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原宿通りの看板の下にも向こうにもひとが、あふれている。いったいこれだけのひとがどこから湧いてきたのか――大都市に来るたび、わたしはそんなことを思うけれど、また別の自分が思う。


そういう自分だって、『そんな人間』のひとりじゃないかって。


「改めてみるとこのひとの多さに……圧倒されるね」


されど隣で、なにかを企んだかのように笑うのは高嶺。今日はふたりで来ている。――目的は、複数。


あるとき、わたしは、彼女が会社の机のうえに飾るぬいぐるみ? のようなものに突っ込んだ。「その、おもちゃみたいなの、なぁに?」


するとそのとき高嶺は驚きの表情で、「――知らないの? スクイーズを! にぎにぎしてご覧!」


差し出されるそれを握ってみる。――おお。強度のあるマシュマロみたいで気持ちがいい。


高嶺が言うには、このスクイーズというものは、子どもたちのあいだで大流行だそうだ。そして、そのメッカが原宿なのだと彼女は語る。


「スクイーズのお店って、あまぁい香りがしてもう……最高なんだから! 原宿最高!」

実をいうと、わたしはスクイーズそのものというより、こちらの高嶺をそこまで魅了するものの正体が知りたくて――いざ実行。


さて、原宿通りは、ひとであふれている。歩く隙間もないほどに。


けれど、わたしたちは果敢に飛び込んでいく。――多いのは圧倒的に女子高生。女子高生が遊ぶならふぅん――こういうところに来るのが普通なのか、とわたしは思う。


わたしは昔っから、周囲に溶け込むのが苦手で……こころを許せる友達がなかなか出来なかった。


『運だよ運』と高嶺は語る。『親友に巡り合えるかどうかってのは、運次第。恋に落ちるくらいの偶然なんだから、もし出会えなかったとしても、それは自分が悪いわけじゃない。――そうあたしは、考えるようにしているの』


そして、高嶺は、


『でも、あたしは――あんたに巡り合えた。あなたという唯一無二の友達に』


それを打ち明けたときの高嶺の表情は、キスしたい、と思えるほどに可愛かった。

高嶺と手を繋いで、原宿通りへと足を踏み入れる。きらびやかな店が目立つ。高嶺の言う通りで、スクイーズは大流行のようだ。店頭にスクイーズを飾りつけ、『中で売っています』と広告を打つ店も多く。なるほど流石は日本の中心地。活気があって、みんな楽しそうにしていて、改めて原宿という都市の、威力を思い知らされる。


「ねえ莉子。クレープ食べようよ!」


高嶺の提案で、原宿通りを入って間もない店に、立ち寄ることにする。ピンクを基調とした可愛らしいお店で、黙々と店員さんがクレープを焼いている。側面にはクレープのディスプレイが飾られており、……種類は、


「え。なにこれ。……三百種類以上もあるの?」


あまりの豊富さに目を剥いた。それでは、作る側も大変であろうに。


どうにも、こういう場所でも、社会人としての習性が抜けないゆえに、つい経営者側の心配をしてしまう。けれど、高嶺はそんなわたしの思惑など我関せず、といった様子で、


「あたし、……チョコバナナクレープが食べたい。莉子はなににする?」


「わたしは……そうだな。キャラメルアイスのにする」

なんせ、番号は驚きの三百番台超えだ。行列に並んでいるうちに、商品名を忘れそうになったので、ひとまず、自分の注文する番号だけを頭のなかで繰り返す。高嶺とお喋りする余裕もなかったくらいだ。


さて、二十人以上の並ぶ行列を進み、ようやくレジの前に辿り着く。高嶺は、


「あたしは、チョコバナナクレープ! 102番で!」


「わたしは301番で」


するとにこりともせぬその若い店員さんはクールに、「かしこまりました。チョコバナナクレープと、キャラメルアイスクレープですね。お会計は別で?」


「あ、お願いします」


「かしこまりました」


なにげに、……驚いた。こちらの、明らかに十代後半と思われる女性店員は、300以上もあるメニューを番号で記憶している。わたしの注文したメニューを言うのは、レジ打ちをする前だった。恐ろしい。恐ろしい子……!


「ほら。北島マヤってないで。あっちで待つよ」

ぼうっとしていると、高嶺に首根っこを引っ張られ、クレープが出来上がるのを待機する列に並ぶ。……にしても行列多くないか原宿。日本人は黙って待つのが美徳だと、阪神大震災のときにも絶賛されたが……確かにその通り。外国人だとこうはいくまい。


やがて、順番が回ってきた。


「お待たせしました。チョコバナナクレープ、こちらがキャラメルアイスクレープです!」


ピンクの紙に包まれたクレープは明らかに美味しそうで。うぅーん食欲をそそる! かぶりつきたい!


どうやらクレープを食べるコーナーが角を曲がったところにあり、皆が皆、そこで座ったり、立ったまま食べるひともいたり。外国人観光客の姿も目立つ。甘酸っぱい味に浸りながらわたしは、


「そういえば……高嶺って、英語堪能だよね。どうやって英語を身につけたの」


小さい丸テーブルを挟んで、気になることを問うてみれば、


「理系だし。論文読まなきゃだし、それで自然と……」


「でも、海外留学したことないんだよね? それであの語学力。凄いねー」


「でもそんな流暢な英語は喋れないよ? ジャパニーズイングリッシュだって自覚してるし」

「でも……。あそこにいる外国人観光客の言うこと、だいたい分かるでしょう?」


わたしが声を潜めてそういえば、高嶺は、「まあ、だいたいね」と彼女は語る。


「子どもの言葉遣いが悪いと、親が怒るって構図は、万国共通なんだね……。あたしも、亡くなったおばあちゃんには、言葉のことで散々言われたなあ……」


見れば、確かに。娘さんの言葉遣いのことで、お父さんがぷりぷり怒っている。それをなだめる母親。でも弟君がすねたりと……ああもう大変。


すると、高嶺は、その家族のほうへと足を進め、なんと――


「……ぶっ」


真っ先に娘さんが笑った。続いて、抱っこ紐のなかにいる弟さんも。それから……ご夫婦も。


わたしには高嶺の後ろ姿しか見えないけれど、彼女が、彼らのこころを動かすなにかをしでかしたのは確かだ。オーマイゴッド。高嶺の普段のビジュアルが美しいだけに、思いもよらない効果を生んだようで。たちまち、家族間に流れる不穏な空気が消し飛んでいく。


最後は、高嶺は、『Have a nice trip!』と言い残してその場を去った。――うん高嶺。最高に格好いい。

ただし、――鼻の頭に生クリームがついているのを除けば。


* * *


「へぇ……確かにあまい匂いがするね……」


「うん。この匂い大好き!」


それから、原宿通りを練り歩き、数多いスクイーズ店へと次々入る。何故か階段のうえの、建物の一室が多い。コストパフォーマンスを考えてのことだろう。路面店は少ない。どうやら、スクイーズに興味を持つ若者が、低コストで出店しているようで。


わたしが特に惹かれたのは、壁がピンク色で、部屋の中央に、巨大なスクイーズや、スクイーズのサンプルを置いているお店だ。部屋の隅には、ピンクの水槽に、いちごのスクイーズがたくさん詰められており、なんだかこころが和む。


輸入品が多いらしく、その店では、他ではなかなか見ない、珍しいスクイーズを売っている。愛らしいクマやユニコーン。へえ、ユニコーンって流行っているんだ。


目を奪われるのはわたしたちだけではなく、皆、次々とサンプルを手に取り、そして買っていく。……が、輸入品なだけあってお値段もなかなかのものだ。それまで見たスクイーズは大体、千円台だったのが、ここのは二千円以上するものも。

「ああ……どれにしようかな。これも気になる……」


普段から慎ましくしている高嶺は、こういう場面で物欲を発散するようだ。彼女は、三千円足らずのスクイーズを手に取り、悩んでいる様子。


「でもな。スクイーズセンターがまだだからな。……うし。もう少し考えよう……」


高嶺曰く、なんと、スクイーズは若い女性に大人気で。予約をしなければ入れない専門店もあると聞く。You tuberが紹介したりと、その影響もあって大人気なのだそうだ。


予約は14時。まだすこし時間があるので、わたしたちは、引き続き、原宿通りをうろつくことにした。


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