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意味が分からない。何でここにいるの?
いいたいことは一杯あった。この間の事もあって、さらに頭が混乱していた。言葉を探しても、それが弾けてしまうようで、何て言えば良いか分からなかった。ただ、そんな風に優しく見つめられたら、怒る気も、問い詰める気も何もかもなくなってしまう。
「お前、目立つんだから、フードでも何でも被って恋よ。それか、変身魔法」
そう言って、目の前の紅蓮、アルベド・レイはどこからともなくとりだした黒いフード付きのローブを私に被せる。すっぽりと髪の毛が隠れるそれは、少し温かく、チューリップの香りがした。懐かしい香りに、私は目を細める。
(って、そうじゃなくて――!)
思わず、ドンッと彼の胸板を押して、距離をとった。また、私をからかっているのかも知れないと。油断して、殺す算段なのかも知れないと、私は思ってしまったからだ。そうでなくても、何をするかもと元分かった人じゃないから、よりいっそ警戒心が高まる。
私が、拒絶……離れたことに疑問を持ったのか、彼は首を傾げ、その瞳を鋭くさせた。
「おいおい、酷ぇな。俺、そんなにお前に嫌われていたのかよ」
「どういうつもり?」
警戒心は絶対にとか無い。
この間、彼が洗脳されていと知ったからか、それとも、いつもと雰囲気が違うからか。はたまた、私の気が立っているからか。理由はどうでもよくて、私はアルベドを睨み付けた。
この間とは違う、何というか再会の喜びはなくて、ただ、何故彼がここにいるのか、つけられていたのではないかという、恐怖に駆られてしまっていた。
今の私は、完全に気が立っている状態だ。全てが疑わしく見えてしまう。
今は、災厄なんて何処かに行って、自分の機嫌が悪いのは、災厄のせいには出来なくなってしまった。元々、そんな風に自分の機嫌が悪いことを何かのせいにはしたくなかったが、それでも、度重なる問題にぶち当たって、イライラしていたのは事実だ。
彼の、満月の瞳を見て、私も、目を細めた。
彼の真意が分からない。心を読むことだって出来ただろうけど、怖くて出来なかった。あと、普通に、心の声なんて聞えたくない。内面が見えたほうがい言って言う人もいるかもだけど、知らない方が良いことだってこの世には一杯あるわけで。
「どういうつもりも何も、お前がそこにいたから声をかけただけだろ。お前に声をかけるのに、理由が必要か?」
「まだ、洗脳されているんでしょ。エトワール・ヴィアラッテアに、私を連れてこいって言われた?それとも……」
「あー何か勘違いしてないか?」
「勘違い?」
何を勘違いすれば良いの? 洗脳されているだろうに、どことなく会話も噛み合っていない気もするのに、彼は平然としていた。洗脳されているのなら、まず会話になら無いかもとか色々考えるが、答えが出ない。
冷静じゃないことは確かだった。今、きっと魔法も使えないだろうし、早く彼から距離をとるのが一番。けれど、其れができないのは、少なからず、彼と会えて嬉しいという気持ちがあるからだ。
(ダメだ、落ち着けない。頭の中がぐちゃぐちゃだ)
深呼吸しても、素数を数えても、何も変わらなかった。心の中に、黒いもやのようなものが現われて、停滞して、全ての思考を掻き乱す。こんなの私じゃない。
「確かに、俺の主はお前の命を狙ってるよ。でも、連れてこいなんていわれてねえし、なんなら殺せとも言われている」
「じゃあ、私を殺しに来たの?」
「少し落ち着けって。今のお前、らしくないぜ?」
と、アルベドは言う。
何処まで彼が覚えているのか。洗脳によって記憶が改ざんされたものだと思っていたから、以前の私を知っているよう口ぶりに違和感を覚える。本当に、彼は洗脳されているのだろうかという疑惑すら出てくる。
私を止めてくれる誰かがいるなら、もっと冷静になれたかも知れないけれど、生憎今の私は、人と話せるほど冷静じゃなかった。例え、ここにリースがいたとしても。また、彼を苦しめるだけな気がした。
だから、一人で……
(私は、一人じゃ何も出来ないのに)
「エトワール」
「近付かないで。アンタのこと、今、信用出来ない」
「それは、俺が洗脳されてるからか?」
「自覚あるの?それとも、そういえって、その主からいわれているわけ?兎に角、今の私は、何も信用出来ないの」
ごめん。
アルベドに会えて嬉しかった。もしかしたら、話が通じるかも知れないって、それだけで胸が高鳴った。恋人とはまた違う、死線を一緒にくぐり抜けてきた相棒だから、パートナーだから。アルベドがいたら、冷静になれるはずなのに、ちっとも心は落ち着いてくれない。
「何も信用出来ないのっか……そうだよな」
「……」
「俺も、何も信用出来ない……そんなときがあった。今でも、人間不信は変わらねえよ。俺は、俺しか信用していないし、信頼していない。自分だけが、唯一信じれる存在だ。だからな、エトワール――」
そう言って、アルベドは、私に近づいて、頬をするりと撫でる。
逃げなければならないと思っていたが、身体は、それをすんなり受け入れて、私はアルベドを見上げた。優しい顔がそこにある。アルベドがこれまでやってきたことと言えば、かなり非道なことばかりで、人の命も奪っていたし。暗殺者、人殺しではあったけど……そんな人が、こんな優しい笑顔をするのだから、本当に分からなくなる。
(アルベドのこんな顔……久しぶりに見たかも)
真剣に心配してくれているんだなって分かって、心が温かくなった。少しだけ、不安や迷いも和らいで、私は目を閉じる。
「良いのか、俺の事信用していないって言ってただろ」
「何となく。今のアンタは大丈夫な気がしたの」
「ほんと、危ねえな。警戒心が全くねぇ。他の奴らにもそうなのか?」
と、アルベドは、呆れて言う。他の人達にこうなのか、そう聞かれたら、首を横に振るしかない。と言うか、首を思いっきり横に振るだろう。今だって、大半の人は私のことを偽物聖女だと表いるだろうし、いいように思っていないだろう。だからこそ、私が信じられるのは私だけだった。他の人のことをどうも好きになれなかった。
けれど、そんな自分自身さえ、エトワール・ヴィアラッテの出現によってねじ曲げられてしまった。自分さえ信じれなくなって、何を信じれば良いのか分からなくなってしまったのだ。
だから、こうして、自分を信じろって言ってくれて、少しだけ勇気が出てきた。
「アンタは敵?」
「それは、エトワールの想像にお任せる。まあ、あんな別れかたしちまったあとだからな、しんじろっつうほうが難しいだろ」
「……」
「お前は、俺が味方だったら嬉しいのか?」
アルベドは、そう問いかけてきた。
そりゃ、味方でいてくれる方が嬉しい。アルベドの言葉が全部は嘘に聞えなくて、信じてしまいそうになる。でも、この間私達を襲ってきたのは事実だった。確実に殺しに来ていた。だからこそ、こちらも、本気でぶつかった。けれど、勝てる気がしなかったのだ。彼が本気で私達の敵になったら、戦ったら、私達に勝ち目は無いような気がした。そこにまた、絶望を感じる。
だから、味方でいて欲しいって切に思う。
(ううん、それだけじゃない。アルベドが、私のことをエトワールだって思ってくれないのとか、記憶を忘れているとかだったら……)
彼と比べるわけじゃないけれど、ラヴァインだったから、まだ記憶を無くしていても接することが出来た。でも、アルベドがそうなったら……そう考えると、辛くて仕方がなかった。アルベドがどちらなのか、洗脳されているか否か。私には分からない。けれど、そんな風に優しく笑えるんだから、本当は洗脳されていないんじゃないかってすら思う。
洗脳されているフリをしている。
でも、それは何故?
「嬉しいに決まってる。戻ってきて欲しい。味方でいて欲しい」
「そうか……」
「アンタは……本当は洗脳されていないんじゃないの?洗脳されている振りしてるんじゃないの?そうだったら、何でそんなことする必要があるの?」
アルベドを信じていた。誰よりも。恋人とはまた違う感情を持って、それでいて、一番信用している男だった。一番信頼ならなかったのに、今では誰よりも信頼できる男だって、私の中では彼が一番だった。
だから、何故こんなことをするのか聞きたかったのだ。
彼は、考えるような素振りを見せたあと、ちらりと私を見る。それから、口角を上げると、ポンポンと私の頭を叩くのだ。
「さーて、どうだろうな。洗脳されているかも知れねえし、されてないかもしれねえ」
「冗談言わないで。本当のことを言って」
「お前を巻き込みたくない」
「え?」
そう言うと、アルベドは私から距離をとる。また、遠くに行ってしまいそうで、私は手を伸ばした。どうしてそんなことを言うのか、理解できなかったから。
「アルベド、待って!」
私がそう言って手を伸ばした瞬間、私とアルベドの間にズザッと、ナイフが落ちてきた。あの毒々しい紫を帯びたナイフが。
「ッチ……」
「よくないですよ。アルベド・レイ公爵。裏切りは、死を意味します」
何処からか聞えてきた声に、私は辺りを見渡す。すると、路地の暗いところから、ヌッと誰かが闇を縫って出てきた。灰色の瞳に、藤色の髪を三つ編みにした男が。
「初めまして、偽りの聖女エトワール・ヴィアラッテア様。わたしはヘウンデウン教幹部、ラアル・ギフトと申します。以後お見知りおきを」
ラアル・ギフトと名乗ったその男は、ニヤリと口を三日月型に歪めた。