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物腰柔らかな口調に、たらりと垂れた藤色の三つ編みが何とも優男感を出していた。でも、それと同時に、毒々しさが滲み出ているというか、湿度高めな男泣きもして、ゾッと背筋をなぞられるような、なんとも言えない気持ち悪さが遅う。
(ラアル・ギフトって、ラヴァインがいっていた!?)
あの、ラアル・ギフト。あの、ラアル・ギフトに間違いないのだ。
ヘウンデウン教の幹部にして、毒使いの男。そんな男まで、出てきてしまった。初めて会ったから、なんとも言えない感想しか持てないし、確かに、いやらしそうな男、っていう印象は受けたけれど。また、他の攻略キャラと違う湿度感というか、うっすい笑顔の仮面を貼り付けているけど、ラアル・ギフトは、何というか、それが完全に気持ち悪いって感じだった。
ラヴァインとか、ブライトとか……あの二人とはまた違う。悪役の笑みという感じがする。
(そう思うと、あの二人の笑顔って普通だったんだなあ……)
初めは、嘘つきの笑顔とかいっていたけどラアル・ギフトを目の前にしてしまうと、あの二人は正常だったと、今更ながら失礼なことを思った。まあ、攻略キャラって言うのもあるし、その差別化というか……
(って、ゲームとかそういう話をしてるんじゃないのよ)
これは現実で、そういう人相というか、明らかに悪役味がでている男を前にして、私は、思わず、アルベドの服を掴んでしまった。
「おや、偽りの聖女様は、何か勘違いされているのではないでしょうか」
「勘違い……って、何を。てか、アンタ誰よ。私は、アンタなんか知らないけど」
「先ほど、自己紹介はしましたよね?」
「そうじゃなくて」
いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。
ラアル・ギフトと、私は話す気なんて無かったし、今どうやってこの場から逃げようかだけを考えていた。だって、毒使いで、厄介だってラヴァインがいっていたから、速く逃げないと大変なことになるのではないかと。こんな暗い狭い路地で、逃げられる保証はないかもだけど。さすがに、大通りに逃げれば、追ってこないのでは無いかと思った。そこまで、非道……ではないと信じたい。
(そんな人、今まであったことないし……)
確かに、ヘウンデウン教の教徒達は危ないし、やっていることは非道で、外道だったけど、街中で魔法をぶっ放す奴はいなかった。一応、目的の人物にだけ魔法を当てるような奴らだったから、そこは心配していない。そこは、甘いなあ何てどの目線で見ているんだっていわれそうなことを思いながら、私はこれまで彼らと対峙してきた。
だから、大通りに出られさえすれば、私の勝ちだと。
そう、いつ逃げようか、考えていれば、ラアル・ギフトは顎に手をやって、興味深いとでもいわんばかりに私を見た。
「やはり、勘違いしているようですね」
「だから、何を勘違いって……」
「ですから、今のこの状況……理解できていないのでは無いかと思いまして」
にこりと、笑ってラアル・ギフトは私を見る。
この状況? いや、ラアル・ギフトが危ないって言うのは分かるけど、一人じゃどうしようもないでしょ……と、私は思っていたが、彼のいっている意味が分かって、途端に身体が震えだした。
(え、いや、いや、ないない。無いって……)
言い切れる?
自問自答。私は、握っていた布をぐいっと引っ張りながら、アルベドを見た。彼は、冷たい目で私を見下ろしている。それは、まるで暗殺者のような、慈悲のない冷たい瞳。
「アルベド……?」
「ああ、、やっと理解しましたか。そうですよ。この状況は、二対一。端っから、貴方に逃げ場なんて無いのですよ」
「……っ」
ヒュッと喉の奥がなった気がした。呼吸が荒くなって、汗が滲んでくる。
(矢っ張り、アルベドは敵?私を油断させるために、いつものアルベドを繕って?)
でも、私にはあれが演技だったとか思えないし、洗脳されていても、アルベドは私を認知してくれていると思っていた。だから、アルベドは大丈夫だって。
あれ、いつから錯覚していたんだろう。
何処かで、聞いた台詞を頭の中で回しながら、私は首を横に振ることしか出来なかった。確かに、二対一だったら、確実に私に勝ち目はないし、逃げ場はない。この状況は非常に不味いし、不利すぎるのだ。
其れを私は理解し得ていなかった。アルベドが、味方である前提で、ラアル・ギフトと対峙していたのだ。これでは――
「と言うことで、大人しく殺されてくれませんかね」
「そんなこと言われて、誰が大人しく殺されるもんですか!」
逃げる? いや、でもどうやって?
私は、取り敢えず、アルベドから離れようと手を離した。だけど、アルベドがぐいっと私の腕を握る。彼の黒い手袋がすれて痛い。
私を見る目は、先ほどの優しいものではなくて、鋭く凶器のようだった。本気で、殺そうとしているのか。このままでは、不味いと私ははなれようとするが、離してくれない。
(不味い、不味い、不味い!)
混乱して、目が回ってくる。矢っ張り、人を信じるべきじゃなかったとか、こうなるなら、護衛をつけてくるべきだったとか、あとから後悔がやってくる。でも、この状況をどうにかすることは出来ない。
ニヤニヤと笑うラアル・ギフトを見ていると、ああ、私は本当に殺されてしまうのではないかと恐怖というか、諦めが生れてくる。
「ある……」
「悪いなあ、エトワール」
「……アンタ、矢っ張り……」
片手で、懐を漁り出したアルベドを見ていると、そこからナイフが出てくるのではないかと思った。私は、もうだめだとおもって目を閉じる。すると、ふわりと、身体が浮いたのだ。
「え、え?」
「ちゃんと捕まってろよ。あと、口閉じてろよ。舌噛むぞ?」
そう言うと、アルベドは、余裕のある笑みを私に向けて、強く地面を蹴った。風魔法。身体が軽くなったような気がして、一気に宙へと上がる。とんと優しく地面についたかと思えば、そこは地面ではなくて、屋根の上だった。
本当に一瞬で、身体が持ち上がるんだから、彼の変え魔法は凄いと思う。私と、自分自身に魔法を付与して。そして、その抵抗も何も感じさせない。優しく静かな魔法だった。
「なっ、アルベド・レイ裏切る気ですか!?」
「裏切ってねえよ。つか、勝手に仲間扱いすんなよ?テメェ、そもそも、仲間だっつってた、愚弟にも嫌われてたじゃねえか」
「わたしは、そんな」
「まあ、どーでもいいけどな。俺にとっちゃ……つか、テメェにエトワールの死に顔なんて見せるかよ。殺すにしても、テメェには見せねえ。エトワールの全ては俺のもんだ」
アルベドは、そう言いきると、暗い路地にいるラアル・ギフトに向かって舌を出した。彼の顔が歪んでいき、盛大な舌打ちが聞える。仲間だけど、仲間意識はないって奴だろうか。結局、アルベドがどっち側なのか、未だ掴めずにいる。
「つーことで、エトワール。遠くに逃げるぞ」
「ま、待って」
私の制止を聞かずに、アルベドは、風魔法で屋根の上を走って行く。元々体幹が良いからか、屋根から落ちるっていう不安は無かった。というか、こうやってお姫様抱っこされて、誰かから逃げるって久しぶりだなあ、なんて随分と昔のことを思い出していた。
だから、余計に分からないのだ。
「アルベド」
「ンだよ。エトワール」
「アンタは、敵なの?それとも味方?」
私が問えば、アルベドはその問いに対して応えることなくハンッと鼻で笑った。それが、どっちの意味なのか分からず、モヤモヤがたまっていく。
さっきの目は、完全に私をターゲットとして見ていた。鋭くて、温度の感じられない目。けれど、今の彼はどうだろうか。凄く生き生きしていて、洗脳なんて言葉何処にも見当たらないような、私の知っているアルベド。
彼って、こんなに表情が変わるタイプだったか。いいや、変わらなかった。いつも、私を馬鹿にして、笑って。でも、たまに顔を赤くして。
そんなアルベドが好きだった。
味方でいて欲しいって、思うけど。彼はどうなんだろう。私を助けてくれたのか、それとも、さっきの言葉が本当なら、私を誰にも見つからない場所で殺すのだろうか。
彼の心が分からない。
「さっきから、そんな質問ばっかだな。俺が、味方でいて欲しいって」
「当たり前じゃん。アンタのこと、心配してて……てかいいの?仲間なんでしょ?」
「同じ所に所属してるだけだろ。仲間ってそんな軽い言葉じゃねえだろ」
と、アルベドは言う。正論だと思う。仲間って、ただ同じ場所にいるからって言う理由でそういう呼び方をするもんじゃないと、私も思う。同じ教室にいるから、同級生だから友達なのかと言われたら、全員が友達じゃないように。仲間って、そう安い言葉じゃないと。
私は、アルベドの腕の中で小さくなる。
彼は、私の問いかけには応えてくれなかった。はぐらかすように、笑うばかりで、私の欲しい答えは貰えない。不安だけが積もって、頭が可笑しくなりそうだった。
答えが欲しい。
(アルベドが何やりたいのかちっとも分からない……)
それでも、信じているって……言い切れれば良いのに。
不安要素があるせいで、何もかも信じられなくなってる。こんな自分、嫌なのに……
(私の不安……消えてくれないな)