この作品はいかがでしたか?
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なおちゃんからの求めに応じて、金曜日の仕事が終わってすぐ。
私は一旦アパートに戻って前の日に準備していた旅支度のあれこれをたずさえて、最寄りの新幹線駅に向かった。
新幹線の駅付近にはたくさんの駐車場が乱立していて、その全てが1日いくらという料金形態。
当然駅に近い立地の駐車場ほど駐車料金がお高めで、離れた場所ほどお安くなっている。
いつもなら少々歩いてもいいかな?って少し離れた駐車場を利用する私だけど、今回はなおちゃんが「何も気にしなくていいから近場に停めておいで」と言ってくれたので、戸惑いつつもお言葉に甘えて駅に一番近い場所にある駐車場へ愛車を滑り込ませた。
駐車料金は最高値の一泊400円。遠いところの最安値だと250円のところもあるから、結構な差額。
何泊も、となるとこの辺の差が痛くなってくるのかもしれないけれど、幸い私は2泊3日。
実はなおちゃんから、彼が旅立つ前に「旅費」という名目で幾らかのお金を預かっている。
なおちゃんからは福岡行きにかかる経費は一切合切全てそこから賄うように、と言われているけれど、何となく何もかもおんぶに抱っこは彼に申し訳なくて、駐車場料金は自分のお財布から出すことにした。
有人の料金所で愛車のナンバーを告げて3日分の駐車料金を先払いして駐車許可券を発行してもらうと、係の人の指示通りそれをダッシュボード上――、外からよく見える位置に置いた。
それからハッチバックを開けて荷物を取り出すと、主に服でぎっしりになったモスグリーンのトラベルバッグを肩掛けにして、えっちらおっちら駅舎に向かって。
何でこの駅は階段を上った先に作ったんだろう。
盆地になっていて、近くを流れる川が氾濫したら水没しちゃうからかな。
そういえば数年前の台風のとき、このあたり一帯、1mくらい冠水して大変だったんだっけ。
そう思いはするものの、晴天の空の下で大荷物を抱えた身としては、10段ばかりのステップでさえ恨めしい。
よくよく考えてみたら、なおちゃんと一緒にいる時は、彼が何も言わなくても重い荷物をサッと持ち上げてくれていたんだ。
こう言うふとした瞬間に、なおちゃんがそばにいない寂しさを痛感して……。
彼に早く会いたいって恋しさが膨らむの。
重い荷物に四苦八苦する身体とは裏腹、心はすっかりなおちゃんのいる福岡に舞い飛んでいた。
愛フェレットの直太朗は、駅に向かう前に実家に飼育用具一式とともにお預けしてきたからきっと大丈夫。
うちの家族は生き物を溺愛する傾向にある一家だから、直太朗も迎えに行く頃には「帰りたくないよぅ」ってごねるようになっているかも?
そんなことを思いながらチケット売り場で切符を買って、下り方面の新幹線が停車するホームへ向かう。
ちょっと見ない間に、改札が無人の自動改札機になっていてちょっぴりドギマギしてしまった。
前は有人ゲートで、駅員さんが切符にスタンプを押してくれていたんだけどな。
いつの間にこんな風に変わったんだろう。
新幹線に乗るのなんて、大学生の頃、帰省する折に使って以来だから、実に1年以上ぶり。
自分の預かり知らないところで、世界はどんどん変化しているんだなぁとか妙に感慨深く感じてみたり。
改札を抜けると、ここでもまた階段が。
とにかくこの駅は階段が多いイメージなんだけど、これ、よその新幹線駅も、なのかな。
もちろん、エレベーターやエスカレーターも完備されていたけれど、不倫旅行にうつつを抜かしている自分への戒めも込めて、わざと階段を選んだから余計にしんどくて。
プラットホームに辿り着く頃には、私、すっかり息が上がってしまっていた。
運動不足だよね、これ。本当情けないっ。
最寄り駅のホームには、依然として電動のゲートなどは出来ていなくて、白線の内側を歩かないと何かの拍子に線路に落下してしまいそうな、そんな雰囲気。
前に神戸に旅行に行った時、線路はホームドアに阻まれた向こう側だったけれど、田舎の駅で利用者が少ないからかな。
まだそういう整備はされていないみたいで。
行く前に荷物でふらついて線路に落下!は嫌だから、なるべくホームの真ん中の辺りを歩いた。
どうやらこの駅、山陽新幹線の駅の中でもかなり利用者数が少ない方らしくて1日千人も乗り降りしないみたい。
当然19時近い時刻ともなると、ホームにいる人影も私を含めて5名にも満たなくて。
プラットホームのど真ん中辺りを、そこそこ大きな荷物を抱えて歩いていても誰にも迷惑をかけなくて済むのが有難かった。
なおちゃんに言われた通り指定席のチケットを買ったので、ホームに書かれた案内に従って、自分が乗る車両の昇降口付近まで行くと、近くにあったベンチに腰掛けた。
福岡まで1時間ちょっと。
新幹線の待ち時間含め、あと2時間もしないうちになおちゃんに会えるんだって思ったらワクワクして。
大っぴらには出来ないイケナイ旅行なのに、大好きな人に会えると思うだけで浮き足立ってしまう心に、時折隙間風が吹き込むみたいに罪悪感が流れ込んだ。
なおちゃんは、彼より3つ年下だという奥さんは、自分のことを「亭主元気で留守がいい」と思っているタイプで、なおちゃんに対して異性としての愛情なんて微塵も持ち合わせていないと言うの。
奥様がなおちゃんからの夜の誘いに乗ってこなくなったのは、次男さんが生まれて以来ずっとなんだそうで。
自分は彼女にとって〝子供を得るためだけの都合の良い男〟なんだよと自重気味に笑ったのが印象的だった。
その話を聞いた時、なおちゃんは奥さんが求めに応じてくれさえすれば、彼自身は男女の仲でいたかったのかな?と思って……私、かなり複雑な気持ちがしたの。
2人いらっしゃるというお子さんたちも、中高生の男の子2人だからか、休日など「どこかへ行こうか?」と誘ってもついては来ないし、もう諦めたと言った。
だから菜乃香が俺の家族に対して引け目を感じる必要なんて微塵もないんだよと、彼は言うのだけれど。
当然のこと、私、実際に奥様や息子さんたちと話したわけではないから、真実は分からない。
だけどなおちゃんの言葉を鵜呑みにしてしまうのはやっぱり難しくて。
それに何よりも、自分に置き換えてみれば分かる話だ。
好きで結婚した旦那が、他の女性と仲良くして……あまつさえ肉体関係まであるとか、私なら絶対許せないし、そういうことをする旦那のこと、穢らわしいって思う気がする。
お父さんがよそに女性を作っていて、私とお母さんをないがしろにしたらって思ったらすごくすごく嫌だし、めちゃくちゃ悲しい。
別に幼な子ではないから、私だって子供の頃みたいに「お父さん、どこかへ連れて行って!」とまとわりついたりするわけじゃないし、どちらかと言うとお母さんに比べるとお父さんとは疎遠なぐらいだ。
でも、だからと言ってお父さんのことが気にならないわけじゃないの。
きっとなおちゃんのご家族にしたって同じだと思うから。
なおちゃんを独り占めしたいと思う気持ちが募れば募るほど、常に自分は〝泥棒猫〟なんだという感情がぴったり寄り添うようにくっ付いてくる。
妻子ある男性と、地元を離れて密会をしようとしている自分のことを、とてもずる賢くて酷い女だとも思う。
だけど、その反面、地元では出来ないようなデートを、遠方では出来るんじゃないかと期待もしていて。
私、やっぱり最低だなって再認識させられるの。
――好きになった人がたまたま妻帯者でした。
そんな綺麗事は、彼が結婚していると知っていながらこんな関係になってしまった私には通用しない言い訳だ。
ホームに滑り込んで来た新幹線に乗り込んで、確保した指定席に座って。
トンネルの合間合間に束の間見える薄暗い窓外をぼんやりと眺めながら、あれこれと取り止めのないことを思っては吐息を落とす。
トンネルに入るたびに車窓が鏡面になって、自分の顔を映す。そのたびダメなことだと分かっていながらなおちゃんと別れることが出来ない浅ましい自分の姿を見せつけられるようで、胸の奥がジクジクと疼いた。
でも、きっとこんなモヤモヤした後ろ暗い気持ちも、なおちゃんの顔を見た瞬間にポーンと弾けて飛んでしまうんだ。
それも分かっているから、今から70分余りの移動時間ぐらいは、罪悪感に苛まれて過ごそう、と決意した。
そうしたところで私が背負った罪なんて、微塵も濯げはしないのだけれど。
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