テラーノベル
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家までの分かれ道は、その少し先だった。
僕が立ち止まると、kzhも足を止める。
『じゃあまた明日』
そう打とうとした時だった。
kzhが先にスマホを差し出してきた。
『明日も一緒に帰る?』
あまりにも自然な文章だった。
まるで、
「明日も友達でいる?」
と聞かれているみたいで。
僕は少しだけ戸惑う。
でも結局、小さく頷いた。
kzhは満足そうに笑う。
『決まりな』
それだけ言って手を振り、反対方向へ歩いていった。
夕焼けの中で小さくなっていく背中を見送りながら、
僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
翌日。
教室へ入った瞬間から、昨日とは少し空気が違った。
視線を感じる。
ひそひそと動く口。
何を言っているのかまでは分からない。
でも。
自分の話題だということだけは分かった。
席へ向かう。
すると机の上に小さな紙切れが置かれていた。
折り畳まれたメモ。
開く。
『聞こえないってマジ?』
一行だけ。
心臓が少し跳ねた。
誰が置いたのかは分からない。
けれど。
何となく想像はついた。
紙を握り潰そうとして、
やめる。
代わりに鞄へしまった。
慣れている。
こういうのは。
慣れているはずだった。
なのに。
昨日までより少しだけ痛かった。
その時。
後ろから机を軽く叩かれる。
振り返る。
kzhだった。
『おはよ』
スマホの画面。
たったそれだけ。
それだけなのに。
胸の中に溜まりかけていた重たいものが少しだけ軽くなる。
授業が始まる。
一時間目。
二時間目。
三時間目。
そして昼休み。
教室を出ようとした時だった。
廊下で誰かに肩がぶつかった。
わざとだと分かる。
男子生徒が二人。
昼休みの連中だった。
何か言う。
口元が見える。
今度は読めた。
「かわいそ」
その一言だけ。
胸がぎゅっと縮む。
聞こえないことを馬鹿にされるより、
可哀想だと言われる方が苦手だった。
何も言い返せない。
そのまま通り過ぎようとした。
しかし。
男子たちの表情が急に固まる。
理由はすぐ分かった。
僕の後ろに誰か立っていたからだ。
振り返る。
kzh。
笑っていない。
初めて見る顔だった。
男子たちは気まずそうに目を逸らす。
そのまま去っていった。
しばらく沈黙。
僕はスマホを取り出そうとする。
でも。
kzhの方が先だった。
『ああいうの気にすんな』
短い文章。
それから少し考えて、
もう一文追加する。
『気にするなは無理か』
僕は思わず目を見開く。
『でも気にしなくていい』
その文字を見た瞬間。
なぜだろう。
少しだけ泣きそうになった。
たぶん。
初めてだった。
「分かれ」と言われなかったのは。
「慣れろ」とも。
「気にするな」とも。
ちゃんと、
無理なものは無理だと分かった上で言われたのは。
kzhは頭をかく。
少し照れくさそうに。
それから突然スマホを差し出した。
『そういうの慣れてるから』
意味が分からない。
首を傾げる。
するとkzhは一瞬だけ視線を落とした。
そして。
制服の袖を少しだけめくる。
手首。
そこには古い傷跡が何本も残っていた。
僕は息を呑む。
kzhはすぐ袖を戻す。
まるで見せるつもりなんかなかったみたいに。
『だから分かる』
その短い文章だけが画面に残っていた。
昨日。
スマホを見た時の曇った顔。
あれは。
僕が知らないkzhの過去だった。
コメント
1件
第5話、読み終わりました……いや、もう、kzhくんのあの仕草が全部刺さりました。「そういうの慣れてるから」って、袖をめくった時のあの静かな告白。ああ、だから彼はあんな風に「気にするなは無理か」って書けたんだなって。聞こえないことよりも「可哀想」って言われる方が苦手、という主人公の感覚もすごくリアルで、ぐっときました。ふたりの間で何かが変わり始めた予感、大切に読みたいです。