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それから、私は「イジってもいいキャラ」から離れるために、イジリに便乗しないような対策をとった。
『安藤クン、今日の肉付き具合はどうかね?また週末ちゃんこでも食べたんじゃないか?』
『ちゃんこはあまり得意ではないので……』
『今日の買い出し係はやっぱり安藤クンに任せよう、ほらランニングいった方がいいだろう?』
『申し訳ないんですが、今話せない仕事がありまして……』
周りのことを考えるんじゃなくて、自分の心を傷つけないように。
そうやって少しずつ変えていけば、つまんなそうな顔をされるけど頻繁にイジられることもなくなった。
この調子でイジられキャラを卒業するんだ。
そう思っていたけれど、それを面白く思わない人物もいた。
「なんかぁ~最近の里子つまんなくない?せっかくボール渡してあげてるんだからさ、もっと面白い返し出来るようにならないと、みんな離れていっちゃうよ?」
「私は別に面白くなりたいわけじゃないから。そんなに面白いことが好きなら有紗が周りを盛り上げたらいいんじゃない?」
「……っ」
はっきりと言い放つと有紗はめずらしく悔しそうな反応を見せた。
よし、言い返してやった。
これでいいんだ。
まともに相手にしようとしていたから私の心は傷つけられていた。
もう高校生でもない。群れなきゃいけない必要なんてないのだから。
「ふん……」
有紗は不満げな表情を残しながら私の元を立ち去った。
これで少しは前に進めているかな?
それから有紗のイジりが数日間収まった。
もしかしたらハッキリ伝えたことでわかってくれたのかもしれないと思っていたけれど。
「やだ~今日里子が履いてる靴って駅前お店のセールで2000円で売ってた靴だ~」
それは気のせいであった。
「いい年してこんな安物履いてるなんて恥ずかしい~自分にもちゃんとお金使った方がいいよ?」
どうしても私を巻き込んでイジりたいのか、前以上に絡んでくるようになった。
「私、今仕事終わりにジム通ってて……」
有紗が別の人と話している時だって、私が近くを通っただけで……。
「あっ、里子には関係ない話だから聞かないでね?だってその体型頑張って維持してるんでしょ?」
そんな嫌味を言ってくる。
「笑いとるために維持してるの。本当常に笑いを磨いててエラい~」
有紗のこんな言葉気にしないようにしていつつも……。
『たるんだお腹』
『関取』
そんなことを色んな人から口々に言われたら、やっぱり気になってしまう。
トイレの鏡で自分を見つめてつぶやく。
「私、太ってるのかな……」
じっと鏡越の自分を見つめる。
有紗の言葉にみんなは笑ったり、便乗してのってきたりするってことはみんなもそう思ってるってことなのかな?
周りから見てやっぱり私は太ってる?
「食事の量減らそうかな……」
痩せたらこのイジリも終わるかもしれない。
だって痩せている人を太っているとイジっても面白くないはずだから。
変わるって決めたから。
私はイジられないためにもそう決意した。
朝は食べず、お昼はサラダだけ。
夜は炭水化物を食べずにおかずだけを食べるようにした。
間食はもちろん無くして出来るだけ最寄り駅から自宅までは歩いて帰った。
「はぁ……頭がクラクラする」
でもやっぱり、この生活には慣れなくて体に力が入らないことが多かった。
そのせいで仕事のミスを指摘されることも……。
「ここ、数字が間違ってるわよ」
「申し訳ありません……」
どうしよう、ダイエットしてもうまくいかない。
しかも、見た目はすぐに変わらないせいか、相変わらず容姿でいじられるばかりであった。
「里子、昼食食べに行こうよ~」
「ごめん、今食事制限してて……」
「えっ、里子が食事制限?ウケるんですけどぉ!」
しまった。
イジられるって分かってるのに、とっさに言ってしまった……。
「食事制限してそれ?私なんてお昼はあげものたくさん食べるけど全然体型変わらないんだ~」
「そうなんだ……」
なんだか疲れる。
会話をしているだけで疲れてしまって反発することさえめんどくさくなってしまった。
「かわいそうだよね~こういう体型に生まれて来ちゃうと一生向き合わないといけないでしょ?」
すると有紗は大きい声で周りの社員さんに呼びかけた。
「今、安藤さんダイエットしてるらしいんですよ~なのでお土産のお菓子とか安藤さんにあげないように注意してくださいねぇ。今日青山さんが持ってきてくれたマカロンは里子の分も私が食べておくね?」
するとゾロゾロとみんなが集まってくる。
「安藤さんダイエットしてるのか、ついに関取卒業なるかってところだな」
「里子は無理ですよ」
ぎゅうっとお腹が締め付けられるような気持ちになる。
あんなに食事を減らしても、イジリもやまないし、見た目も変わらない。
もうやめて太ってるって言わないで。
こうしてダイエット生活を1か月続けた頃、私は突然三浦さんに呼び出された。
「失礼します」
会議室にふたりきり。
すると三浦さんは厳しい口調で言ってくる。
「最近ミスが目立つわよ。ぼーっとしているような気もするし」
「も、申し訳ありません」
私は頭を深く下げた。
自分の責任だ。
最近自分のパフォーマンスが下がっているのは目に見えて分かっていた。
「その……ちょっと思ったことがあるの。余計なことだったら申し訳ないのだけど……」
「はい」
「安藤さん最近ダイエットしてるって」
「は、はい……」
「それが原因なんじゃないかなって思ったの。朝ごはんは食べてる?」
「いえ」
「それでお昼にサラダだけは少なすぎるわ……」
三浦さんの言葉に私は考える。
「でも……ダイエットしたくて」
すると三浦さんははっきりと言った。
「正直に言うけれど……安藤さんが太ってる部類に入るのか疑問だわ。もともとそんな風には見えないし」
「というより今は痩せすぎよ。やつれているようにも見えるわ。一度ちゃんと鏡を見た方がいいわ」
やつれている?
私はカバンに忍ばせていた鏡で自分の顔を確認する。
しかし、周りからの言葉を思い出してしまってとても痩せているようには見えなかった。
「みんなに関取とか容姿をイジられるので……もう少しやせた方がいいのかなって」
「これは私が思っていることだけど……みんなが言うのは本当に思っているんじゃなくて、あなたがイジリやすいから言ってるだけだと思うの。みんなにとってのコミュニケーションなのよ。だからその言葉を真に受ける必要なんてないわ」
どうして太っていると言って笑うのがみんなにとってのコミュニケーションなんだろう。
私は普通のコミュニケーションでいいのに、こんな風に人をわざわざバカにして築ける関係ってあるのかな。
「私は太ってるって言われるの……嫌なんです」
もう心も身体もボロボロですがりつくように伝えると、三浦さんはしばらくの間、黙っていた。
「と、とにかく食事はしっかりとりなさい。このままだと危険だわ」
「はい……」
三浦さんに注意され、その場は返事をすることで収めた。
仕事場への帰り道。歩きながら考える。
どうしたらいいんだろう。
ダイエットをすることで体調は悪くなっている。
でもいつまでも体型のことを職場の人にイジられたくない。
痩せれば太っているなんて言われないはずで……。
あれ、なんか気が遠くなってきた。
目の前の視界が歪みグラグラする。
体に力が入らない。
無理だーー。
そう思った瞬間。
「安藤さん……!」
私はとっさに誰かに支えられた。
「しっかりしてください!」
目を開けると、そこには焦った様子の竹内さんの姿がある。
「竹内さん……?」
「少しベンチで休みましょう」
私の体を支えながらベンチまで連れてきてくれた。
「すみませんでした……立ってられなくなってしまって」
「ちょうどあなたに声をかけようとしていたタイミングで良かったです」
「すみません……」
私の様子を見て、竹内さんは何を考えているのか黙りこんでしまった。
「あの、貧血ではないですかね?」
「えっ」
「今日のお昼に岡本さんが安藤さんがお昼を抜いているってことを大きな声で言っているのを聞いてしまって……最近タイミングが合わなくて話にも行けなかったんですが、お痩せになったみたいですし」
確かに最近竹内さんと話す機会が無かった。
私も切羽詰まっていて、誰かと会話する気持ちにもなれなかったからだ。
「私痩せたんでしょうか?」
いくら鏡を見ても、そんな風には見えない。
同僚や、社員から太ってるって言われる想像しか出来ない。
「自分でも気づかなかったんですか?ここ数週間で急激に痩せたように思います」
「良かった……」
私から思わず出た言葉に竹内さんは顔色を変えた。
「良くないですよ!こんなに倒れる寸前まで食事制限して……危険です。どうして無理なダイエットなんてなさったんですか?」
「そ、それは……」
竹内さんに聞かれるのは恥ずかしかったけれど、私は悩んだ末、伝えることにした。
「なるほど……会社で容姿をずっといじられていたんですね」
「確かに昔は太っていたんです。それで高校時代から私を知ってる有紗が関取ってイジるようになってから、会社で太ってるイジりをされるようになりました」
竹内さんは考えこむようにあごに手を置くと、ゆっくりと話してくれた。
「女性に太っている、太っていないと体型の話をするのは心苦しいんですが……安藤さんは太っていないです」
「えっと、その……」
「太ってないですよ。なのでこれ以上のダイエットは非常に危険です」
竹内さんがハッキリと私に告げてくれた。
きっと言いにくかっただろうけど、ハッキリ言う方が効果があると思ったんだろう。
「あとご自身でイジられているって言っていますが、それってイジるっていうんでしょうか?」
「えっ」
「安藤さんは言われたくないことを社内の人から言われ続けているんですよね?僕は客観的に聞いていて、これってイジりではなくイジメなんじゃないかって思っています」
「で、でも無視されたりとかするわけではないんです……」
「イジメっていうのは無視したり、仲間外れにすることだけを言うんじゃありませんよ。
相手が嫌がっていることを執拗に続けることを言うんです」
竹内さんにハッキリと言われたことで私ははっと我に返った。
そっか……。
やっぱり、高校生の頃に私が感じたことは間違っていなかったんだ。
「嫌だってハッキリと言ったことはありますか?」
竹内さんは優しい口調で聞いてくる。
「有紗にはあります……部長とかには言えなくて」
「では言って見ませんか?」
「えっ」
「ハッキリ嫌だと伝えて、それでも尚イジってくるようでしたら人事部に報告しに行きましょう。その時は僕も一緒に行きますから」
まっすぐに私を見つめる瞳。
きっと竹内さんは困っている人を放っておけないんだろう。
すごく優しい人……。
「でも大げさだって思われたりしないでしょうか?」
「これが大げさだって思いますか?現にあなたは生活に支障が出ているじゃないですか」
「それは……」
確かにそうだ。
無理なダイエットをして、仕事のパフォーマンスも下がって……それだけじゃない。
普通に歩くことも出来なくなっていた。
竹内さんに言われるまで気づかなかった。
「目上の人に言うのは怖いかもしれません。でも一度はっきりと伝えてみましょう」
「ありがとうございます、本当にいつも……竹内さんにそう言ってもらえて少し楽になりました」
我慢しなくてもいいんだ。
しっかりと伝えて伝わらなかったら、それを訴えることだって出来る。
竹内さんはにこっと笑った。
「あ、あの……どうしてこんなに優しくして下さるんですか?」
「どうして、と言われるとちょっと困りますね」
そう言って、竹内さんには頭をかいた。
「そ、そうですよね!竹内さんはみんなに優しいから……」
「違いますよ」
「えっ」
「私が安藤さんと一緒に仕事した時に救われたんです……。疲れている時はコーヒーを差し出してくれたり、考えに詰まった時はアイデアをくれた。周りをよく見ていて、すごく気遣いをして下さった。それをみんなに平等にしていらしたので、すごい方だなって……」
そんな風に見ていてくれた人がいたなんて。
改めてその言葉を聞いてじわりと涙が溢れてきた。
今まで本当の自分を見てくれる人がいなかった気がしてしまって……こうしてちゃんと見てくれることが嬉しかったんだ。
「だから気疲れするようなことがあったら、僕が力になれたらって思ってたんです」
「ありがとう、ございます……嬉しいです」
私がそこまで言った瞬間、お腹がぐーっと鳴った。
やだ、恥ずかしい……。
ずっとお腹が空かなかったのに、急に。
「ふふっ」
すると竹内さんが言う。
「もしよかったら一緒にご飯食べに行きませんか?」
「え、本当ですか?」
嬉しい……。
「近くに美味しいお店がありますから一緒に行きましょう」
こうして私は思いもよらず、竹内さんと一緒に食事をすることになった。
2人きりってなんか緊張するな……。
さっきまで体型のことで悩んでいたのに、今は晴れたようにモヤモヤした気持ちがなくなった。
そして今日は我慢せずに、食べたいものを注文することにした。
「正直ずっと心配でした……あなたが食べてくれて良かったです」
「本当にご迷惑をお掛けしました」
「いえ……こんなところで言うことじゃないかもしれませんが、今のままで十分素敵です」
竹内さんは照れくさそうに、そっぽを見つめて伝えてくる。
「そ、そうですかね?」
私まで恥ずかしくなっちゃう……。
「もう心配させないで下さいね」
ポリポリと頬を書きながら言う竹内さんに私の顔はかあっと赤くなった。
「はい……」
期待してはダメだと思っているのに、心臓の音は加速する。
少しだけ距離が縮まったって思ってもいいのかな?
それから竹内さんとは話しながらゆっくり食事をしたところで別れることになった。
「では、今日は僕のわがままに付き合っていただきありがとうございました」
「わがままなんてとんでもないです、今日の一番元気が出ました」
「それは良かった……あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい……」
竹内さんにお辞儀をして分かれる。
頑張ろう。
我慢をする必要はない。
イジられることが当たり前だと思う必要もないんだ。
それから3日後の月曜日。
私が出勤した時、気持ちを入れ替えたせいか環境が変わって見えた。
イジられたら、しっかり嫌だと伝えるんだ。
その資格が私にもある。
そんな風に思えば強くいられた。
すると部長が来て一番に言ってくる。
「安藤クンおはよう、この土日もしっかりデブ活したか?」
そして、それを聞いていた有紗が身を乗り出した。
「私~休日に里子見かけたんですけどぉ~パフェ食べてましたよ~子豚かと思いました。ダイエットはいいの?」
キャハハハと笑いながら言ってくる彼女を見て私は大きめな声で伝えた。
「パフェ?全然ダイエットしてないなあ。やっぱり君には関取が一番似合っているよ」
2人とも私をバカにしたように笑う。
私はハッキリと言った。
「あの……私、そうやってイジられるの好きじゃないんです。太っているとかデブとか関取とかも言われたら傷つきます」
すると部長はうろたえて必死に言った。
「な、なんだね……安藤クン。これはただのコミュニケ―ションじゃないか」
「そうですよ~ねぇ部長?何本気になっちゃってんの?」
「ただのコミュニケーションであれば、普通にお話しがしたいです」
私が真面目な顔で言うと、有紗が強気な口調で言った。
「これが私たちなりのコミュニケーションなんだから、失礼だよ。せっかく自ら歩み寄ってくれている部長にそんなこと言うなんて」
「そうだよなぁ、岡本クン」
「はい……本当失礼ですよね?里子って時々空気読めないところがあるので気にしない方がいいですよ」
「岡本クンはよく分かっている。君は出世するだろう」
「ありがとうございます」
部長はそれだけを言うと、怒った様子でその場を去っていった。
しっかり言えたけど、これって伝わったの?
私が空気を壊して終わったような気が……。
途中までそう思ってブンブンと頭を振る。
空気を壊すとかじゃなくて、ハッキリ言うって決めたでしょ。
だから、これでいいんだ。
これを聞いた部長が少しでも行動を改めてもらえたら……。
そんな淡い期待を持っていると、昼休み私は有紗に呼び出された。
なんか嫌な予感がする。
そう思っていると、人のあまりいないテラスに呼び出してきた有紗は私がテラスに入るなり怒鳴ってきた。
「どういうこと!今朝のやつ!失礼だと思わないの?あんな会社の周りに聞こえるように言って、本当嫌な感じ」
「嫌な感じって……」
やっぱり全然伝わって無かったんだ。
がっかりした。
そりゃそうか、この人はずっと私のことをイジってきたんだ。
有紗には何回か嫌だって伝えてる。
でも有紗の行動は何も変わってない。
「あのね、何回も言っているけど太ってるとか容姿をバカにするのってパワハラだと思うの」
私の言葉に有紗は目を丸めて笑う。
「パワハラ!?何言ってんの有紗。あれをパワハラなんて思う人いるわけじゃないじゃん」
「そんなことないよ、はたから見たら……」
「じゃあなんで誰も止めないの?みんな一緒になって笑ってるじゃん」
「それは……」
「あれはコミュニケーションだよ。里子さぁ大人になって過敏になりすぎ!好きな人でもいるの?別にいいじゃん。その人だってきっとこのイジリみたら愛されてる人なんだなって思うよ」
「思うわけない!」
竹内さんは言ってくれた。
これはイジりではない、イジめだと。
「あっそーそんなに言うなら人事部に訴えに行ったら?きっと里子の思い込みってなって相手にしてくれないと思うけど」
「…………」
私は黙ってしまった。
いつもそうだ、有紗の強い言葉に言い負かされてしまう。
「あと一つだけ言っておくけど~里子が話しにくいタイプだからみんなああいう風に関わってくれてるんだよ?むしろみんなに感謝すべきなのに文句言うって嫌われるよ?」
「私だって嫌われる覚悟で言ってるよ!」
だってもう、これ以上会社で苦しみたくない。
「まぁもう部長には嫌われたかもね。昇給もこれで無理じゃない?
有紗がちゃんとイジりに乗るって言うなら私がまたサポートしてあげてもいいけど……
よく考えな、冷静にね?」
そんな捨て台詞を残して自分ひとり戻っていった有紗。
なんだろう。
せっかく伝えたのに、逆にもっと心がズタズタにされた気がする。
間違ってない。
朝まではそう思っていたのに、あんな風に言われるとどうしても……。
落ち込みながらオフィスまでの道を歩いていると、向こう側から三浦さんがやってきた。
そして私を手招きすると、自動販売機スペースに誘導する。
「三浦さん、お疲れ様です」
「お疲れ様」
なんだろう、急に手招きされて……。
「私、安藤さんに謝らないといけないことがあるの……」
「えっ」
突然の三浦さんの言葉に驚いていると、彼女は続ける。
「太っているとか、ああいうのはイジっているだけだから気にしない方がいいって言ったこと……今朝のあなたの話聞いていて、精神的に負担になっていたんだなって思ったの」
「三浦さん……」
「そりゃ女性だし、気にしていることだったら尚更、気にしないようにしなさいなんて、そもそもおかしいわよね……。あの時、無責任なこと言ってしまって、ごめなさい」
私はぶんぶんと首を振った。
今朝のこと、三浦さんにはちゃんと伝わっていたんだ。
「私も今まで言えなかったので……しっかり伝えないと言えるべき権利も言えないだろうなって……だから今朝は頑張ってみました。伝わっているかどうかは分からないですが」
三浦さんはうんうんと頷いてくれる。
「私もあなたの容姿をイジるような人がいたら注意するようにするから。また何かあったら相談してね」
「ありがとうございます」
伝わっていなかったんじゃないかって、落ち込んでいたけれど、聞く人によってはちゃんと伝わるんだ。
言って良かった……。
例え、部長に嫌われたっていい。
側にいる人がいなくなってしまってもいい。
このことをおかしいって思ってくれる人がいたらそれで……。
それから午後は気持ちが軽くなった状態でオフィスに戻った。
オフィスに戻り、パソコンで取引先とのメールを打つ。
今は自分が抱えている案件が追い込みを迎えるので、結構忙しい。
今日はどれくらい残業になるだろう。
有紗と部長が何かを話しながら、私をチラチラ見ているのが分かった。
なんだろう、なんか嫌な予感がする。
「部長、ちょっと相談があって……私の仕事安藤さんに少し回してもいいですか?手が足りてなくて」
えっ、私!?
そんなこと一言も相談されたことないんだけど。
「まぁ、それは安藤さんに次第だな」
さすがに部長も、そこは正しく言ってくれるよね。
「絶対大丈夫ですよ~里子昔からなんでも屋なんで頼られたら絶対嬉しいと思うし……」
冗談じゃない。
私は今自分の仕事で手がいっぱいだった。
特に今は納期間近なので、余裕がない。
「というわけだ……安藤クンどうかね?」
部長は私に視線を送り聞いてきた。
「申し訳ありません……今手がいっぱいで……」
っていうか、有紗毎日定時で帰っているのに手がいっぱいって……。
それなら少し残業して仕事を片付けるとか出来るよね?
「親友の岡本クンが頼ってるんだ、ここはサポートしてもらって」
「えっ……」
私が言葉を濁していると……。
「最近の安藤クンはノリが悪いぞ。
ここは余裕を持って仕事して、友達の分までやってあげるのが君という人間だろう?」
部長からはあり得ない言葉が返ってきた。
そんなのどう考えてもおかしくない!?
それに、ノリとかそういう問題じゃ……。
「そうだよ、里子。仕事は1人でしてるんじゃないんだからね?」
……なんだろう。
もうこのやりとりすらもめんどくさくなった。
「分かりました、引き受けます」
絶対におかしいのに。
部長も私なら許されるだろうってあり得ないことを言い出す始末。
自分は変われていると思っていた。
しかし、一度ついた「イジられキャラ」というイメージは、変な方に歪みいいように使われるようになった。
「はぁ……なんで私だけ残業……」
誰もいなくなったオフィスに残り一人で仕事を片付ける。
普段の倍の量だ。
有紗は平気で今日も定時で退社した。
「今日は祖母の病院に行かないといけなくて~」とかいいながら。
それが嘘だとは思わないけれど、自分の仕事を片付ける努力は出来ないだろうか。
それともこれも、私なら押し付けられると思ってやってるの?
もう分からない。
有紗とは距離を置きたいけれど、同じ会社である分どうしても無視することは出来なくて……周りもなんだか有紗の味方なんじゃないかって思ってしまう。
「はぁ」
私が間違ってるわけじゃないよね?
もっと自分ははっきりと言えるタイプだったら。
鈍くさいタイプじゃなかったら、「イジられキャラ」なんて名前は付かなかったのかな。
こんなこと考えても仕方ないんだけど……。
私は不満を抱えながらも、集中して着々と仕事を終わらせた。
「よし、終わり」
自分が返さないといけない連絡はすべて終えた。
あとは有紗が担当しているクライアントとの案件か……。
冷え切った指先でキーボードを打とうとしたその時。
「熱心ですね」
後ろから竹内さんの声が。
「わっ……!」
「驚かせてしまってすみません。これ、差し入れです。良かったら」
そう言って渡してくれたのはホットの缶コーヒーだ。
温かい。
冷えた指先がじんと温かくなる。
「すみません……いただきます」
プルタブを捻って口に運ぶと、ほっと心が温かくなった。
「最近調子はどうですか?」
なんか、竹内さんの顔を見るだけで元気が出るな……。
「竹内さんとお話ししてから自分なりに頑張ろうって思えるようになりました。
一度ついたイメージはなかなか拭えないところもありますが……今朝は部長と有紗に太っているとイジられることが嫌なんだと伝えました」
「そうですか、お力になれたのなら良かった」
「でも……伝わっているかは分かりません」
「いいんですよ。しっかり嫌だと伝えた、そのことがあとで優位に立てますから。まずはそれが出来ただけで大きな進歩です」
「竹内さん……」
「なんて、ちょっとエラそうですね」
「いえいえ、竹内さんの言葉にいつも救われています。頼りっぱなしですみません」
「全然。あなたの笑顔が戻ってきただけで私も嬉しいです」
「笑顔……?」
私がそう問いかけると、竹内さんはまた目線を反らした。
「あれ、言っていなかったですっけ?その……クライアントにプレゼンしに行く時に思いのほか緊張していまして……資料を落とした時あったじゃないですか」
「ああ……!」
約半年かけて形にしていった提案をプレゼンしにいく時、竹内さんは社内で緊張していたようで手にもっていた資料を落としたんだっけ。
その資料を拾ったのが私で……。
「あなたがあんなにたくさん練ったんですから大丈夫ですよって笑ってくれて、その瞬間気持ちが軽くなったんですよね。プレゼンも上手くいきましたし……」
「そうだったんですね、初めて知りました!」
「なので……僕はあなたが笑顔でいてくれる方が嬉しいです」
面と向かってそんなこと言われると恥ずかしくなってしまって、私は思わず目をそらした。
「ありがとうございます……そんなこと言われたら笑顔でいようかなって思っちゃいますね」
だんだんと小さくなっていった声。
しかし、それははっきり竹内さんに聞こえたようで……。
「はい、笑顔でいてください」
そう言ってくれた。
「そういえば今週の金曜日の食事会に安藤さんも来られるそうで……」
「えっ」
今週の金曜日に食事会なんてあったっけ?
「えっと……」
「あれ、心当たりないですか?同僚から安藤さんも来られると聞いたんですが……」
「今のところはそういった予定は」
「そうだったんですね……じゃあぬか喜びでしたね。安藤さんが来るって聞いて嬉しくなってしまいました」
「えっ」
私はぱっと顔をあげて竹内さんを見る。
すると彼と目が合って心臓がドキっと音を立てた。
そんな予定はないけれど、安藤さんが来る食事会なら行きたかったな、なんて思っちゃったり。
「ではお邪魔になりそうなのでもう行きますね。お互いに頑張りましょう」
「はい。竹内さんもお疲れ様です」
にこっと笑って去っていく竹内さん。
今日はもう少し頑張れそうな気がする。
こうして私は残りの業務に集中し、なんとか有紗の分の案件も終わらせたのだった。