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海の紅月くらげさん
少しして泣き止むと、歩くんが私の手を引いて歩き出した。
「ま、待って! 歩くん」
「無理」
「本当にみんなに話す気なの!?」
心の準備ができていなくて怖い。みんなにどんな目で見られるのだろう。
必死に止まろうとするけれど、歩くんはそれを許してはくれない。
「嫌がらせの原因は俺らなのはわかってる。だけど、一人でどうにかしようするのはダメだと思う。もしも俺があのときいなかったら、もっと大変なことになってただろ」
「……うん」
歩くんの繋いでいる手の力が強くなる。
振り返った彼はまっすぐに私を見つめて、真剣な表情で口を開く。
「心配しているやつがいるってこと、わかって」
「……歩くん、迷惑かけてごめんね」
「あー……俺本当こういうこと言うの得意じゃねぇんだけど! とにかく! 俺は黙って我慢される方が嫌だ。あと迷惑じゃないから」
物言いは少し強めだけど、歩くんが本当に心配してくれていたのだと伝わってくる。
……奈々子や伊代にも心配かけて、一人で大丈夫だなんて強がってた。結局一人じゃなにもできなかったのに。
「歩くん、助けてくれてありがとう」
ちょっとだけ困ったような、だけど優しい表情で歩くんは微笑んでくれた。
家庭科室に着くと、「おそいー」と言う実里くんの声がした。
窓側の机でお菓子を食べている四人の姿があって、私たちで全員揃ったようだった。
そして、まったりしていた四人が、私を見た途端目を見開いて硬直した。
「ましろん、その髪どうしたの」
潤が顔を顰めて言った。各々に立ち上がり、素早く私の目の前までやってくる。
「えっと、これは、その」
「頬、血出てる」
実里くんがポケットからティッシュを取り出して、私の頬の血を拭いてくれる。
そのことに戸惑っていると、今度は和葉が私の肩を掴んだ。
「誰にやられた? 言え」
背筋が凍るほど眼差しが怖くて、私は声が出なくなってしまう。
和葉は落ち着きがあるように見えるけれど、返答を間違えたら取り返しのつかないことになりそうな気がした。
「目も腫れているな」
武蔵先輩の指先が泣いて赤く腫れた私の目元に触れる。その手つきは壊れ物に触れるようだった。
「おい、みんな落ち着けって」
歩くんが私と四人の間に立つ。
「今日のこと俺から話していいか?」
私がうなずいたのを確認すると、歩くんは軽く頭を撫でてくる。まるでそれはお兄ちゃんが下の子をに接するときみたいで、同い年なはずなのに歩くんの方が年上みたいだった。
そして、私たちは窓側の辺りに場所を移し、お菓子がたくさん広げられている机を囲んだ。
歩くんが時折私の顔を見ながら、今日の出来事を話しだした。
次第に和葉、実里くん、武蔵先輩の表情が強張っていく。潤は終始真剣な表情でなにを考えているのかわからなかった。
歩くんが一通り話し終えると、沈黙が流れる。各々がなにか納得をしているようだった。
「だから、朝避けたんだ」
私が周りの目を気にしていたことを知り、実里くんがため息を漏らす。
「上履きで帰ろうとしていたのもそのせいか」
「上履き?」
武蔵先輩の言葉に潤が直ぐ様聞き返した。
「こないだびしょ濡れだったのも、そいつらか」
和葉の瞳がまるで獣のようにギラギラとしていて怒りが見える。
かなり怖い……。その瞳で抹殺されそう。
「びしょ濡れ?」
潤の視線が私に移される。
〝どういうこと?〟って目で言われているみたいだった。
「ロ、ローファーなくなっちゃって……。あとはトイレに入ってたら水が降ってきて……」
「役が決まってからずっと嫌がらせ受けていたってことだよね」
いつもの柔らかい雰囲気の潤じゃない。とても冷たい声。
勢い良く机を叩く音がして、驚きのあまり肩が跳ねた。
「思い知らせてやらないとな」
和葉の拳が机の上にあり、今にもあの子達を殴りにいきそうなほどの凄まじい怒りのオーラを纏っている。
「そんなことしなくていいよ!」
女の子でも容赦はしなさそうで、想像するだけで恐ろしい。それに、下手したら退学……ううん、警察沙汰になりかねない。
実里くんが私の頭をガシッと掴んできた。
あの、ちょっと痛い……。
「あのねー、ましろせんぱい。俺も結構怒ってるんだよ」
「怒ってるの……?」
「なんで、俺たちに相談しないの? 元の原因は俺たちでしょ?」
私の頭を掴む力が強くなる。
「痛い痛いってば実里くん!」
しかも今回に限っては潤も止めに入ってくれない。
「頼りなよ。困ったときは」
「は、はい……」
「ほーんとどうしようもない馬鹿だよね。危険な呼び出しに一人で行くとかさぁ」
「う……」
ごもっともで言い返す言葉が見つからない。本当私は大馬鹿だ。どんどん実里くんの強くなる口調。声も大きくなっていく。
「それともなに? 虐めて下さいって? ドMなわけ?」
「ち、ちがうっ!」
「あのさぁ、女の子なんだから傷が残ったらどうするの? 髪だってこんなに切られちゃって。歩が駆けつけなかったらどうなってたかわからないよ?」
「……ごめんなさい」
すると、実里くんの手が頭から放れていった。
「俺はあの日、なにかがおかしいと思ったんだ! 何故、上履きで帰ろうとしていたのか。そこに気づいた俺……名推理まで後一歩だったな!」
場の空気を読まない武蔵先輩は、本日はハイテンションだった。呆れた歩くんがため息を吐いて、武蔵先輩の肩を軽く叩いた。
「……武蔵静かに」
けれど武蔵先輩の空気クラッシャーの効果なのか、和葉も実里くんもピリピリとした空気が少し落ち着いている。そのことに私はほっと胸を撫で下ろした。
「それで、歩」
潤だけは冷たい空気を纏ったまま、静かに微笑む。
「その子達の顔ちゃんと覚えているよね?」
私に向けられているものではないとわかってはいるけれど、思わず息をのんでしまう。
「お、おう……覚えてる」
「そう、ならよかった」
なにがいいんだろう……。しかも、全然よかったって顔していない!
「あのね、あの子たちの発言は全部録音しているから、先生に提出しようと思ってて」
「じゃあ、それ俺に送ってくれるかな」
「え?」
どうして先生ではなく潤に?と訊こうとしたところで、笑顔の圧力をかけられる。
「後で送ってくれれば、大丈夫だよ」
「え、あ、うん」
「全部俺たちに任せて」
一体なにが起こるのか私には見当もつかないけれど、変に踏み込むのも逆に危険な気がして私はこくこくと頷いた。
「それじゃあ、ましろん。別の部屋に行こう」
「え?」
潤が立ち上がり、私の手を掴んできた。
困惑して見上げていると、潤が包み込むようにふわりと優しく微笑む。
「髪の毛、そのままじゃ帰れないでしょ。少しでも整えた方がいいよ。ひとまず揃えるから別の部屋に移動しよう」
たしかにこのまま外に出て電車に乗って帰るのは気が引ける。左右比対称で、ぼさぼさだ。
「ありがとう。お願いします」
私は潤とふたりで家庭科室を出た。