『太宰おはよー!調子どんな感じ?』
携帯電話から馴染みのある弾んだ声が響く。
「お早う御座います。大丈夫ですよ、今の所は其処まで窮地(ピンチ)ではありません」
太宰の声は何時も通りではなく、その姿の儘年若い少年の声をしていた。
「ですが真逆、貴方から電話がくるとは───」
『乱歩さん』
ふふんっと乱歩が得意げに鼻で笑う。
『でも真逆…そっかぁ……、ほんとに人間って偶に変なもの創るよねぇ』
『あ、社長に休みって伝えといたよ』
「有難う御座います、素早いご理解助かります」
太宰はにっこりと笑みを浮かべた。
一方、離れで森と中也は太宰を眺めていた。
『まぁその感じからして現状愉しんでるんだろうけど、佳いの?タイムリミットあるでしょ?』
「大丈夫ですよ」
『なら佳いんだけどさぁ……』
少しの沈黙が生じる。
『あのさ、太宰』
先程の弾んだ明るい声とは打って変わって、静かな声で太宰の名を呼んだ。
「はい?」
乱歩が息を吸う。
そして言葉を発した。
『“何でそっち”なの?』
太宰の表情が固まる。
『敵の犯行の理由が太宰と素敵帽子くんだとしても、そっちに行くのには確実にデメリットが生じてる』
乱歩は携帯を耳元に近づけながら、後ろの窓を見た。
『僕は別に如何だって佳いけど、お前はもう少し周りを信用した方が佳い』
「……………」
『何時までもカコに囚われるな』
太宰が携帯を握る手に力を込める。そして肺腑から声を絞り出した。
「……そう、ですね。助言…助かります……」
乱歩がため息に近い息を吐く。
『まぁいいや、それで?作戦は?』
「はい。________です」
その言葉に、電話相手の乱歩は苦り切った顔をした。
『それホントに云ってる?結構な危険行為だよ?』
「承知の上ですよ」
『でも、あーそっか……君ってホント素敵帽子君に嫌がらせするよね』
「はい、ですのでお願いしますね?」
『えーっ!……敦に頼めばいいじゃん』
「説明したら意味がないじゃないですか」
『………其れは兎も角、その作戦で本当にいくの?君の予測が外れたらその願いも叶わないかもしれないよ?』
「戦場は生き物ですからね、ですが心配は要りませんよ」
『何故?仮にその作戦が成功したとしても、あのデメリットで此方に戻って来れなくな』乱歩の言葉を遮って、太宰が云った。
「その“もしも”が起きても大丈夫なように、今こうして貴方と連絡をとっているではありませんか」
乱歩が、きょとんっと少年じみた顔をする。
そして────
『あっははは!』
笑い声が響いた。
『いやぁ〜!これはある意味一本とられたな〜!』
腹を抱えて乱歩は笑う。太宰も小さく微笑した。
『佳いよ!何かあったら僕も手を貸すし、“写真”も撮ってあげる!』
あっでもラムネは奢ってねと、乱歩が付け加える。
「…はい……判りました」
『じゃあ頑張ってねーっ!』
その言葉を気に、ぶつんっと電話が切れた。
***
「それで?そちらの名探偵は何と?」
森が、太宰に話しかける。何処か底知れない笑みを浮かべて。
「別に?特に何もありませんよ」
太宰は携帯を閉じて懐に仕舞い、作り笑顔を浮かべながら、森の方へと歩き出す。
「それじゃあお願いします」
「………佳いだろう」
森は奥の部屋の扉を開け、太宰を誘導する。
「あっ、そうだ。中也ー!」太宰が後ろに振り返って、その名を呼ぶ。
「敵については今朝と昨夜に云った通りだから、ちゃんと調べといてね」
「云われなくても判ってるわ!」中也が声を張り上げる。
「否…君、脳筋だから忘れてるかなって……」
「一言余計なんだよ手前は!!」
「はいはい、君達は相変わらず仲が佳いよねぇ」森が仲裁するように言葉をかける。
「「仲良くないです!!」」
大宰と中也の言葉が重なり、それに気付いた二人は睨み合う。
「それじゃあ行くよ太宰君、中也君も仕事よろしくね」
森は太宰を連れて扉を締める。
その閉まる一瞬、太宰は視線を中也に向けた。何処か計り知れない光を宿らせて。
そしてその光を、中也は受け取った。
パタンっと音を立てて閉まった扉を前に、中也は瞼を閉じる。
一つの舌打ちが、執務室に響いた。
『〜♫〜〜♬〜♪〜〜』
少女の鼻歌が響く。
ふわふわの金髪に赤いドレス───森鴎外の異能、ヰタ・セクスアリスの異能生命体であるエリスは、鑞絵具で紙に絵を描いていた。
それは、赫色の髪の青年が赤い炎に包まれる絵だった。
***
ノック音が響く。
ポートマフィアの最上階。首領執務室の扉だった。
「失礼します」
太宰の目線から少し高い把手を掴み、グッと前に力を入れる。
フレンチ・ドアを開くと、奥にある執務椅子に森が腰掛けていた。
黒革張りの椅子である。
「追加資料をお持ちしました」
そう云った太宰の手には数枚の書類がある。
森はにこりと微笑みながら「太宰君まで仕事してくれるなんて、如何したのかね?幹部に戻ってくれる気に」云い終わらない内に、太宰の鋭い靴音が森の言葉を遮った。
勿論、太宰が意図的に行ったものである。
「そんな訳ないでしょう。冗談は程々にしてください」
鋭い光を瞳に宿らせながら、太宰は大きな執務机の前まで歩いて行く。
森に資料を差し出した。
「少し訂正箇所があった為、其処をまとめただけです」
森は息を吐き、また別の笑みを浮かべて太宰から書類を受け取った。
乾いた紙のめくる音を響かせ、森は資料に目を通していく。
「………おや、潜窟(アジト)が訂正されてるねぇ」
「はい。以前あった場所は形ばかりの普通の拠点でして、今回訂正した場所が本当の潜窟でした」
「ふむ……」森が顎に親指を添える。「然し此処は建物の大きさ的にとても潜窟にできる物じゃ────」
森が言葉を切らす。そして其の数秒後、何かに気づいたかのように目を丸くした。
「成程……そう云う事かい」
「………」
森の言葉に、太宰は肯定の笑みを浮かべた。
机の隅に、森が資料を移動させる。
「それで?後は襲撃するだけだろうけど、作戦はもう決まっているのかね?」
「はい、既にココに」そう云って、太宰が自分の頭を人差し指で小突く。
「なら大丈夫そうだ」森は静かに笑みを浮かべた。
「…………首領」
太宰が静かに云う。
「何だい?」
「中也を────少し貸していただけませんか?」
森が少し目を丸くした。
「別に佳いけど、もう襲撃するのかい?」
「いいえ。違います」
太宰がにやりと笑みを浮かべる。
「中也と………」悪戯っぽく楽しげに太宰は云った。
───中也と逢引に行ってきます…!
コメント
5件
乱歩さん、...!!流石名探偵です、!ラムネを奢らせる所も乱歩さんみを感じます、!w というか、逢引...!!?逢引だって...!?