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日菜が体育館に入ると、悠真はシュートを放った後、少し疲れた顔をして立っていた。
それでも、どこか落ち着きがない様子が見て取れた。
日菜は少し遠慮しながら、悠真に近づいた。
「……やっぱり、まだ練習してたんだ」
その言葉に、悠真は少しだけ顔を上げた。
そして、無言でボールを拾って、再びシュートの位置に立つ。
「……もう、帰ろうか」
日菜の提案に、悠真は少しだけ考え込む。
それから、何も言わずに、ただボールを手に取った。
その瞬間、日菜が少しだけ勇気を出して歩み寄る。
「悠真」
悠真はその声に、ぴたりと動きを止めた。
日菜は少しだけ深呼吸してから、続けた。
「……私、あなたとちゃんと向き合いたい」
その言葉に、悠真は息を呑んだ。
「でも、私が間違ってた。桐島くんのことを気にしすぎて、あなたのことを傷つけてしまった。ごめんなさい」
その言葉に、悠真の心は一瞬で引き寄せられた。
彼はゆっくりと振り返り、日菜の目をしっかりと見つめた。
「……俺もごめん」
悠真の言葉に、日菜は少しだけ驚いた顔をした。
そして、少し笑顔を浮かべる。
「なんで?」
「俺も、日菜にちゃんと向き合わなかったから。お前が気にしてたことを無視して、俺はただ嫉妬してただけだ」
その言葉に、日菜の顔が少し赤くなった。
でも、もう何も言う必要はないと感じたのか、悠真はそのままボールを持って、最後のシュートを決めた。
リングにボールが吸い込まれる瞬間、日菜は息を呑んだ。
「すごい……」
その一言が、悠真の胸に強く響く。
「……日菜」
悠真は、再び日菜に向き合い、その手をそっと取った。
「俺、もうお前のことを離したくない」
その言葉に、日菜の目が少しだけ潤んだ。
「私も……」
その言葉が、二人を繋げる瞬間だった。
日菜は、勇気を出して悠真に近づき、彼の顔を見つめながら言った。
「悠真、私、あなたと付き合いたい」
その言葉が、悠真の胸に響いた。
そして、思わず日菜を抱きしめる。
「俺もだよ。ずっと、日菜のことが好きだった」
その瞬間、二人はお互いを強く抱きしめ合い、胸の中の全てを伝えた。
あの切ない時間が、今、ようやく報われた瞬間だった。
そのとき、体育館の扉が開いた音が響く。
そして、桐島がその場に現れた。
「……お前ら、何やってんだ」
その一言に、二人は慌てて離れた。
桐島は、ちょっとだけ驚いた顔をしていたが、すぐにその表情を隠して言った。
「ふん、まあ、いいけどな」
その言葉の裏に、どこか痛みを感じさせるものがあった。
「お前ら、付き合うんだろ? だったら、俺には関係ないけどな」
桐島の言葉に、日菜と悠真は少しだけ戸惑った。でも、その顔を見たとき、桐島が何かを我慢していることに気づいた。
「桐島……」
日菜がその名前を呼んだ瞬間、桐島は軽く肩をすくめて言った。
「俺はもう、行くわ」
そのまま、桐島は体育館を出て行った。
その後ろ姿を見送る二人は、少しだけ言葉を交わし、互いに微笑んだ。
桐島が体育館を出て行った後、悠真と日菜は静かな空気の中で向き合っていた。
二人の間に流れる空気が、少しだけぎこちなく感じられた。
「桐島……気にしなくていいの?」
「うん、でも、なんだか、気まずいよな」
その言葉に、日菜は少し笑顔を見せた。
「でも、私たちがこれからどうするかは、桐島には関係ないよね?」
「うん、そうだな。でも、俺、桐島のこともわかる気がする」
「私も……」
その後、二人は互いに手を繋ぎ、今後どうしていくかを少しだけ話しながら、体育館を後にした。
日菜と悠真が付き合い始めてから数週間が経った。
誰にもバレないように、お互いに慎重に行動し、周りには何も気づかれないようにしていた。
ただ、桐島だけはその秘密を知っている。
「なぁ、日菜」
放課後、教室で悠真が日菜に話しかける。その顔はいつものように明るいが、目を合わせるとどこか照れくさそうな表情を見せる。
「うん?」
日菜も自然に笑顔を浮かべながら返事をするが、二人の会話はどこかぎこちない。
「今日、放課後少しだけ一緒に帰ろうか?」
悠真が言うと、日菜はちょっとだけ考えてから答えた。
「うーん、今日はちょっと忙しいから、また今度ね?」
日菜がそう言った瞬間、悠真は少しだけしょんぼりした顔をして、そのまま小さく頷いた。
「そっか、じゃあまた今度な」
日菜もその反応に心苦しさを感じながらも、周りの目が気になるため、なるべく普通の友達として振る舞わなければならないという思いがあった。
「…でも、放課後会える日、ちゃんと決めようね」
悠真がそう言った言葉には、いつもと変わらない優しさがあったけれど、その優しさの中に少しだけ不安が隠れていることに日菜は気づいていた。
「うん、必ずね」
日菜は軽く笑いながら答え、教室を出る準備を始めた。 そしてそのまま、悠真と一緒に帰ることはなく、別々に帰ることになった。
放課後、日菜は一人で帰ろうとしていたが、突然後ろから声がかかる。
「日菜」
振り返ると、そこには桐島が立っていた。
その顔にはいつもの無表情が浮かんでいて、周りに誰もいないことを確認してから言った。
「お前、悠真とはどうなんだ?」
桐島の言葉に、日菜は少しだけ驚いた。
「え…?」
桐島はそのまま、無駄に気を使うことなく、続けて言う。
「別に、他人に言う気はない。ただ、お前が悠真とどういう関係かくらいは知っておきたいだけだ」
その言葉に日菜は、少しだけ顔を赤くして答えた。
「……なんで、そんなこと気になるの?」
桐島は一瞬、日菜を見つめた後、ふっと冷たい笑みを浮かべた。
「お前と悠真の関係が気になるわけじゃない。ただ、教えておきたかっただけだ」
「教えておきたかったって……?」
日菜はその意味をすぐには理解できなかった。
「お前らが付き合っていること、俺は知ってる」
桐島の言葉に、日菜は完全に動揺した。
それまで悠真と隠れて付き合っていたことが、桐島に知られているという事実に、心の中で驚きと焦りが広がった。
「どうして、そんなこと……?」
「さっき、悠真と一緒にいた時、お前の顔を見ればわかった」
桐島は冷静に、そしてあっさりと言う。
「だから、俺が言っただけだ。お前らの秘密をばらすつもりはない。気にするな」
その言葉に日菜は、ほっとしたような、少し怖いような気持ちが入り混じった。
桐島が本当に何も言わずにいるのか、それとも――
「ありがとう…」
日菜はつい言葉が出てしまったが、桐島はただ一言だけ「別に」と言って、すぐに歩き出した。
「じゃあな」
桐島は日菜の返事を待つことなく、さっさと自分の道を歩いていく。
その背中を見ながら、日菜は少しだけ胸が苦しくなった。
その後も、日菜と悠真は学校では普通のクラスメイトとして過ごし、周りの人たちは二人の関係に気づくことはなかった。
二人の間に何か特別なものがあっても、それは誰にも知られないように隠されていた。
ただ、桐島だけが、その秘密を知っていた。
そのことが、日菜と悠真の関係に、いつもとは違う微妙な影を落としていた。