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「……オリビア様に“贈り物”を?」
「……ああ」
エドワルドは驚いていた。いや、それはもう、天地がひっくり返るほど驚いた。
ここは王子付き執務室――
冷たい光が差し込む中、机に肘をついたアルベール王子が、真顔で言ったのだ。
「……贈り物をすれば、婚約破棄は防げるのか?」
「そ、そういうわけでは……まあ、気持ちが伝わる可能性は高まるかと……」
「ふむ」
頷いた王子は、真剣な顔でペンを取り――
《贈り物候補リスト》
宝石
魔導具
高級筆記具
護身用短剣
鎧
「いや、最後のふたつは違います」
「なぜだ?」
「乙女が鎧をもらって喜ぶと思われますか?」
「守れるだろう。俺がいないときでも」
「そういう問題ではありません。見た目の問題です」
アルベール王子、人生で初めて“プレゼント”に挑もうとしていた。
もちろん、目的は明確だ。
――オリビアに婚約破棄を思いとどまらせること。
けれど、いかんせん経験がなさすぎる。
「花束を渡してはいけない」という間違った噂を信じているレベルだ。
「じゃあ、これでどうだ」
「……“ドライフルーツ詰め合わせ”? なぜそれを?」
「オリビアが先日、会食で干し無花果を多めに食べていた」
「……観察力は無駄に鋭いんですね……」
***
翌日――
オリビアの部屋に、立派な木箱が届けられた。
「……これは……?」
開けてみれば、宝石よりも煌びやかな――ドライフルーツ。
しかも、世界各地の高級品ばかり。なかには幻の果実と呼ばれる“星のドライマンゴー”まで。
けれど。
「……いやがらせ……?」
オリビアの表情が、曇る。
「まさか……私の食べっぷりを“育ちが悪い”とでも言いたいのかしら……? それとも、“太れ”という意味……?」
「オ、オリビア様!? それは違うかと!」
「そもそも私、王子様に“贈り物”されたことなんてなかったのに……突然こんな栄養価の高いものを……!」
「ちがっ、ちがうんです! それ絶対、善意です!!」
ミーナは必死に止めるが、すでにオリビアの心は暴走していた。
(これはもう……試されてる。品格が。忍耐が。胃袋の容量が)
でも――捨てるのも失礼。だから、翌日の昼食に、思い切って出してみることにした。
***
場所は王宮の広間。
昼食会に招かれたオリビアは、重たそうに木箱を抱えて入場した。
「……なぜ、それを持ってきた?」
「贈ってくださったものですもの。ぜひ皆様にもご賞味いただきたいと思いまして」
(え、共有されるの……?)
アルベールは微妙な顔になった。
彼の中では、
「特別な果実を、君だけに」
――という、完璧な“ロマン演出”のつもりだったのだ。
しかし――その箱は見事に分けられ、近衛兵から貴族令嬢、はては犬まで口にする始末。
「王子様、さすがですわ!」
「このマンゴー、極上です!!」
「さすが婚約者への愛の贈り物! みんなにまで分け与えるとは!」
「えっ、違っ、それ俺、違っ……!」
アルベールは珍しく焦っていた。
言いたい。
“それはお前だけに渡したものだ”と。
けれど、口にできない。なぜなら――
「王子様のご配慮、心から感謝いたしますわ」
オリビアが、完璧な微笑みでそう言ったから。
(……くそっ……なんで喜ばれてるのに、こんなにうまくいってないんだ……!)
そうして――
王子の“人生初めての贈り物”は、無事(?)全員の胃袋に収まり、王子本人は胃痛で倒れかけるのだった。
***
その夜、オリビアは部屋で木箱を撫でながら、小さく呟いた。
「……王子様、少しだけ……優しいのかも」
だけど――やっぱり分からない。
(あれが“好きだから”の行動なのか、“どうでもいいから”の施しなのか)
だから彼女は、まだ「気づかないふり」を続ける。
一方、王子はベッドに突っ伏していた。
「……なんでだ。なんで“嫌がらせ”って言われた……」
「お心遣いが重すぎたんじゃないですか?」
「そういうの……どうやって調整するんだ……」
「……慣れでしょうね」
「一生無理かもしれん……」
すれ違いと恋の距離は、今日もまたほんの少し――ずれたまま。