「私から貰えるものって……もっといいものあげられると思うよ。私……」
まあ、そのお金は私のであって私のじゃないかも知れないけど……
そう思うと何だか複雑な気分になる。
だが、グランツは首を横に振った。
「グランツって花好きだっけ……?」
「…………」
「うわああ! あの、変な意味じゃないよ! その、男の子だから花が好きであれ……とかそういうんじゃなくて、珍しいというか、ああ、これも違うんだけど!」
「その花だけです」
「……っと」
「たまたま俺が知っている花だったんです。エトワール様が俺にくれるといってくれた花は」
と、グランツは言うと私の手から花を受け取り胸元にさした。
白いレースのような花弁が胸元で揺れていた。
それを見ていると、まるで彼が自分のものになったような錯覚に陥る。その感覚は何とも言えないものだった。
(いやいや、違う違う! 何か違う気がする!)
彼が自分のものって何!? と自分で自分にツッコミを入れる。
攻略キャラで、いずれ専属の護衛騎士になるグランツは……ああ、でも言ってしまえば私のものになったと言うか何というかなんだけど。
そこまで考えて、私の思考はショートした。
なので、話題を戻すことにした。
「そ、それでその花って何なの? ツツジみたいな形してるから、てっきりツツジかと思ったんだけど」
「……アザレアです。エトワール様の言っていることはあながち間違いじゃありません。アザレアはツツジ科の花ですから」
「へぇ……そうなんだ……」
淡々と告げるグランツに、感情なく返す私。
結局会話は弾むことなく終わり、グランツはもう一度私にお礼を言った。
「改めて、俺に機会を与えてくださりありがとうございました。エトワール様」
「いいよ……別に、機会を与えたというか、私が勝手にキレて喧嘩ふっかけちゃって……その尻ぬぐいというか巻き込む形で決闘に」
「それでも、エトワール様は俺を信じてくれた……」
グランツは、胸元のアザレアに触れながら目を閉じた。
彼は言った。
これまで誰も信じられなかったと。否、己だけを信じ己のためだけに剣を振るってきたと。
「俺は、誰も信じられなかった。誰かを守る為に騎士になったわけじゃない……いつか守りたいと思える人が現われればいいと、軽く思っていました。俺にあったのは貴族を見返すことだけ……ただ、それだけだった」
「グランツ……」
それは、先ほどプハロス団長に言った言葉とは異なっていた。
あの時は良く見せるためにとっさに嘘をついたのだろう。それをプハロス団長が見抜いていたかは定かではないが、グランツの貴族を見返す。という言葉は強くいたく感じられた。
誰かを守りたいなんて、きっと二の次だったのだろう。
それでも、私はいいと思った。
だって、私も大概だもの。
「けれど、貴方に出会ってその考え方は変わりました。だから、俺はこれから先もあなたの傍にいます。貴方が、俺を必要としてくれる限り、俺は貴方の剣になります。貴方だけの騎士に」
と、グランツは言うと私の手を取り口づけた。
その行為に思わず私は固まってしまう。
そして、顔を真っ赤にした私を見てグランツは何か訴えかけるような、何かを求めているような瞳を私に向けていた。
ただ、その何かが分からず私は見て見ぬフリをする。
彼の好感度は既に45に上がっていた。
「それでは、俺はプハロス団長に呼ばれているので行きます。きっと団長の稽古は厳しいでしょうし、エトワール様に会いに行く時間がつくれないとおもいます。ですから……」
「私も! 私も、グランツが守りたいって思って貰えるような人になる!」
グランツの言葉を遮るように声を上げた。
きっと彼が気にしているのは、私の剣術の特訓のことについてだろう。
彼はこれから、あの団長の厳しい稽古に耐え抜かなければならない。私に構っている暇もないだろう。それに、私に構う時間があるなら休んで欲しいと私は思う。
だって、護衛騎士になる前に倒れて貰ったら困るから。
「私待ってるから! だから、私のことは気にしないで頑張って!」
「エトワール様」
グランツは私の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んだような気がした
それは、稀に見せる彼の喜びの雰囲気に…… 私はドキッとした。
(さすが、乙女ゲームの攻略キャラ……破壊力がある……)
そう心の中で毒付きつつも、私は咳払いをして何とか誤魔化した。
「必ず、貴方の期待に応えます。貴方の唯一の騎士になれるように」
「うん、期待してる」
私がそう言うと、彼は誓いのポーズを取り私に一礼しプハロス団長の待つ訓練場へと向かい足を進めた。
遠くなっていく背中を見ながら、出会った当時彼のことただ木剣飛ばしてくる危ない感情のない奴と散々思ってきたけれど(感情が詠めないのは未だにそうだが)何だか距離が縮まった気がする。
リース以外の攻略キャラでは一番好感度が高いのがグランツ……
(そういえば、リース……何してるんだろ)
と、ふと彼のことが頭をよぎった。
だが、それまでは本当に頭から抜けていて仮にも推しなのにと自分で自分を叩いた。
けれど、考えたところで中身が遥輝な以上、そしてこの間あんな風に別れてしまった以上彼から私を訪ねてくることはないだろうと。それに、彼は皇太子だ。簡単に会える相手ではない。
そう言い訳し、私はグランツを見送った。
しかし、そんなグランツを呼び止める人物が現われたのだ。
「おい」
「……」
それは、あの火球を出して負けた騎士だった。
私はまた何か言うつもりかとグランツと彼の前に割って入った。
「うちのグランツに何か用!?」
「聖女、様……」
と、男は私を見るなり気まずそうな顔をし頬をかく。
言いたいことがあればはっきり言えばいいと、睨むが後ろにいたグランツは私の方を向いて首を振り私を守るようにして前に立った。
そして、あの冷たく鋭い翡翠の瞳で男を見下ろした。
男は、萎縮し上手く喋れないようだった。
「用があるから俺を引き止めたんですよね? ないなら、そこを退いてください。そして、俺とエトワール様に今後一切近づかないでください」
「ああ、分かった。分かったから……」
男は、グランツの圧に押されていた。
人ってこうも変わるものなのだと私は驚いて言葉もでなかった。
そうして、男は少しの間黙ってから口を恐る恐る開く。
「さっきの、なんだったんだ」
「さっきのとは?」
「だから、お前が魔法を、き、斬った……こと。あれは素人に出来る技じゃねえ! それに、魔法なんて普通斬れるわけ……軌道を逸らすのでさえ難しいって言うのに、お前みたいな平民がッ」
「平民?」
「ひッ……」
グランツの声色が変わり、彼は怯んだ。
平民という単語をまだ使うのかと私が呆れていると、グランツは先ほどの事について意外にも話し始めたのだ。
「ええ、貴方の言ったとおり俺は魔法を斬りました。それと、貴方は俺に平民は魔法を使えない、見たことがないと言いましたよね? それは根本的から間違っています」
「わ、悪かった訂正するから」
「……あれは、俺の魔法です」
と、グランツはへこへこと謝る男を横目にそう吐いた。
男は目を大きく見開いた。
魔法が使えることは珍しくない……平民であってもつかえないわけではないので(確かに一握りではあるが)そこまで驚くことなのだろうかと、私がグランツを見ていると男の方は気配で分かるぐらい酷く震えていた。
「ユニーク、魔法……」
男は、そう口にする。
ユニーク魔法とは何なのか、とグランツを見るがグランツは依然表情を変えず男を見たまま続けた。
きっと、言葉通りの意味なのだろうが私も気になり聞き耳を立てる。
「そうです。俺のユニーク魔法は魔法を斬ることができる魔法です」
そうグランツは言うと、怪しげに口角を上げるのであった。
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