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それからの深澤は、明らかにおかしかった。
「康二、昼一緒に行くか」
「今日は俺も一緒に取引先寄るから、帰り送ってくわ」
「この資料、俺やっとくから先帰っていいぞ」
向井が断る隙を与えないくらい、
自然を装った“当然”の距離。
「……ふっかさん、俺ひとりでも――」
「いいから。先輩命令。」
笑って言われるその言葉に、向井はそれ以上、何も言えなくなる。
(……優しいねんけど)
優しいから、余計に苦しい。
飲みの誘いの連絡も回数も増えた。
向井が席を立てば、深澤の視線が追ってくる。
そのたびに向井は、阿部を無意識に探してしまう。
――けれど、そこに阿部はいない。
最近は在宅勤務を増やし、深澤や向井以外の従業員とも必要最低限のやり取りしかしていない。
「最近さ」
ある夜、居酒屋で深澤が言った。
「阿部ちゃん、変じゃね?」
向井の指が、グラスの縁で止まる。
「……そう、すか?」
「なんか俺まで距離取られてる気してさ」
深澤は苦笑いを浮かべる。
「俺、何かしたかなって」
(……それ、俺のせいや)
向井は言えなかった。
深澤は無理矢理おどけたように続ける。
「康二〜!お前は居てくれるよな?康二まで離れてったら、さすがに凹むわ〜わら」
その言葉が、胸に刺さる。
(離れたいんちゃう。でもどうしたらええかわからんのや)
深澤を傷つけないよう向井は笑った。
「俺は離れませんよ。ふっかさん、放っとかれへんし」
深澤は、ほっとしたように笑った。
その笑顔を見た瞬間、
向井ははっきり思った。
(……あかん)
このままじゃ、深澤の勘違いを肯定し続けることになる。