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𓂃◌𓈒𓐍𓈒
僕の兄は “ 男らしく ” なかった。
可愛いものが好きで、甘いものが好きで。
兄の部屋は女の子の部屋みたいにピンクばっかで白ばっかで。
しかも至る所にクマやうさぎや猫のぬいぐるみが置いてあった。
そんな兄を僕は嫌いだった。
でもそれを言葉には出していなかった。
遠くに見える兄の姿と……
あれは誰だろうか。
少年のような見た目で、でも肝心の顔は黒く塗り潰されたような何かが纏わりついている。
顔が見えないだけで誰かも分からないのか。
そう1人心で呟き零した。
少年…
いや、男の子は兄の海斗……
海斗?僕の兄さんの名前と同じ…
つまりこの男の子は僕?
そう戸惑っている僕を他所に
顔が黒く塗りつぶされたような少年、幼い僕は海斗兄さんに花冠の作り方を教わっていた。
海斗兄さんは笹船と花冠作りが上手だった。
でも海斗兄さんは少し変で、自分が納得いくまで作っては壊してを繰り返していた。
昔からそうだった。
なんで忘れていたんだろう。
前に蒼葉くんが誰かに似ていると誰だろうと思っていた人は海斗兄さんだったんだ。
そんなしみじみと考えている僕を現実に引き戻すような声が聞こえた。
「兄ちゃんなんて嫌いだ!」
少年が、男の子が、そう叫んだのだ。
聞き覚えのある言葉。
これは……
僕の言葉だ。
僕が叫んだ言葉。
僕が海斗兄さんに放った言葉。
確かこの直後海斗兄さんは────
そう次に何が起こるか思い出していると甲高い車の急ブレーキ音が響いた。
あぁそうだ。
思い出した。
なんで忘れていたんだろう。
忘れてはいけないこの出来事。
あの日、僕の兄は、海斗兄さんは…
死んだんだった。
僕が初めて兄に嫌いだと言った日、僕が車に轢かれそうになった日、海斗兄さんは僕を庇って死んだんだった。
死に際に海斗兄さんは何か言っていたような…
そんな記憶を思い出そうとしても前の海斗兄さんを思い出そうとしてしている時と同じで、何も出てこなかった。
なんで、なんで…
思い出せないんだろう。
なんで忘れてるんだろう。
そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
あぁ、そういえばあの日だったな。
あの日、海斗兄さんの死を目の当たりにした日、僕は初めて自分を酷く恨んだんだった。
𓂃◌𓈒𓐍𓈒
仄温かい地。
チクチクと痛くもなく刺さってくる草。
寒くも暑くもない心地良い風。
それらが身体を包み込み、僕は目を覚ました。
先程は何も感じなかった聴力と視力が復活する。
風に吹かれるがままの森の声。
目を瞑っていたせいで未だ慣れない天道様の光。
意識を失う前に見た海斗兄さんのような姿。
あの時は海斗兄さんなんかじゃなくて僕が生み出した空想だとか幻覚だとか思っていたけれど。
あれはきっと幻覚なんかじゃない。
あれはきっと海斗兄さんだった。
そう言い切れる理由は今僕の目の前に海斗兄さんが居るから。
さっきと同じくチョコレートを口いっぱいに頬張る海斗兄さんの姿。
頭には花冠を被っていて、でもどこか不格好で。
だからきっとあの花冠は海斗兄さん自身が作ったものじゃない。
だとすれば、あれは僕が作った花冠だ。
でも海斗兄さんにあげた覚えは無い。
またこれも忘れているだけなんだろうか。
そんなことを思いながら無意識的に海斗兄さんの腕に触れる。
と、
半透明な体なのにも関わらず、
温もりを感じた。
「里玖?どうしたの?」
しかもちゃんと聞こえる。
あの昔聞いた、
昔は嫌いだった、
あの優しい声が。
もう二度と聞けないと思っていた声。
を、今僕は聞いている。
「海斗兄さん…なんで、」
「なんでって何が?」
不思議そうに首を傾げる海斗兄さんを見、勝手に溢れてくる涙。
止めようと止めようとしても、涙は止まらない。
そんな僕を見た海斗兄さんは昔と変わらず僕の頭を撫でて抱きしめた。
それがなんだか蒼葉くんとも似ていて。
「落ち着いた?」
「うん、ごめん」
「なんで謝るの」
そう言って海斗兄さんは笑う。
そんな時間がなんだか心地好くて。
「海斗兄さんはなんでここに居るの?」
「……なんか里玖、変わったね」
変わった?
何が?
そうハテナマークを頭の中で走り巡らせながらも、海斗兄さんから目を離さなかった。
なんだか目を逸らした瞬間に気づいてたら消えてそうで不安になってしまったから。
「前より優しくなってる」
「嬉しい」
「なんで海斗兄さんが嬉しくなるの?」
ふとそんな声が出てしまい、慌てて自身の手で口を塞ぐ。
また、言ってしまった。
また考えないで発言してしまった。
「だって自分の弟が変わってくれてるって思ったら嬉しいでしょ?」
「それに今だって」
そう言いながら海斗兄さんは柔らかく微笑んだ。
そんな言葉と表情のせいか僕の心に温かい何かが実った気がした。
「さて、そろそろ時間だね」
そう言って海斗兄さんは立ち上がった。
「もう行かなきゃ」
「次、会えた時には…ハグでもする?」
冗談じみた言葉を言う海斗兄さんだが、その目が悲しみに揺れていたことに僕は気づいていた。
「それじゃあ里玖 “ またね ” 」
そう言い、海斗兄さんは僕の目の前から姿を消した。
いや、蝶に変わった。
あの若葉に似ていたあの蝶に。
そして蝶は消えることなく僕の周りを飛び回っていた。