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#ワンナイトラブ
#ざまぁ
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あの大騒動から数ヶ月
一ノ瀬商社の朝は、以前とは少しだけ違う風景に変わっていた。
「おはよう、琴葉さん」
エレベーターの前で、涼さんに爽やかに声をかけられる。
周囲の社員たちは、一瞬だけニヤリとした視線を私たちに向けるけれど
すぐにそれぞれの仕事に戻っていく。
今や私たちは、社内公認の「婚約中カップル」だ。
(……まだ、ちょっと照れくさいけど)
私は左手の薬指に輝く、シンプルながらも上質なダイヤモンドのリングを見つめた。
あの日、涼さんが「契約」を破り捨てて贈ってくれた、本物の愛の証。
仕事が終わった後の専務室。
私は最後の一葉を片付け、帰宅の準備をしていた。
そのとき
「琴葉。お疲れ様」
「あ、お疲れ様です!涼さん」
「……ちょっと、いいかな」
カチリ、とドアの鍵が閉まる音。
振り返る暇もなく、私は背後から涼さんの逞しい腕に抱きしめられた。
「涼さん……!また鍵をかけて…」
「いいんだよ。今は『専務』として、優秀な部下に特別な残業をお願いしているところだからね」
涼さんは私の肩に顔を埋め、深く、愛おしそうに息を吐いた。
会社では相変わらずハイスペックで完璧な彼だけれど
私の前でだけ見せるこの「甘えん坊」な独占欲は、日に日に強くなっている気がする。
「……特別な、残業?」
「そう。……今日は君を、一刻も早く独り占めしたいんだ」
耳元で囁かれる、熱い吐息。
彼は私の体をくるりと自分の方へ向けさせると
デスクに寄りかからせるようにして、至近距離で私を閉じ込めた。
それは、あの契約中にも見た光景。
けれど、今の彼の瞳に宿っているのは、偽りのないとろけるような情熱だ。
「琴葉…君に出会って、僕の退屈だった世界は一変した。……君が僕を選んでくれたことに、毎日感謝しているよ」
「私の方こそ……涼さんに拾われなかったら、今の私はありませんよ」
私が勇気を出して告げると、涼さんの瞳が微かに揺れた。
彼は嬉しそうに、けれどどこか切なげに目を細めると、私の唇を優しく、深く、塗りつぶした。
窓の外には、都心の煌めく夜景。
かつては絶望の淵で見上げた街の光が、今は二人を祝福しているように見える。
契約から始まった、嘘の結婚生活。
けれど、積み重ねた時間は、いつしか本物の運命へと変わっていた。
「……さあ、帰ろうか。僕たちの家へ」
繋がれた手は、もう二度と離れない。