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前職は舞妓
425
きょう
171
「リストはこれです、先輩!」パトカーの助手席で、佐藤がタブレットの画面を俺に突きつけてきた。
「管内の自動車整備工場と鉄工所、あわせて42件。そのうち、被害者の死亡推定時刻である『雨の夜』に深夜残業、あるいは単独行動のアリバイが無い従業員は……12人に絞られました!」
「12人か……上等だ。今から片っ端から当たって、全員の手の甲を拝みに行くぞ」
ハンドルを握り直し、アクセルを踏み込む。雨脚は弱まるどころか、ワイパーの音を掻き消すほど激しさを増していた。
車内の後部座席には、毛毛布に包まった渚が静かに横たわっている。
過呼吸は治まったものの、顔色は白いままだ。死の間際の恐怖を全身で受け止めた疲労は、計り知れない。本当なら今すぐ病院に放り込みたいところだが、本人が「車から降りない」と譲らなかった。
「……渚、気分はどうだ」
バックミラー越しに声をかけると、渚は毛布の中から薄く目を開け、かすれた声で返してきた。
「……最悪。口の中が、ずっと機械油と雨の味がする」
「すまねぇな……。だが、お前が拾ってくれた記憶のおかげで、ターゲットの喉元まで辿り着いた」
「……逃がしたら、二度とポテト奢ってあげないからね」
「へっ、約束するよ」
俺はニヤリと笑い、最初の整備工場へと車を走らせた。
◇
一件目、二件目、三件目——。
聞き込みは難航した。
夜勤明けの整備士たちの手を一人ずつ確認していくが、手の甲に「固く分厚いマメ」がある人間はそう簡単に見つからない。手のひらのタコなら珍しくないが、手の甲となると話は別だ。特殊な工具の使い方か、異常な偏り癖がなければそんな位置にマメはできない。
時刻は早朝の五時を回っていた。
東の空が白み始めても、雨は止む気配を見せない。
「次で九件目か……。先輩、そろそろ本部の捜査員と合流してローラーを強めた方が……」
疲労困憊の佐藤が弱音を吐きかけた時だった。
「……待て」
九件目の自動車解体工事工場。プレハブの事務所から、レインコートを着て出てきた一人の男と目が合った。
年齢は30代半ば。薄い唇に、どこか他人を見下すような蔑みの色を浮かべた男だ。男は俺たちの乗ったパトカーを見ると、ピタリと足を止め、露骨に視線を泳がせた。
「……佐藤、行くぞ」
俺と佐藤は車を降り、レインコートのフードを被った男へ近づいた。
「警察だ。ちょっと話を聞きたい。夕べの雨の中、どこにいた?」
「……は? なんですか警察がこんな朝早くに。俺は昨日、ずっとここで一人で解体作業してましたよ。タイムカードだって残ってます」
男はすらすらと答えた。だが、その声には不自然なほどの「準備された感」があった。
俺は男の全身を鋭く観察する。
作業着の袖口から漂うのは、かすかな——だが明確な、**『焦げた機械油の匂い』**。
「そうか。悪いが、ちょっと両手を見せてくれないか?」
「手……? なんでそんなものを……」
「いいから出せ」
俺が低い声で圧をかけると、男は不機嫌そうに両手を差し出してきた。
手のひらには油汚れ。そして——
俺の目が、男の右手の甲に留まった。
人差し指と中指の付け根の背側。そこに、痛々しいほど皮が肥厚し、赤黒く盛り上がった**『分厚いマメ』**がくっきりと存在していた。解体用の特殊な電動ノコギリを逆手で保持し続ける人間にしかできない、特殊な異形のマメだ。
「……これか」
俺のつぶやきに、男の顔色が一瞬で土気色に変わった。
「な、なんですか急に……! 俺は何もしてない! 濡れ衣だ!!」
男が叫び、身を翻して雨の解体場の中へ走り出そうとした。
「逃がすかッ!!」
俺は泥を蹴り跳びかかると、男の背中に強烈なタックルを叩き込んだ。
「グハッ……!?」
泥水の中に激しく叩きつけられる男。俺はすかさずその背中に乗っかり、右腕を力任せに捻り上げた。
「が、離せ! 証拠もないのに何すんだ不当逮捕だぞ!!」
「証拠なら、これからあんたの部屋と車からいくらでも出てくるさ! 被害者の女の子がな……死ぬ間際にあんたの腕を掴んで、その手の甲のマメと、焦げた機械油の匂いをきっちり覚えてたんだよ!!」
「な……ッ!? バカな、あのガキがそんなことを言えるはずが……あいつは死んだんだぞ!!」
口を滑らせた。
犯人しか知り得ない「死んだ」という事実。
俺の横に駆け寄ってきた佐藤が、目を血走らせて冷たい手錠を男の手首にガチリと噛ませた。
「連続強姦殺人、および死体遺棄の容疑で緊急逮捕する!! 貴様が奪った命の重さ、泥水の中で思い知れ!!」
佐藤の叫び声が、雨の解体場に響き渡った。
男は泥に顔を伏せながら、訳が分からないといった様子でガタガタと震えていた。
警察の捜査網すら潜り抜けたはずの完璧な犯罪が、自分が殺したはずの被害者の「記憶」によって暴かれたのだから当然だ。
雨の中、俺は男を引きずり起こしながら、パトカーの助手席へ視線をやった。
濡れた窓ガラスの向こうで、渚がゆっくりと身体を起こし、こちらを見つめていた。その瞳から、静かに涙が溢れ落ちていくのが見えた。
「……終わったぞ、渚」
俺は濡れた顔を拭いもせず、空を見上げた。
三人目の被害者の無念は晴れた。
だが、俺たちの戦いはまだ終わらない。
真犯人の影を追うために。
そして、目の前で涙を流すこの少女の「止まった時間」を動かすために。
俺は男をパトカーの後部座席へ叩き込むと、エンジンを吹かせて朝靄の街へと車を走らせた。
コメント
1件
よっしゃあああ!!第23話、読み終えたよ〜!!😭💥 いやもうね、冒頭から「42件→12人に絞り込み」って捜査のスピード感がヤバいし、雨の中一人ずつ手の甲チェックしていく地道な執念がかっこよすぎる…! そして9件目でようやく犯人と対峙した時の、あの「焦げた機械油の匂い」と「手の甲の異形のマメ」の描写、めっちゃ映像が浮かんだよ…! 犯人に「死んだんだぞ」って口滑らせた瞬間、もう鳥肌立ったよね…💦 渚が覚えてた記憶がここで生きる伏線回収、エモすぎるっ…! 最後の雨の中で涙する渚と、まだ終わらない戦いを宣言する主人公の背中、痺れた!! あー続き早く読みたい🌸