「魔法を斬ることができる魔法……?」
グランツの言葉に私も男も唖然とした。
魔法を斬ることが出来るだなんてそんな馬鹿げたことが現実にあるわけがないと。
けれど、実際グランツはあの時炎を斬り裂いた。
それが事実であるならば、彼が言っていることもあながち嘘ではないのかもしれない。いいや、グランツが言うんだ嘘じゃないだろう。
「俺は、魔力がないから魔法が使えないんじゃない。使いたくても使えないんです。その瞬間が来なければ……」
と、彼はどこか悲しそうな顔でいう。
しかし、魔法を斬ることができる魔法……など特殊中の特殊だろう。それが使えるだけでも凄いというのに、何か不満でもあるのだろうかと私はグランツを見た。すると、グランツは目を細めながら私を見て笑みを浮かべているような気がした。はっきりと、笑ったと仮定出来ない分不気味さを感じる。
私は、何故か背筋がゾクッとし寒気がしたが、すぐにいつもの彼に戻っていた為気にしないことにした。
「貴方は俺の実力を見誤った。俺が魔法を使えないと思い不正を働いた」
「不正だと!? ルールには魔法を使っていけないなどなかった……それなら、お前も魔法をッ!」
「あの火球に当たっていたら間違いなくおだぶつだったでしょうね」
そう、グランツは鼻で笑うように言い放つ。その瞳に浮かんでいたのは、失望と呆れだった。
男の方も負けじと声を上げたが、グランツにそれを言われればぐうの音も出ないようで黙り込んだ。
「平民上がりである俺に負けるというのが貴方のプライドからしたら許さなかった……だから、魔法を使った。理にかなっていると思いますけどね、俺は」
「そ、それじゃあ許してくれるのか……!?」
と、男が恐る恐るとグランツに聞いた。
それにグランツは首を横に振る。
そして静かに男に問うた。それは、氷のように冷たく凍てつく声で。
グランツはゆっくりと、言葉を紡いだ。
「許すも何も、貴方は俺と戦う前から負けていたんですよ。騎士としての誇り以前に、貴方は聖女様のことまで馬鹿にした」
「聖女、様……?」
そう男は口にすると私の方を見た。
確かに、散々馬鹿にされたし騎士として、それも聖女の直轄の近衛騎士として主になるはずの私を散々馬鹿にし、聖女だと信じなかったこと。それは、私だっていい気持ちではないし今でも内心許せない。けれど、私が聖女らしくないというのにも原因があるわけだし……
そう考えつつ、私はあまりにもグランツの考えが詠めず頭を抱えた。
先ほどから、いやあの決闘の時からだ。グランツはわざと相手を挑発するような言葉を口にする。
「ええ、彼女は貴方なんかよりずっと立派な方ですよ。俺は彼女に助けられましたから」
「……」
「貴方は彼女を侮辱した。彼女の名誉を傷つけ、汚した。違いますか?」
「……そ、そうだ。す、すまなかった……すみませんでした、聖女様」
と、男は私の方に向きかえり謝罪をしてきた。
そんな彼に私はどう返せば良いかわからなくて戸惑っていると、グランツは私の方を向いて翡翠の瞳を輝かせ何かを訴えかけてきた。
「これでいいですか、エトワール様」
「な、何?」
「彼からの謝罪です。貴方は、彼のせいで不快な思いになっていたでしょう……なので」
「別に、謝って欲しかったわけじゃなくて」
そこまで言ってから私は、ハッと我に返りグランツの方を見た。
グランツは子犬のようにしゅんとし、まるで褒めて貰いたかったとでも言うような顔で私を見ていた。
もしかして……と、思い私は咳払いをする。
「そ、そうね。アンタ、もう顔を上げていいわ。許す……には値しないけど、私の騎士の心遣いによって今回は見逃してあげる」
私の騎士という言葉に反応するように、グランツの目が光った気がした。
いや、気のせいじゃない。
グランツは明らかにしてやったりといった表情で男を見ていた。
そうして、私はグランツが彼らを挑発し今のような態度を取っているわけが分かったのだ。
貴族の騎士達はグランツを平民だと見下し差別してきた。
しかし、それよりも酷く初めからグランツは貴族の騎士達を見下していたのだ。自分よりも弱い存在だと。
グランツの黒い部分が垣間見れた気がして私の背筋にゾッと悪寒が走る。
それは、自分の勝利を確信していないと出来ない挑発。グランツは、初めから騎士達のことを自分よりも哀れな存在だとみてきたのだ。自分を見下し、平民だと差別する彼らを初めから騎士という目で見ていなかった。
グランツの底知れぬ貴族騎士への恨みと怒りを感じた瞬間だった。
私はグランツのその様子に少しだけ恐怖を覚えた。
「それでは、エトワール様。俺はここで失礼します。プハロス団長に呼ばれているので」
「あ、うん……その、頑張ってね」
「はい」
「……」
「エトワール様?」
グランツが私の顔をのぞき込むようにして屈んできた為、私は何でもないととっさに笑顔を作り彼を見送ろうと思った。
(怖い……な、少しだけ)
作った笑顔はきっとぎこちないだろう。そして、その証拠に手が震えていた。
グランツは確かに感情が表情に出にくいタイプだ。でも、出にくいだけで感じられないわけじゃない。
けれど、彼がうちに秘めているのは黒い恨み、妬みといった感情。
それは数日、数ヶ月とたまった物ではなく何年、何十年とつもりに積もったものだと私は思った。
だからこそ、彼の努力という光にどこか影がある気がして私は恐ろしかった。
純粋に努力していた、という訳ではないのだろう。
「ほら、グランツいったいった! プハロス団長が待ってるよ!」
と、私は強引に彼の背中を押した。
その様子を見ていた男は今なら逃げられるだろうと、私とグランツに背を向け歩き出す。しかし、グランツはその姿にいち早く気づき彼の胸倉を掴んだ。
「……ぐっ」
「自分が見下していた平民に負けるのはどんな気分ですか?」
「おま、え……何を……っ」
「貴方には、分からないでしょうね。俺の痛みなんて」
「……ッ」
「俺は、今気分がいいです。俺を見下していた人間を、今度は俺が見下せると。貴方が、油断してくれたおかげで俺は勝つことが出来た……いつ、俺が魔法を使えないだなんて言いましたか?」
グランツは、フッと笑うと男の襟を離した。
私は彼らが何を話しているのかさっぱり分からなかったが、男の顔が病気的なまでに青ざめているところを見てまたグランツが彼に何か言ったのだと言うことだけを察した。
「貴方たち貴族の騎士が喉から手が出るほど欲していたユニーク魔法を、元平民だった俺が使える……こんなに愉快なことはないです」
「……ひゅ、………ひゅっ」
男は、過呼吸気味になりながらもグランツから目を離せずにいた。
「ただ、一つだけ不愉快なことがあります」
と、グランツは男を見下ろしその冷たい翡翠の瞳と、冷たい氷の刃のような言葉を浴びせた。
「俺の唯一の主人を見下し馬鹿にした。それがとても不愉快です……今後もし、同じようなことがあれば、その時俺は――――」
グランツは男に何かを告げた後、私に視線を向けてきた。
その目は先程とは違い、優しい目をしていた。けれど、グランツは私には何も言わず一礼すると背を向け歩いて行ってしまった。
彼が、男に何を言ったかは結局分からずじまいだったが何だか聞かない方がいいような気がして私も訓練場を後にした。
「よーし、やるぞッ!」
彼に言った「守って貰えるに値する人間」になるということを有言実行するために、私はグランツと会えない期間魔法や貴族の文化、一般教養を学ぼうと決意するのであった。
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