翌日。
「里子~私の任せた仕事は終わった?」
有紗は呑気にそんなことを聞いてきた。
「はい、これ……終わったよ。でも今度から助けたりしないから」
「そんな冷たいこと言わないでよ〜本当に昨日は外せない用事があったの。でもさすが私の里子だよ~」
こんな時ばっかりそういう言葉を使う。
私は知っている。
「仕事やってくれたお礼にいいこことしてあげる」
そういうと彼女はにやりと笑った。
「今週の金曜日、なんと竹内さんたちとの食事会を取り付けました~!」
「えっ、それって有紗だったの?」
「そうだよ~ん。竹内さんが仲良くしている同期の人に声をかけたの。里子も参加することになってるから楽しみにしててね」
「そんな、勝手に……」
「どうせ用事なんてないでしょ?それに竹内さん来るんだから大チャンスじゃん」
「でも……」
「なんだ〜喜んでくれると思ったのにその反応?つまんない」
自分はいいことをしたって思ってるのかな?
予定も聞かず取り付けられた食事会で私は嫌な思いをしてるんだけど……。
「今回は辞めておこうかな」
「欠席するならキャンセル料かかるし、幹事は竹内さんの同僚だから、自分でキャンセルすること伝えてくれる?迷惑かかるけどそれでもいいなら後でお金ちょうだいね」
じゃあ、と言って手をひらひらと振り、自分のデスクに戻る有紗。
「ちょ……」
竹内さんの同僚って誰よ。
結局詳しい情報は教えてもらえず、私は行くしかなかった。
そして約束の金曜日――。
憂鬱ではあるけれど、竹内さんに会えるのは嬉しい……。
有紗が取り付けた食事会とはいえ、ちょっと浮かれているのかもしれない。
でも少しくらい浮かれたってバチはあたらないよね。
メンバーは竹内さんを含む男性を3人と私と有紗と三浦さんだ。
なんだかんだプライベートで三浦さんと食事をするのは初めてかもしれない。
ちょっと不安だったけれど、この間私のことを理解してくれた三浦さんがいるなら少し安心かも……。
そして仕事が終わり食事会。
会社前で待ち合わせをしていた。
「お、有紗ちゃ~んこっち、こっち」
「あ〜清水さん、待ってましたよ」
いつの間に仲良くなったのか、竹内さんの同期である清水さんと有紗は親しげに話していた。
有紗は人と距離を詰めるのが上手いからなあ。
「もうめっちゃ楽しみにしてたんですぅ」
「俺もだよ、有紗ちゃんと飲めるなんて嬉しいなぁ」
2人が話している横で竹内さんが話しかけてくる。
「安藤さん、やっぱりいらしたんですね。嬉しいです」
「はい……参加することになりました」
すると、竹内さんは私にしか聞こえない小さな声で聞いてきた。
「あの、岡本さんがいること僕知らなくて……大丈夫ですか?」
「実は私も急に参加することになってて、キャンセル料かかるからって断ることが出来ず……ただ竹内さんがいてくれるので、今日は楽しみにしてきました」
笑ってかえすと、彼も笑ってくれる。
「そうだったんですね、それなら良かった。今日は楽しみましょう」
「はい」
私たちが話していると清水さんが聞いてくる。
「あれ、2人は知り合い?」
「そう。この間同じ案件を担当して、一緒に仕事させてもらったよ」
「へぇ~いい感じじゃん、おいおい~~」
肘で竹内さんをこづく清水さん。
「からかうなよ」
竹内さんって、同期の人と話す時はこんな感じなんだ。
彼の素の部分が見えて、新鮮なだった。
いつもピシッとしている感じだったから。
「もう、早く行きましょう」
それから予約したお店に移動をすると、男女対面する形で席についた。
私の目の前は運よく竹内さん。
嬉しいけど、ちょっと緊張しちゃうかも。
それからはお互いに自己紹介をしたり、趣味の話をしたりして盛り上がった。
今回初めて話した清水さんも、清水さんに連れられて来た川島さんという人も、歳も近いし、とても話しやすい人だった。
「安藤さんは何か好きなものはありますか?」
突然の竹内さんの質問に驚いてとっさに答える。
「好きなもの……えっと、マッシュルームとか好きです」
「ふふっ、そこ行くんだ」
くすっと笑う竹内さん。
すると清水さんも言った。
「もしかして、安藤さんってちょっと天然入ってる?」
「そ、そうですかね?」
すると、私と竹内さんのやりとりを横目で見ていた有紗は言ってきた。
「天然っていうか、里子はバカなんですよ~高校の時からずっと!でもそこが可愛いって言うか~」
バカって……。
よくそんな人がカチンとくること何度も言えるな……。
「しかも~聞いてくださいよ~この子ったら、今日男性がいる食事会って言ったらすぐに気合入れて来ちゃって~服もほら、いつもと違う服着て、こんなに気合入れてきてて~こっちが恥ずかしいよぉ」
「えっ……」
突然の有紗からの言葉に準備しておらず、私はうろたえることしか出来ない。
気合いを入れているわけじゃない。
服もいつも着ている服だし、急きょ決められた飲み会だ。
でも、浮かれていたのは事実で、私は何も言えなかった。
そっか、有紗はこうやって笑いをとってくる。
それはいつだって。
分かっていたはずなのに、私何気を抜いてるんだろう……。
うつむく私に、竹内さんがすっと言った。
「とても素敵ですよ」
もしかして、助け船を出してくれた?
「ありがとうございます、仕事後お食事に行くのは久しぶりで……ちょっと浮かれていたかもしれません」
「いいじゃなぁい、そういうのかわいいじゃ~ん、なぁ?」
それに対して清水さんがのってくれる。
竹内さんが助け舟を出してくれたお陰で、嫌な方向にはいかなかった気がする。
良かった……。
しかし、ふと有紗の方を見ると、自分の思った方にトークが進まなかったからか不満げだった。
やっぱり、あえて言ってるんだ。
私をバカにするために。
また何かして来ないか、不安だ。
大丈夫かな……。
食事が進むにつれて、緊張感も薄れアルコールも入っていたせいかみんな仲良くなってきていた。
「そうそう私もそれ毎日録画して見てますよ。ツッコミがいいんですよね」
「分かる?気が合うね、三浦さん」
楽しそう……。
有紗も三浦さんも楽しそうに話しているのを見て、少しほっとした。
ここのところ気に病むことばかりだったから、こういう賑やかに食事をするのって楽しいかも。
最初はヒヤヒヤしたけど、今日は来て良かった。
竹内さんもいるし……。
ちらっと彼を見ると目が合う。
「どうかしました?」
「い、いえ」
なんだろう、久しぶりにドキドキしてる。
まるで高校生の恋愛みたいに……。
すると、三浦さんがお手洗いに席を立つ。
一度話の流れが切れた時、有紗は何かを思いついたように言った。
「あっ、面白いでいうと……いい写真があるんですけど見ます?」
「なになに~」
「じゃあみんなに見せちゃいますね」
机の上にスマホを広げる。
なんか、嫌な予感がする。
するとそこにあったのは私と有紗の高校の頃の写真だった。
また、この写真……。
「見てください、これ里子ですよ。高校時代の頃の写真です」
「ちょっ、やめてって……」
しかも有紗が見せたのは一番見せて欲しくない、私が腹踊りを無理やりやらされている写真だった。
「ほら、お腹とかすごい出てるでしょ?」
「有紗ちゃんは想像出来るな~目ぱっちりでかわいいね。
「私の方はいいんですよぉ~恥ずかしいから」
「安藤さんも、すごいね……こういうキャラだったんだ!今じゃ考えられないなあ」
清水さんは悪気なく言っている。
有紗だけ触れて私に触れないのはおかしいから。
でも、太っていた頃の写真、見られたくなかった……。
この写真を見て竹内さんはどう思っただろう?
引いてしまったらどうしよう。
顔が見られない。
「里子は高校の頃はお笑い担当だったんですよ、変なことばっかりしてみんなを笑わせてたんです」
「けっこう大胆だったんだ」
「そうなんですよ~なので今はまだ里子は素を出してませんね
なんせ、このお腹についた脂肪を使ってクラスで一番の笑いを取ってたんですから!」
「や、やめてよ……っ」
鼻がツンとする。
好きな人の前でこんなこと……。
もう逃げ出してしまいたかった。
「てかやってよ〜!今日全然面白いことしてくれないじゃん」
「嫌だって」
「盛り上げ隊長お願いしますよ!」
有紗の言葉に他の男性たちも「よっ」と合いの手を入れる。
これじゃあ笑いものだ。
恥ずかしい、嫌だ……。
もうやめて。煽らないで……。
するとずっと黙っていた竹内さんが口を開いた。
「面白いですか?これ」
「えっ」
有紗にそう尋ねる竹内さん。
冷静で少し冷たい声色だった。
「こういうノリって面白いものなんですか?」
「え、そりゃ……面白くないですかぁ?みんな盛り上がってますし……」
「僕は笑えませんが。人の容姿をバカにして笑うのは全然面白くないますよ」
「竹内さん……」
いつも竹内さんの言葉が救ってくれる。
しかし、はっきりと言い放つ彼に、周りは固まった。
「ま、まぁ竹内落ち着こうぜ、なぁ?」
すると有紗はそれに続けるように言った。
「竹内さん、違うんですよ~この子はこういうイジリ方されて喜ぶ子なんです。仲良くしたいんだったら、覚えといてくださいネ。里子も喜びますからぁ」
「嬉しそうな顔しているように見えますか?」
竹内さんは折れることなく、言葉を続ける。
「だ、だからぁ!」
有紗は何度も尋ねられ、たじろいでいた。
これ以上は場を悪くすると思ったのか、竹内さんはにこっと笑うと。
「すみません、ちょっと雰囲気を悪くさせてしまいしたね」
そう言って、自分から新しい話題を振りはじめた。
凍り付いていた雰囲気は元に戻り、有紗だけが不服な表情を見せていた。
竹内さん、優しかったな。
私のせいで竹内さんのイメージが下がらないといいけれど……。
それからはみんな和やかに話をする時間が続いた。
有紗が急に静かになったことだけが引っ掛かったけど、竹内さんにハッキリと言われて堪えてるんだろうか。
そうだといいんだけど……。
話題が途切れお手洗いに立つと、有紗も私の後ろをついてくる。
「有紗もトイレ?」
そう問いかけた瞬間、彼女は大きな声で言った。
「本当超~あり得ない。里子、竹内さんみたいな堅い男絶対やめた方がいいよ?空気読めてないし、ノリを分かってないよね?」
「えっ」
「おかしいと思わない?飲みの場であんなこと言ってさ、清水さんだってちょっと引いてたよ」
そんなことないのに。
なんでそんなこと言うの?
自分が悪いとは一瞬も思わないの?
「だいたいあれは里子が悪いね。私がイジった時嫌な顔したんじゃないの?」
「嫌な顔って……したよ、だって嫌だったもん」
「それがいけないんだよ!もっとイジってくださいってニコニコしてないとさぁ……ああいう風に言われるわけよ。私が悪者にされて正直超~~うざいんですけど」
全然分かってない。
「有紗」
私は静かにそして冷静に彼女に伝えた。
「私、何回も言ってるよね。ああいうイジりは嫌だって。ニコニコなんてするわけないでしょ?
だって……嫌なんだから。それに竹内さんのこと、悪く言わないで。私はしっかりした素敵な男性だと思ってる」
すると有紗はバカにしたように言う。
「もう~盲目だってそれ。顔がカッコいいだけじゃん。しかも里子、女出しすぎ。正直キモいから。あんまりそういうことやってると引かれるよ」
「えっ……」
「あからさまに男の前じゃ面白いことしようとしないじゃん。私のボールもスルーしようとするし」
「私は面白いこと、普段からやりたいって思ってないよ!有紗が無理やりさせてくるだけじゃん」
「あ~~はいはい、もうこうやって男絡むとめんどくさくなるよね。女出しすぎると引かれるの!面白いことしてるくらいの女がちょうどいいんだから」
なんでも自分の解釈だけで片づける。
有紗に何を言っても無駄なんじゃないか。
私はそう思うようになっていた。
それから食事会は少しだけ続いた後、お会計をすることになった。
やっと終わった……。
せっかく竹内さんと一緒にいられると思ったのに、途中からこの会が早く終わらないかって考えてしまった。
やっぱり有紗がいるとろくなことがないな……。
そう思って店を出る前に立ち上がった時、有紗が言った。
「あっ里子、なんかカバンから落ちたよ」
「え、嘘……」
そう言って拾うそぶりをすると、みんなが見ている目の前で彼女はコンドームを差しだした。
「えっ、なにこれ……」
それを見て有紗は大きな声を出す。
「ちょっ、やだぁ~気合入れすぎだって。見て下さい、里子たらこんなの持ってきてて〜本当恥ずかしい」
「あ、安藤さん……」
周りはそれを見てドン引きしている。
そりゃドン引きするに決まってる。
「里子さすがにそれはないって。もう~うちの子がすみません」
私の肩を抱き謝る有紗。
「私のじゃないってそれ」
「はいはい、状況説明は後でね」
強制的に有紗に連行され、先に外に出ることに。
後からお店を出てきた男性陣はわずかに私と距離をとっていた気がした。
「あ、はは……じゃあ帰ろうか」
なんでこんなことになるの?
すごい引いてる。
有紗の言葉でみんな私が持ってきたものが落ちたと思っただろう。
恥ずかしくて竹内さんの顔を見ることすら出来ない。
私は持ってなんかないのに。
なんであんなところに落ちていたんだろう。
ずっと有紗の行動が気になって許せなかった。
それから。
「じゃあ私はタクシーで帰るから」
「お疲れ様で〜す」
「お疲れ様です……」
三浦さんはお店の前でタクシーを拾うと、その場を後にした。
私と有紗が残される。
「じゃ、うちらは電車あるし歩こうか」
「ねぇ」
「どうしたの?」
私の顔を見てきょとんとする有紗。
さっきのこと、まるでなかったかのような表情。
「あれ、私が落としたものじゃない!例え落ちてたとしてもさ……あんな風に大きな声出してみんなに言う必要あるのかな?」
すると有紗は衝撃的なことを言った。
「私のじゃないって……知ってるよ?」
「えっ」
「コンドームが里子のものじゃないのなんて分かってるって。だってあれ、準備したの私だから」
「何、言ってるの……」
声が震える。
うそだよね?
「なんでそんなこと……」
「だって里子、男の人がいると面白くなくなるし……だったら有紗が面白くしてあげようと思って、コンドーム出して里子が落としたかのようにしたんだよ」
人としてやっていいことじゃないって分かっていないの?
怒りで体が小さく震える。
「あ~~本当に面白かった。コンドーム差し出した時の里子の顔。本当傑作だったぁ。やっぱり里子はああいう役割だよねっ!」
そうか、自分の中で面白いって思ったら誰を傷つけても大丈夫な人なんだ。
有紗は自分がよければそれでいいんだ。
「有紗、最低だよ……」
「何本気になってるのさ、てか顔怖いよ?」
「本当にそれが面白いって思った?自分がされても面白いって言える?」
「何言ってるんのさ、里子にするから面白いんだよ?私はそういうキャラじゃないから」
「そういうキャラっていっつも言って片付けるけどさぁ。されて嫌なことだってあるんだよ。みんな笑って片付けてることも、私は傷ついてる!」
私が真剣にそれを伝えると、有紗はあきれた顔をする。
「ムキになりすぎ。暇だったからちょっと遊んでみただけじゃん。
ほら、これで里子も今日いたメンバーにいじられやすくなって、話しやすくなるでしょう?」
「ふざけないで!」
私は今までで一番大きな声を出した。
「有紗は自分のことしか考えてない!」
「そんなことないって、私はみんなのこと考えてるからああやって場を盛り上げたんだよ?」
「じゃあ私のことは?考えたことある?
有紗の言うイジりでどれたけ傷ついてきたか」
ずっと怒りが収まらない。
「……はぁ、めんどくさ。本当ノリが悪すぎて疲れるわ。傷ついたとか言うなら、周り盛り上げる努力すれば?
正直、普通の里子と一緒にいるのってつまんないんだよね。
だからああやって盛り上げてあげてるのに、文句ばっかり言わないでくれる?」
いじりやすくなるなんて、思っているわけがない。
誰がどう考えてもドン引きするに決まってる。
今までは有紗は私に愛があるってずっと言ってた。
愛があるゆえのイジりだって。
でもそうじゃない、今日の有紗はどんな雰囲気になるか分かっていて、意図的にやったんだ。
「ダルいから帰るわ」
そして1人で歩き出す有紗。
私はその場に立ちつくし、必死に涙をこらえた。
「う、う……」
どうして分かってくれないの?
嫌だと言ったら、何本気にしてんのって言われて、やめてと言ったら盛り上げてあげてるから感謝しろと言われる。
私はどうやって有紗に伝えたら、ちゃんと伝わるの?
すると。
――ピロン。
スマホが鳴った。
画面をタップして見てみると、今日連絡先を交換したばかりの竹内さんから届いていた。
【今日はお疲れ様でした。最後大丈夫でしたか?終電がもうすぐだったので最後話に行けなくてすみません。ちなみに最後の……僕は勘違いしていないので安心してくださいね】
竹内さんがくれたメールにほっとした。
良かった……竹内さんは勘違いしていないんだ。
「良かった……っ」
【それから今日いた青山も清水も誤解だと気づいていました。ご安心を】
ポタリと涙が流れる。
私、竹内さんがいなかったら今日ボロボロになっていた。
きっともうみんなのいる場に食事になんて参加出来なくて、会社だって行きたくないって思っていたかもしれない。
ダメだ。
こんなに弱気になっていたら。
涙をぬぐう。
「もう許さない」
言っても伝わらないのなら、強制的に伝わる努力をする。
もう手段を選ばない。
これは自分のことを守るためにすることだ。
彼女……有紗を人事部に訴える。
私は、自分の心を守る準備をはじめた──。
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