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なんだかんだと話の流れで、結局、その枕返しが出るという宿に泊まることになってしまった。
「家に帰れば、あやかしいっぱいいるのに、旅先でまで、あやかしお宿に泊まらなくてもいい気がするんですが……」
と雰囲気ある竹林の小道を歩きながら、壱花は呟く。
「家に帰ればって、お前、駄菓子屋に住んでるわけじゃないだろうが」
と倫太郎に言われ、
「いや~、もうほぼ家ですよ。
ほんとうの自宅の記憶が最近なくて」
と答えながら、壱花は道の向こうにある明かりに目をやった。
上から覆い被さるような竹のトンネルの先に、ぼんやり明るい昔風の建物が見える。
「なんか舌切り雀が出てきそうなお宿ですね」
「お前、もれなくなにかやらかして、舌をちょん切られそうだな」
と言う倫太郎に、
待ってください、ちょん切られるのは雀の方のはずですが……と思ったとき、冨樫が呟くのが聞こえてきた。
「今、私の頭の中では、いろいろ話が混ざって、雀が枕返されてましたよ」
……雀、枕使って寝るのだろうか、と思ったときには、もう宿に着いていた。
「いや~、いい宿じゃないですかっ。
料理は美味しいし、源泉掛け流しだしっ。
竹林が見える露天、最高でした。
ざざざっと竹が風に揺れる音が時折したりしてっ」
風呂上がりに浴衣で、ほかほかな壱花が部屋でそう言ったが、倫太郎は、
「確かにいい宿だが。
お前の評価は当てにならん」
と言ってくる。
「お前、何処でもなにかいいとこを見つけ出してくるからな。
どんなヤバイ宿でも、此処いいですね~、星5とかやりそうだから」
いや、そもそも評価サイトに投稿したりしませんから……。
西崎さんは、して欲しそうでしたけどね、と壱花は思う。
まだ一部でしか評判になっていない枕返しの宿を、この観光地の目玉にしたいようなのだ。
「ぜひ、SNSとかで宣伝してくださいっ。
特に、壱花さんとか。
若いお嬢さんとか、そういうの得意なんじゃないですか?」
と満面の笑顔で言われたのだが。
いや、……私、そういうのものすごい苦手なんですけど、と壱花は思う。
西崎さんの期待が重い。
誰か友だちに頼もう、と思いながらも壱花は言った。
「此処、離れなのもいいですよね~。
騒いでも怒られませんし」
「いい大人がなにして騒ぐんだ」
と言う倫太郎に、壱花は少し考え、
「枕投げとか?」
と言う。
「……枕返しの宿で枕投げ、どうなんだ」
そう倫太郎が言ったとき、冨樫がお茶菓子の側にあった、宿の紹介の紙を見せてくる。
「古来より、枕は人の霊が宿る神聖なものとされているので、枕を投げてはいけないそうですよ」
「……投げまくってましたよ、修学旅行」
と壱花は青ざめる。