対皆生きて帰るんだからね!」
「いやいや、お嬢は闘わなくていいから……」
「ええ~、でもぉ……」
悠莉もすっかり闘うつもりだ。慌ててジュウベエが説得に入る。元より彼女は最初から、今回の闘いの頭数には誰も入れていない。
「悠莉の護衛は私にお任せを。今回は……私も闘います。悠莉には指一本、触れさせません」
「頼む」
渋る悠莉を他所に、琉月と幸人の間で交わされる盟約。
――そして各々の想いを胸に、夜も更けていった。