テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
一九九四年三月二五日。俗に言う神の御告げ記念日と呼ばれる日に、僕は生まれた。そして、僕の誕生をきっかけに、ダグラス家は修羅場に見舞われたという。赤子の僕を抱き上げたのは、母ではなく、冷たい目をした祖父だったらしい。僕の肌は雪のように白く、髪は闇夜の色。そして、瞳は鮮血のようなディープレッド。あまりにも整った顔立ちは、誰が見ても僕の母親とも、彼女の夫である法律上の父とも似ても似つかなかった。そして、それが母の不貞の証拠だと、一目で分かったらしい。
「何と言うことだ……!」
母の兄、ストロン博士の噛み締めるような怒声が、まだ何も分からない僕の産声にかき消されそうだったと、後に聞かされた。祖父母も顔を歪ませ、互いを罵り合った。ダグラス家を代々支えてきた血の誇りが、僕という存在によって引き裂かれた。
僕の実の両親は、家族との口論の末に家を飛び出し、交通事故で呆気なく帰らぬ人となった。祖父母も一連の出来事によって憔悴死し、残されたストロン博士は、やがて僕を忌み嫌うようになった。全ては、僕の存在が原因だと、彼は言った。
「お前は、この家の呪いだ」
その言葉は、まるで呪文のように、僕の幼い心に刻み込まれた。僕は、生まれた瞬間から、誰からも望まれない、不幸を呼ぶ存在だった。世界は、僕を拒絶していた。
まるで、僕がこの世に生まれ堕ちたこと自体が、罪であったかのように……
─その声は、僕の記憶の最も古く、そして最も冷たい場所に響いている。まるで、深い井戸の底からこだまするかのような、抑揚のない響き。
「……お前のせいで、あの美しい家は穢れた。父さんも母さんも、お前のせいで死んだのだ。ダグラス家の医師としての、高貴な血統も、全てお前が奪った」
僕は、小さな身体で椅子に座り、ストロン博士の言葉を聞いていた。僕の目の前には、暖炉の燃え盛る炎が揺れている。その光が、博士の顔の深い皺を際立たせていた。それは、つい先ほど僕に投げつけられた、あの憎悪に満ちた表情と全く同じ皺だった。
その日、僕は六歳になった。
博士は、僕の誕生日に、これまで何度も語ってきたダグラス家の「呪い」の物語を、改めて聞かせた。それは、僕が生まれた日の惨劇だ。僕のせいで全てが壊れた、と。博士は、僕の瞳のディープレッドを、彼の妹の不貞の証として忌み嫌い、その存在そのものを否定した。
「私は、誰からも必要とされていないお前を、わざわざ引き取ってやった。お前を孤児院に送ることも、野垂れ死にさせてやることも出来たと言うのにだ」
博士の声は、強い感情を露わにしていた。その様子が、僕にはひどく無様に見えた。なぜ、これほどまでに感情的になるのだろう。感情は、判断を曇らせ、エネルギーを無駄にする、極めて非効率で愚かなものだ。そんなものが、この目の前の大人をここまで歪ませるのだから、本当に馬鹿げている。
「だから、お前が我々家族に尽くすのは当然のことだ。感謝しろ。……お前を被験者にしないのは、お前がカルシアの従兄で、八分の一は血が繋がっているからだ。カルシアのドナーとして利用価値があるのだから、カルシアにも感謝しろ」
彼は、椅子から立ち上がり、僕を見下ろした。その巨体は、幼い僕の全てを覆い隠すかのようだった。僕の瞳は、彼の顔に浮かぶ憎悪を冷静に捉えていた。
「お前には、明日から、研究所の雑務を手伝ってもらう。もう六歳になったのだ。充分に働けるだろう」
僕の心には、驚きも、恐怖もなかった。ただ、「ああ、そうか」という冷めた認識があっただけだ。どうせ、この男に拒絶された僕に、選択肢などない。僕は生まれた時から、望まれぬ存在であり、利用されるだけの存在だった。それは、今も、そしてこれからも変わらない。
僕は、無表情で博士を見返した。そして、彼の顔に浮かぶ苛立ちを見た。感情の波一つない僕の態度が、彼を苛立たせる。その程度のことでここまで感情的になれるなんて、何とも愚かな男だ。
そうして、僕の研究所での日々が始まった。それは、僕の哲学をさらに強固にする、長い「修業」の日々でもあった。そして、僕の美学を完成させるための、第一歩だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!