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グレンシスが剣を抜き構えたのと、砂埃と共に複数の馬が闇森から飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。
騎乗している男たちは、長袖で前開きの長ガウンみたいな異国の服を着ている。そして、先頭に立つもの以外は、揃いの円筒形の帽子をかぶっている。
これはアジェーリアの嫁ぎ先──オルドレイ国の民族衣装である。
招かれざる客の到来に、ティアは驚きのあまり、涙などどこかに吹き飛んでしまった。
グレンシスといえば、切っ先を降ろしているが、警戒心を解いてはいない。相手の出方を探っているようだ。
ティアのすぐ隣にいるアジェーリアの口元は、わなわなと震えている。しかし恐怖からではない。
その証拠に、騒ぎで乱れてしまった髪をそっと手櫛で整え、スカートの皺や埃まで払っている。
気品ある藍色の瞳は今まで見たことのない色を湛え、馬集団の先頭に立つ青年に釘付けだ。
(え?もしかして……??)
ティアがピンときた瞬間、馬集団の先頭に立つ、豪奢な白い上着を着た青年が、爽やかな笑みを浮かべてこう言った。
「やぁ、アジェ。待ちきれなかったら、迎えに来たよ」
アジェ。迎えに来た。
確信を得たティアは、すぐさまアジェーリアに視線を移す。
アジェーリアの頬は、ついさっきまで青白かったのに、真っ赤に染め上がっていた。
「ディモルト殿っ。な、な、なんでおぬしがここにおるのじゃ!!!」
ダンっと地団太を踏んだアジェーリアは、ウィリスタリア国の第四王女の気品などなかった。
あるのは、突然のサプライズに、驚きと、戸惑いと、それらを凌駕するほどの喜びを必死に隠そうとするあまり、ついつい憎まれ口を叩いてしまう恋する乙女がいるだけ。
全ての言動がアジェーリアの照れ隠しだということにちゃんと気付いたディモルト……こと、オルドレイ国第一王子は、ますます笑みを深くして口を開く。
「だから、今、言ったよね?待ちきれなかったって」
「わらわは、頼んでおらんっ。今すぐに帰れっ!!」
アジェーリアの罵倒にディモルトは少し困った顔をする。
けれど、それでも自分の婚約者が可愛くて仕方がないといった感じで、ひらりと馬から降りた。
「ははっ。つれないなぁ。アジェ。でも、ここまで来たんだから、もう遅いよ」
そう言いながら大股で近づくディモルトに、アジェーリアは逃げることはしない。待ち焦がれた気持ちを隠さず、潤んだ目を向けている。
「私の姫は、月夜でも美しい」
気障な台詞を吐いたディモルトはアジェーリアの手を優しく取り、口づけを落とした。
(そっか、そっかぁ。そうなんだ)
二人の甘いやり取りを間近で見ていたティアは、自然に笑みがこぼれる。
もう、奇跡を願うような想いでアジェーリアにお幸せになどという言葉を送る必要はないのだ。
アジェーリアは、もう既に元敵国の婚約者から愛されている。そしてこれからきっと、もっともっと幸せになれるだろう。
だってディモルトは、ここに来て一番最初にアジェーリアの姿を探し、無傷だったことに、心からの安堵の表情を浮かべたから。
政略結婚の相手としか思っていないなら、危険が伴う異国の地に自ら足を向けることなんてしない。まして先陣切って、突っ込むこともしないだろう。
嫁ぐ先がどんなに風当たりが強かろうとも、それでも、この人がいれば、きっと大丈夫。
それに、ディモルトは夜空に輝く星々をちりばめたような、さらさらの白銀の髪。アジェーリアに向ける柔らかい眼差しを浮かべる瞳は、澄んだ青空のような水色。
ディモルトはオルドレイ国第一王子の名に恥じない、完璧なイケメンだ。
恐ろしいまでの美男美女が並ぶと、キラキラ感が半端ない。絵になるどころのレベルではない。神の領域だ。
世界共通で美しさは正義。きっとこの美しさが、アジェーリアを護ってくれるだろう。
そんなふうな気持ちで、眩しそうに王子と王女を見つめているティアの傍らでは、騎士達は眩暈を覚えていた。
なぜなら、後方のオルドレイ国の騎士が、ウィリスタリア国の馬を引いていたから。
その馬は、先ほどグレンシスが馬車からハーネスを切り離した際にどこかへ走り去ってしまった馬である。
しかもその馬には、元反逆者達……もっと正確にいうならば、ティアとアジェーリアを攫おうとした2名の反逆者達が括り付けられていた。がっしがしに荒縄で絞められた状態で。
つまりオルドレイ国の王子は、アジェーリアを迎えに来たと口では言っているものの、此度のウィリスタリア国の騒動にも、しっかり気付いてしまっているということだ……。
(……あぁ、一難去ってまた一難)
グレンシスを始めとするウィリスタリア国の騎士達は、同時にそう心の中で呻いてしまった。