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「ねぇ~ いいでしょ?
高山さん お願いっす 」
リハビリ療法士の片山が桃子に向かって
顏の前で手を合わせた
「片山君なら私じゃなくても
他のナース達が放っておかないわよ」
桃子がナースステーションで回診用の
医療用ワゴンの備品を点検しながら言った
「いやっそうじゃなくて
俺は高山さんがいいんですよっ
ね?俺おごりますから
すっごい 評判いいんですよ!
駅前のイタリアンレストラン 」
片山が桃子のそばの椅子の背もたれに
うつ伏せになりウキウキと言った
その顔が人懐こい子犬を連想させる
彼は整った顔立ちに少し軽そうな茶色い目をし
同じく茶色い髪は魅力的と言えるかもしれない
だが桃子はこれと言って
彼に誘われても心が躍るようなことは無く
淡々と年下の彼をまるで妹の文香を
あしらうように話を聞いていた
「駅前のイタリアンレストランですって?
あたし一度行ってみたいのよ!」
二人の間に突然現れた
早苗がいたずらっぽく笑みをたたえながら
割って入ってきた
「片山君がおごってくれるそうよ 」
桃子もからかうように包帯を箱から出して
言った
「え?何?何?
これからどこか行くの? 」
そこへもう一人の若い療法士と
後輩ナースの麻紀もやってきて
途端に桃子のいるナースステーションは
賑やかになった
最近ではよくあることだ
美しくなった桃子はある意味
院内でも噂されている
「誘いたいナースランキング」
などというものの上位に常にいるらしく
それを教えてくれたのは
後輩ナースの麻紀だった
「ちぇ~っ!
いいっすよ!いいっすよ!
もう!全員で行きましょう!
おごりますよ!!
ええっ男に二言はないっすよ!
っていったい何人いるんだよ! 」
片山が残念そうに頭の後ろで
手を組んで嘆いた
それにみんながどっと笑った
二人の若い療法士と
後輩ナースの麻紀は同期で友達らしく
麻紀がいれば年下の男の子でも
親しみやすく話せた
「ね?いいでしょ!
桃子先輩も行きましょうよ! 」
麻紀も楽しそうに桃子に言った
「そうね・・・・でも私は・・・ 」
「あ~~!もうっ!
でもは無しですよっ!
高山先輩!
俺のおごりのカプレーゼ食ってくださいよっ!」
「ってカプレーゼってなんで
選べね~んだょっっ! 」
もう一人の療法士の彼が
よしもと芸人のように片山につっこんだ
二人の息がぴったりなことに桃子も
思わず笑ってしまった
「あっ!新藤先生だ 」
早苗の言葉に桃子の心臓が飛び跳ねた
この所週末は新藤の学会出張や
平日は通い出した桃子の夜間学校などで
二人のスケジュールがなかなか合わず
そして院内でも新藤の
近くにいられる時間が
なかなか持てなかった
今や当医院の有名執刀医の彼は
常に病棟の主任看護師や医者の
エキスパート軍団に囲まれていた
桃子はそういう彼を廊下で
すれ違う時などにひそかに眺めるだけだった
その様はまるで海外の医療系ドラマを
見ているようだった
もちろん桃子自ら付き合ってるのを
内緒にしてほしいと頼んだ手前
桃子から彼に話しかけるなど到底できなく
彼も桃子とほとんど口をきかないか
よそよそしく振る舞ってくれているのを
内心では寂しく感じていた
「お疲れ様です!新藤先生! 」
「やぁお疲れ様 」
ウキウキと早苗が訳知り顔で
新藤に話しかけた
早苗に呼ばれたものだから
新藤が桃子のいるナースステーションに
やってきた
途端に桃子は緊張し
その顔を面白そうに見る早苗に腹が立って
早苗を睨んだ
忙しい彼を呼びつけるなんて!
「私達!今から
新しく駅前に出来たイタリアンレストランに行くんですっっ!」
「楽しそうだね 」
新藤がにこやかに愛想を早苗達に振った
「片山くんのおごりなんですよ 」
麻紀も面白そうに顔を輝かせて言った
「勘弁してくださいよ~
どういう訳かそうなってしまったんですよ」
片山が情けなさそうに言った
「そりゃぁいい
療法士は稼ぎがいいらしい 」
「新藤先生に言われたくないですよ! 」
みんながどっと笑った
「先生も一緒にいかがですか?
行きましょうよ 」
麻紀がむじゃきに誘った
桃子は平然とした顏をしていたが内心
ドキドキして手に汗をかいていた
彼の前で平静を保つのが難しいのに
この上みんなで一緒に彼と食事なんかしたら自分自身ボロが出て彼に
迷惑をかけてしまうのではないかと恐れる反面
最近ずっとかまってもらえていないので
もし彼も一緒にレストランで食事できたら
何気ない会話でも楽しむことが
出来るのではないかと期待した
新藤が答えた
「いや・・・・
誘ってくれて嬉しいんだが
今日は教授の論文について
意見交換しないといけなくてね・・・・ 」
みんなが口々に言った
「ええ~?がっかりです~」
「申し訳ない
僕はまたの機会に 」
新藤がすまなそうに言った
ナース達はがっかりし男の療法士達は
あきらかにホッとしたように見えた
無理もない彼が来たら若い療法士たちは
女性陣の注目を集められない
彼が全部もっていくに決まっている
それでも
桃子も寂しい反面これで自分も
イタリアンレストランの食事会に
行くのを辞めようと心の中で決めた
「それじゃ 楽しんできてくれ 」
新藤が愛想をみんなに振った
「はぁ~い」
数人が声を合わせて新藤に挨拶した
彼が背中を向けて立ち去った
桃子はその姿を少し物悲しい気持ちで
見守った
「あっそうだ! 桃子! 」
新藤がくるっと振り向き
桃子に近寄ってきた
途端に全員の動きがピタリと止まった
桃子も周りの空気がピンッと
はりつめたのが分かった
そして自分も緊張で体がこわばった
「今日は遅くなるから
先に帰って待っててくれ 」
そう言って新藤は桃子に
立ちふさがるようにして
白衣のポケットから鍵を取り出し
桃子に渡した
そして いかにも桃子は
自分の所有物であるかのように
桃子を数秒見つめ
若い二人の療法士を刺すように
ギロリと睨み立ち去った
目付きで人が殺せるとしたら
まさに今の新藤がそうだった
途端にみんながまるで異次元空間に
連れ去られたようにポカンとした
視線で若い二人の療法士を殺してから
新藤は静かにその場を立ち去った
そして数秒たち
全員の目が立ち去った新藤の後ろ姿から
ゆっくり一斉に桃子に移った
全員の目は落ちそうに見開かれ
今見た物を信じられないと
言わんばかりに桃子を凝視している
「え・・・・えっと・・・・ 」
あまりの唐突の新藤の
言動と態度に桃子自身も
真っ赤になってどうしていいか
分からずその場に立ち尽くした
この時第二ナースステーションから
窓ガラスが割れんばかりの
悲鳴が鳴り響いた
「今の何?今の何?今の何?」
「どういうこと?桃子先輩??」
「俺!今睨まれましたよ!!
こっわ~~~っっ! 」
「終わったな・・・お前の人生
もし手術をしなければならなくなったら
新藤先生だけは止めて置け 」
みんな口ぐちに怒濤の様な質問攻めに
桃子はパニックになった
質問を一斉に浴びせられ
桃子は詰め寄られ締め上げられたが
何も言えなかった
だって一番驚いていたのは
桃子本人だからだ
「はぁ~♪おっとこ前ねぇ~♪
新藤先生 」
早苗だけが一人ゲラゲラ笑っていた
「君にいいよる男を全部
いちいち倒していたらキリが無い」
仏頂面の新藤がいかにも
不機嫌に言った
「でもみんなの噂になったら
困るのはあなただと思ったから
私は秘密にした方がいいと思ったんです 」
テーブルでコーヒーを入れながら桃子は
新藤の顔色をうかがって言った
どうしよう・・・
かなりご機嫌斜めだわ
「なぜだ?わからないな
第一院内でコソコソやるのは好きじゃない
君の恋の相手が僕だと何か不都合でも
あるのかい?
そりや 僕は君より8歳も年上だけど・・・」
新藤は顔をしかめた
それはみんなあなたの元奥様を
知ってるからよ・・・・
桃子はそう言いかけてやめた
元妻晴美の美しさは完璧だった
そしてその美しい彼女と別れた後に
彼が自分と付き合いだしたと
院内の連中に知られたら
いくら最近の桃子も美しくなってきたとはいえ彼は好みの女性のランクを
ずいぶん下げたものだと
みんなに噂されかねない
桃子は何よりそれを恐れた
「歳なんて関係ありません 」
「じゃ なぜだ?」
「・・・あなたにふさわしくないのは私の方だから・・・ 」
桃子は怯えたように繰り返した
新藤はテーブルの桃子の方に歩み寄り
屈みこむように桃子を見て言った
「・・・つまり君はアレかい?
君が僕につりあわないと思っているのかい?」
桃子は息を飲んだ
最後の言葉を言わなければよかった
桃子はなんとか小さくうなずいた
新藤は首を振って座りなおした
「なんておかしなことを考えるんだ」
彼はもう一度立ち上がり部屋が
暑くなりすぎているヒーターを消しに行った
そして振り向いた
上着をうしろにはらうように
両手を腰にあてている
桃子は新藤を見つめ
言った事は真実だと思っていた
彼は富と育ちの良さと端整な顔立ちと
すべてを持っている人
そう・・・私には素晴らしすぎるのだ
「君はぼくにどうしてほしいんだ?
付き合ってる事を内緒にしておくことに
メリットは無いように思える
むしろ君が院内の誰かに
言い寄られるのを見るたび
僕はとんでもなく不愉快になるんだ
それはすごく疲れるんだよ」
桃子は新藤の手をとり頬にすり寄せた
瞳は涙できらめいている
「・・・いつでも私はあなたのそばにいたいの・・・
でも私はいつもあなたの周りを囲んでいる
人達のような優秀なエキスパートではないわ・・・
私はあなたが
私なんかと付き合ってるのが・・・
そういう人たちにわかるとあなたが
恥かしい思いをするのではないかと・・・
そう思うと胸が苦しいの・・・ 」
「君はほんとうにバカだな!」
新藤は桃子を両腕に抱き上げた
「君と一緒にいるのが恥ずかしいなどと
思う人間はいないと
いつになったら気付くんだい?
君はすばらしいよ
かわいくて
聡明でおもしろい 」
一言繰り返すたびに
キスが次第に長く深まってきた
新藤は桃子の手を引いて
ソファーに座る自分の
上に乗せて視線を同じ高さに合わせた
「でも今日の僕の態度で
明日には僕たちの事は
院内中の噂になっているだろう
僕はぜんぜんかまわない!
君は? 」
桃子の顔に笑顔がもどった
彼の優しい瞳が自分に自信をくれた
「ええ かまいません 」
「それでよしっ この話は終わりだ
僕は君といる時はいつも楽しい事をしたい」
再び新藤がキスをしてきた
桃子は彼に感謝の気持ちで口を開いた
新藤に大切にされていると知ったからだろうか
桃子にはすべてがいっそう意味深いことに思えた
新藤のキスも
愛撫も
抱擁もすべてが
彼は桃子の反応一つ一つに応え
それを慈しみ高めていった
二人の親密さが増していゆく過程を
味わうかのように激しい情熱で
ゆっくりと彼女を満足させていく
桃子は新藤の愛撫に魅了され心を奪われ
されるがままに
ついに一糸まとわぬ
姿になって震えながら
彼女は新藤のシャツのボタンを
ぎこちなくさぐった
彼はその手を止めると
彼女を抱き上げて優しくベッドに横たえた
桃子がすっと起き上がり言った
「私にもあなたを愛させてください
あなたが私にしてくれたように 」
そう静かに訴えると
彼のズボンを脱がせた
そしてボクサーブリーフを脱がせる時に
タイミングを合わせて新藤が腰を浮かせた
新藤の内太ももに指の爪を軽く這わせた
新藤の筋肉がこわばるのがわかる
彼の屹立したものは力強く天を向いていて
今にもはちきれそうだ
彼をよろこばせたい
自分にとって彼がどんなに素晴らしいか示したい
そう思うと桃子の血は熱くたぎった
そっと先端を舐める・・・・
少し塩からい
それから喉の奥までゆっくりと口に含んでいったた
これはかなり辛い
だって彼は大きすぎる
しかし彼は桃子の口の愛撫に敏感に反応し
肌には快感のあまり鳥肌が立っていた
優しく唇を上下すると彼は鋭く反応し
脚を震わせる
その反応が桃子を勇気づけた
やったわ・・・・
彼は私の愛撫で感じてくれてる・・・
これは女冥利につきるものだった
桃子の中で激しく彼への愛がつのった
彼の体だけではなくその魂に自分の愛を
刻み付けたいという想いが溢れた
新藤は両手で股間に顏を埋めている
桃子の髪をクシャクシャにして
体をのけぞらせた
それから怒ったような
うめき声をあげてから
彼女に覆いかぶさり体に身を沈めた
桃子も激しい彼の動きを迎え入れ
自分の中のできる限り深い場所まで彼を駆りたてた
彼の体が激しくぶつかるごとに
燃えつくされるような興奮を覚え
彼と一つに溶け合って究極の
興奮を味わいたかった
同時に高みに達した瞬間
二人はまるで真っ白い閃光に
包まれたようだった
お互いがお互いのものであるという
幸せな感覚に包まれて二人の瞳は輝き
キスの一つ一つに喜びがあふれていた
疲れて空腹になっても
二人は離れたくなかった
その夜二人は裸で抱き合って眠り
翌朝は桃子が朝食を作り
二人で一緒に食べた
桃子は幸せで顔からは笑みが絶えなかった
その笑顔がうつった新藤も見せたことのない
ほどリラックスしたようすで良く笑った
その時新藤の携帯がけたたましく鳴った
病院の呼び出し端末ではない
新藤は鼻歌を歌いながら電話をとった
画面の表示を見るなり
彼の背中に緊張が走ったのが
桃子は見て取れた
「はい・・・ええ・・・・
はい・・・ 」
そのまま新藤は自分の書斎に入って
話し始めた
ドアを閉められたものだから良くは
聞こえなかったが
どうやら何かおこったのは
空気からして桃子は感じとった
しばらくして電話を切った新藤が
顔面蒼白で出てきた
思わず桃子は駆け寄った
「どうされました?
何か都合の悪い事が? 」
新藤は口元に手を当てて小さく首を振った
「僕はいかなくてはならない・・・ 」
「どこへ? 」
彼の中でさまざまな思いが交差し
新藤の声は緊張していた
「父がさきほど心肺停止になったそうだ・・・・」
「なんてことっっ 」
桃子は両手を口に当て
鋭く息を吸った
「・・・でも再生処置が適切だったらしく
今は息を吹き返したそうだ・・・
でも・・・・
もって・・・
今夜だろうと・・・・ 」
しばらく沈黙が続いた
桃子の鼓動も速くなった
痛み
悲しみ
そして不安
桃子は新藤の次の言葉を待った
きっと彼は地図の無い場所を
手探りで進むような気持ちなのだろう
その感覚は桃子自身にも経験があった
桃子が実の父親が死んだ時に経験したものだった
桃子は新藤の両手をしっかりと
自分の両手で包んだ
「行かなくては・・・・ 」
「ああ・・・・そうだな・・・・
また・・・連絡するよ
君も帰った方がいい・・・」
新藤は静かにとても切なそうに言った
彼の声には悲しみがにじんでいた
桃子は黙ったままだった
彼の痛みに塗る薬を私はもっていない
「私も着いて行ってかまいませんか?
看護師として・・・ 」
桃子は熱い思いを込めて言った
こんな彼を一人では行かせられない
新藤は今桃子が言った言葉を
信じられないという目で彼女を見つめた
「でも父は僕たちの誰もわからないんだよ
それに半年前に見た父はひどい状態だった 」
実際その時の光景が新藤の頭によぎった
父は半分ベッドから起こされ
目はどんよりと曇り一点を見つめ
よだれかけを付けられて
介護師にスプーンで食事をさせられていた
というより無理やり食べ物を
口につっこまれていた
これがあの威厳のあった
町一番の評判のいい内科医の
成れの果てとはとうてい受け入れがたかった
すると桃子が反論するように言った
「どんな姿であろうと
あなたのお父様でしょう 」
新藤の顔が真顔になった
瞳が決断に苦しむ彼の心を映し出している
「君は・・・
良くわかっていないどんなことに
関わろうとしているのか
良く考えた方が・・・ 」
「いいえ 」
桃子はきっぱりと彼の言葉をさえぎった
「これ以上考える必要はありません
そして少し応援を呼びましょう 」
・・・・・・・・・・・・・・
「こんなものしかなかったけど
無いよりはましだわよね 」
車の後部座席から
ぬっと出されたのはアルミホイルに包まれた大きなおにぎりだった
助手席に座る新藤が小さくお礼を言って
後部座席にいる桃子の母から
おにぎりを受け取った
腹はあまり空いていなかったが
物を食べるという何か行動が
できたのでありがたかった
「このままカーナビの通りだと
あと1時間ぐらいで着きますね 」
新藤の横でBMWを運転する桃子が言った
「渋滞に巻き込まれなくて
よかったね! 」
同じく後部座席に座る文香が優しく言った
実際あれからの桃子の行動は早かった
まだあれこれと動揺を隠せない新藤をよそに
彼のクローゼットから出張用の
スーツケースを取り出し
1泊ぐらいしても良いほどの
彼の身の回りの物を荷造りした
そして新藤も着替えさせ
さっそうと彼の手を引き駐車場に向かうと
新藤のBMWに乗り込み
自分が運転すると言い張った
動揺している彼には運転させられないと
途中桃子も荷造りするために
桃子の家により彼女が身支度している間に
新藤が母と文香に事情を話すと
自分達も着いて行くと
あれよこれよと騒々しく身支度をはじめた
新藤はいったんこうと決めた高屋家の女達は
たとえ銃弾に打たれても
信念を変えないだろうと思った
そして彼女達の団結力はすごかった
そういう様子を観ながら新藤は
反抗するのをあきらめた
流れる車窓をぼんやり眺めながら
新藤は父がアルツハイマーを患いかけた
時の事をぼんやりと思い出していた
母が無くなってから
神戸の開業医の父は病気がちになり
診療所も閉鎖してしまった
そしてゴミを家に溜めたり
夜なども徘徊するようになり
そんな父を見て元妻晴美はひるんだ
彼女はこのまま新藤との
結婚生活の未来に何が待ち受けているか悟り
彼女は高額の養護施設の
パンフレットを新藤に付きだし
いかに父が養老施設で快適に暮らせるかを
彼に熱弁に語った
あの当時は新藤は彼女を愛していたので
彼女の勧めるままに名古屋の24時間
完全介護式の特別養老施設に
莫大な金を払い父の入居を決めた
しかし晴美は父の見舞い行く前日にかぎって
体調が悪くなったり
長旅は無理だと言ったりして
結局新藤一人が何時間もかけて
名古屋に見舞いに行った
せっかくの休日をまる一日運転して
父の見舞いに行くことに新藤自身も
疲れ果て彼自身も次第に
足が遠のくようになった
そして数か月後久しぶりに
父の見舞いに行くともう
父は新藤の顔を覚えておらず
父の記憶は忘却の彼方へ
消え去ってしまっていた
今もそんな事を想うと新藤の胸が重く
のしかかった
出来れば父と会いたくなかった
意外だったが桃子の巧みな運転のおかげで
ほどなく車は病院の駐車場に着いた
ドアを開けた途端刺すような
冷気が襲いかかる今日は特別に冷える
雪が降るかもしれない
BMWの車のエアコンがいかに性能が
よかったか改めてわかった
そしてなじみの病院はエアコンが
よく効いてて暖かだった
新藤はあらかじめ
電話で父の担当医師にメールで
電子カルテを送ってもらい経過を把握した
数日前から風邪を患い
少し微熱があったにも関わらず本人の
たっての希望で入浴したのが悪かった
そこから風邪がぶり返し
父は肺炎にかかってしまった
老人は抵抗力が弱く時には小さな子供より
ひ弱になってしまうまさにタイミングが悪かった
ICUに入る前に
父の養護施設の責任者と担当医師と
救急隊員などが新藤を待ち受けていた
新藤はその人達に礼を言い
運び込まれてきた状況の説明を丁寧に受けた
そしてやっと
最後に父本人との面会になった
真っ白なベッドに仰向きに
寝かされている父は
酸素マスクは外されて点滴もされておらず
状況はまったく良くない
要するに手の施しようがないのだ
父は目を閉じ
頭をそらし口をパクパクさせて呼吸をしていた
下顎呼吸・・・・・・
新藤は医者の目で冷静に目視で診察した
これはー見呼吸しているように見えても
肺に息は取り込めておらず
沢山呼吸はできていない
この下顎呼吸が見られると
臨終間近ということになる
父の命の灯はあと数十分という所だ・・・
「下顎呼吸が始まっているわね・・・
私達でできる限りのことをしてあげましょう・・ 」
桃子の母がいつの間にか
新藤の横にいて優しく言った
文香が丸いパイプ椅子を
父の横に持ってきたものだから
新藤は座らざるを得なくなった
そして桃子が力強く新藤の手を取り
父の手を握らせその上から
ガッシリ自分の両手で挟むものだから
新藤は父の手を握らざるを得なくなってしまった
これで新藤は逃げられなくなった
そして父を挟んでその向いに桃子の母と文香がいた
母が優しく父の手を握り囁いた
「新藤さぁ~ん
息子さんがいらっしゃいましたよ~ 」
言っても無駄なのに・・・・
新藤はできれば桃子の母が父に
話しかけるのをやめて欲しかった
彼は顏をしかめた
あいかわらず
父は目を閉じ口をパクパクしている
次に桃子の母はもっと
力強い声で父に話しかけた
「新藤さぁ~ん
待ってたんですよね~!
息子さんの事はなしてくださぁ~い 」
父は分からないんだよと母に言いかけた時に
父の目がゆっくり開いた
「む・・・す・・・こ 」
周りに驚きの声が響いた
「そうですよ!
息子さんの事話してくださいな 」
もう一度桃子の母が父に問いかける
思わず新藤の体がこわばる
でも今は桃子の手にしっかり包まれている
「しゅ・・う・・じ・・か・・・? 」
びっくりするぐらいゆっくりと
父の顔が新藤の方に傾いた
薄灰色の瞳が彼を探して彷徨う
白内障も患っていたのか!
桃子が父の手を新藤の顔に持って
勇気づけるように彼の背中を叩いた
思わず声をかけた
「と・・・うさ・・・ん
父さん!!
僕がわかるのか? 」
視界が一気に歪んだ
目が悪くなったのだろうかと思ったら
それはなんと自分の涙のせいだった
「ひ~ん・・・・ 」
向い側で文香が泣いている
気付くと文香より自分が
号泣しているのが分かった
「あなたが分かるのよ
もっと呼んであげて 」
桃子の母が優しく促す
「父さん!父さんっ!!」
何度も父を呼ぶ
「父さん! ごめんよ!! 」
なぜ謝るのか自分でもわからない
でも何を言えばいいのかもわからない
「しゅうじ・・・・
わしの・・・息子か・・・・ 」
まだ瞳を彷徨わせ
父がつぶやいた
「素晴らしい息子さんですよ! 」
桃子が隣で言った
すると父の顔の筋肉がゆるみ微笑んだ
「ああ・・・・・
自慢の・・・・むすこ・・・だ・・・ 」
「父さんっっ!! 」
今や自分は嗚咽を漏らすのも
お構いなしだった
桃子も横でしゃくりあげて泣いている
誰に見られてもかまわなかった
父が自分を自慢の息子だと言ってくれた
父は自分を忘れていたのではなかったのだ
記憶をほんの少し
心の中に閉まっていただけなのだ
父は今でも自分の尊敬する父だった
そしておそらくそれは未来永劫かわらないだろう?
新藤はとても嬉しかった
そしてもっと優しくしてやれなかった事を
心の中で父に詫びた
何か言わなければ・・・・
そう考えるが何を言えばいいのか頭に浮かばない
今は握りしめている父の干からびた手を
強く握りしめるしかなかった
桃子ががっしりその上から
握りしめてくれている
その時父が大きく息を吸いあげ
コトリと息絶えた
文香が父に覆いかぶさって泣いた
桃子の母もハンカチを当てて涙を押さえた
桃子は静かにハラハラと涙を流していた
「うっ・・・う~~~~っ 」
言葉ではない呻きが我慢できずに漏れた
体中の水分がなくなるのではと思うほど
涙は後から後から流れてくる
恐ろしいほどの虚脱感が体を襲い
握りしめているまたは
握りしめられている手の感覚しか残らなかった
「午後2時43分・・・・
ご臨終です・・・・ 」
父の周りの医師と看護師が手を合わせた
そして父の養護施設の担当の介護士も
手を合わせ涙ぐんで言った
「新藤さん・・・・
最後はご家族にかこまれて
幸せに逝ったわ・・・・ 」
新藤はもっとうまく父に自分の気持ちを
表したかったが長年人を突き放して
生きてきたのでどうすればよいか分からなかった
父との思い出が走馬灯のように
頭の中をかけめぐった
小さい頃・・・・
診察室に入ってはいけないと言われていたが
膨れ上がる好奇心に勝てず
カーテンの裏からこっそりと
患者を診察する父をよく眺めたものだった
大学受験で意見の食い違いで
父と派手に喧嘩して家出したこと・・・
インターン時代
意気揚々と自分の医学論を父と交わした
時に一人前だと認められたこと
思い出は後から後から沸いてくる
そんな感じだったもので
桃子にハンカチを渡され
そのままひきずられて
待合所の安楽椅子に
座らされたのも気付かなかった
そこから父を綺麗にして
病院の霊安室に運ぶため桃子家族と
待合室で長い間待った
桃子の母に言われるがまま
大量の書面に手続きのサインをし
文香に横で新藤におにぎりと
ポットに入れて持って来ていた
アツアツの味噌汁を無理やり飲まされたり
なにかと高山家の女達に
世話をやかれていてもされるがままだった
まだ父を失ったばかりのショックから
立ち直れない新藤は
やってきた葬儀屋と
葬儀の段取りをテキパキと決めている
桃子の母親の背中を見ながら心から感謝した
今の新藤に棺のグレードをどれにするか
聞かれても頭は働かない
高山家族のおかげで
その夜には葬儀場は決まり厳かに通夜が行われた
さすが経験豊富な桃子の母は
新藤のスーツや靴までレンタルし
新藤の世話を桃子にさせ
驚いたことに三人ともキチンと喪服を着こみ
まるで家族の一員のように振る舞ってくれた
そのおかげで新藤は夜には立派な喪主として
父の生前世話になった施設の方や
弔問客を迎えた
文香と桃子は山ほど来る
新藤の仕事関係の弔電と花を整理した
時間はバタバタと過ぎていき
何を自分は話し
何を食べたかはまったく覚えていなかった
ただすべてを終え帰りの車に乗り込んだ時は
ひどい頭痛に襲われて
桃子の勧めるままに薬を飲みぐっすり眠った
桃子は帰りの運転中
横で眠る彼をチラリと見た
初めて目にする彼の寂しそうな寝顔・・・
すっかり憔悴しきって
目の下にはクマが浮かんでいる
桃子は無理やりにでも
着いてきてよかったと思った
そして母達も連れて来て正解だった
あれやこれやと母たちに世話をされていたら
彼もネガティブな事を考えずに済んだだろう
この2日の出来事は彼一人で
それでも臨終間際で彼はお父様と和解できた
本当によかった・・・・
母は微笑みながら
認知症患者でもああやって死の間際に
神様が記憶を戻してくださるんだと
そしてそれは良くあることだと桃子にウインクした
今や桃子の母は娘を医者に嫁がせる事に
全力を尽くしている
桃子が笑ってしまうほど
そしてこんなに心強い見方も
いないのではないかと母に感謝した
今は後部座席で母と文香もぐっすり
眠り込んでいる
後部座席の母の膝には新藤の父の遺骨が
乗っていた
桃子はその遺骨をチラリと見て微笑んだ
しかしこれで彼は正真正銘天涯孤独になった
みんなは彼はすべておいて恵まれていると思っている
でも一番肝心で大切なものは何も持って
いないんだわ・・・
家族の愛や誠実さは・・・・・
そう思うと桃子はまた
彼を思って心がチクリと痛んだ
ずっと考えまいとしていたことが
ムクムクとネッシーのように首を
もたげ起きあがってくる
彼の家族になれたなら・・・・
いつでも彼の傍にいて
彼の子供を生みたい
小さな子供を抱き抱える新藤の姿を想像した
それは思いがけなく素晴らしく興奮した
でも・・・・・
彼はまだ元奥さんを愛しているので
はないだろうか・・・
あまり希望を持つものではない
あつかましすぎるし
身をわきまえた考えではない
その証拠に彼は今まで一言も「愛してる」と
言ってくれたことはない
もちろん自分も言った事はないのだが
今の彼に言っても重すぎるのではないかと
警戒していたからだ
今はまだ何も考えず
ただ彼の傍にいたい・・・・
そして私が多くを求めないように・・・
彼との関係をゆっくりでいいから
進めていきたい・・・
桃子はそう考え
ハンドルを握り直した
:*゚..:。:.
土曜日の午後
新藤は医師たちや医療関係者が集まる
ちょっとした食事会に桃子を同伴者として
連れて行った
新藤からちょっとしたパーティだから
気兼ねなく楽しめると言われていたのに
規模の大きさに桃子はひるんだ
みんなキチンと正装し華やかだった
桃子は今自分の着ている
クリーム色のベーシックなツーピース
を眺めてもう少し派手なドレスでも
良かったのではないかと思っていた
せめてピアスだけでも
もっとゴージャスなものにすれば・・・・
ヴィトンのあのパンプスにしたらよかった・・
今後はこういう場に出る時は
華やかな物とシックな物を両方用意しよう
そして場を見極めてトイレで着替えればいいわ・・・
彼と付き合うには
そういう身だしなみのスキルが必要になる
たとえそれが大荷物を抱えるようになっても
必須のように思えた
一方彼は眩しいほど魅力的だった
シャンデリアの照明が
彼の艶やかな黒髪に反射し
仕立てのいいイタリアスーツが
動くたびに絹の光沢を増している
ほんのり淡いブルーのシャツに
桃子がクリスマスにプレゼントした
グレーの生地に小さなグッチのロゴの
刺繍が所々ちりばめられている
ネクタイが存在感を醸し出して
とても良く似合っている
今はスーツの上着のボタンをはずし
両手をズボンのポケットに
無造作に突っ込んで
大きな窓の下で
何やら知り合いと話し込んでいる
それに先ほどのホテルの
指定の医師会専用の駐車場も
メルセデスにBMW、ポルシェと
いった高級車に黒塗りのリンカーンが
優雅に駐車してあった
新藤を筆頭に医者は外車が好きだ
やはり自分が新藤達のような世界の人々の
仲間ではないのだとつくづく身に染みて感じた
ホールを見渡し
美しく装った人々を眺めてみる
舞踏会のシンデレラのような気分になる
自分の立ち入る世界ではないような
妙な気分に苛まれる
「桃子!ちょっと」
「はっはい! 」
周りの空気に圧倒されて
壁の花になっていた桃子に優しく
新藤が手招きをしてこちらへ来いと言っている
桃子は嬉しそうに子犬のように
新藤の元へかけよった
「こちら 僕がインターン時代から
お世話になっている
医師会の教授ご夫婦だ 」
新藤に初老のエレガントな夫婦を
優雅に紹介されて桃子は緊張した
「こんにちは、あなたが高山さんね 」
教授夫人が優しく両手で桃子の手をとり
軽く叩いた
「はじめまして
お会いできてうれしいです 」
「新藤君がやっとこんな場に
顔を出してくれるようになって本当に嬉しいわ
それは貴方のおかげだったのね
こんな可愛らしい人と参加してくれるなんて!」
そう言いながらも
夫人の瞳の奥はじっと桃子を観察している
合格なのだろうか?
桃子も笑みを交わしながらドキドキしていた
「お手やわらかに頼みますよ 」
新藤も困ったような顔をして桃子に
目くばせをして言った
すまないけど少し相手してやってくれるかい?
でないと後でややこしい事になるんだ
目がそう語っていた
桃子はにっこり笑って
私は大丈夫と同じように目で返した
夫人は新藤に自分達二人に
飲み物を取りに行かせた
体の良いやっかい払いだったのだろう
桃子と二人っきりになると
ペラペラしゃべりだした
ぶしつけな質問も明るい笑顔のせいか
気にならなかった
「本当にお宅の総合医院はまた拡大するとかで 」
桃子は愛想よく答えた
「ええ 診療学科を増やすそうです
今では町の小さな病院やクリニックが
閉鎖に追い込まれ
かわりに広い地域の人々に対応しなければ
いけないように年内には増築されるそうです 」
「まぁ!それはすごい事
総合病院は
どこの科もスーパー並みに込んでいるものね」
驚いたように夫人は話した
そこからの会話は楽しかった
夫人は陽気な話好きの世話好きで
桃子はうなずいたり
たまに相槌を打っていればよかった
そこにほどなく
なんと桧山が茶色の髪の魅力的な
女性を連れてやってきたから驚いた
「まぁ!桧山先生!」
「君は新藤の連れだな 」
桧山は教授夫人と桃子に挨拶をし
4人はビュッフェテーブルから皿一杯に
料理をとり食事を楽しんだ
そしてほどなく桧山は二人の席を離れた
魅力的な女性はマスコットのように
桧山の腕にぶら下がっている
「彼のお連れさんは去年とは違うわね 」
コソッと夫人が桃子に耳打ちした
「来年も違うんじゃないかしら」
桃子も笑って夫人に返した
「誓って言うけど新藤君は離婚してから
誰も連れてきていないわよ 」
桃子は真顔で夫人を見た
その桃子の表情を見て夫人がクスクス笑った
「みんな新藤君を心配していたのよ
元奥さんと離婚してからひどい状態が
続いていたでしょ?
だから今日彼と一緒にいる貴方を見て安心したわ 」
「まぁ・・・ありがとうございます 」
桃子は少し戸惑って言った
やっぱり彼はひどく傷ついていたのね・・・
「ハッキリ言いましてね!
私は彼の元奥さんの晴美さんは
好きになれなかったわ!
何ていうのかしら?
いつもこういう場所にも大きく背中の
空いたドレスを着て
まるで芸能人気取りだったんですもの 」
桃子は思いがけず元妻晴美の
話題を出されて戸惑っていた
何処へ行っても彼女と比べられてしまう
でもそれはしかたが無い事なのだろうか・・・
「彼女は医者の妻としての慎ましさが
無いって言うのかしらね?
どんな育ちをされた方なのかしらって
まぁ新藤君が良いのならそれで良いけど
医師の妻って・・・ほら
色々とお付き合いもあるでしょう? 」
「そうだったのですか・・・・ 」
桃子はなんとか答えたものの
唇は色を失っていた
元妻晴美は当然ながら
こういう場にも同伴して
輝く個性と美貌でそれは目立っていたらしい
そう思うと夫人が
はじめましての挨拶で桃子の上から
下まで全身チェックしたのが理解できた
私はどうやら華やかさはないけど
夫人には気に入られたらしい
そこにまた夫人の知り合いなのか
教授の奥様方が挨拶に来たので
桃子はトイレに行くと言って
嫌味無しにその場を離れた
ほっとゴージャスな手洗い室でため息をつく
テカった鼻の頭を脂取り紙で拭き
照明の下でも顔色が良く見えるように
ハイライトを叩き込む
なかなか今夜は上手くやってるのでは
ないだろうかと桃子は自分に言い聞かせた
最初は圧倒的な雰囲気に
呑み込まれそうになったけど
新藤が普段お付き合いをしているような
上流社会の人たちとうろたえること無く
対等にやれている自分が誇らしかった
元妻晴美の話題は出るが
それはしかたがない事だと
桃子は自分に言い聞かせた
彼が既婚者だったことに罪は無い
そして愛しい彼と出会うタイミングが
今だという事にも何か意味があるのだろう
彼の過去もひっくるめてまるごと
受け入れようと誓ったのだ
こんなことで怯んではいけない
現に彼はこういう社交の場に
私を連れて来てくれているということは
私との将来を考えてくれているのかもしれない
上手くやらなくては・・・・
決意も新たに桃子は
化粧室から出て新藤を探そうとした
ホールに出る階段の手間で
目の覚めるような美しい女性を見かけた
ブラックの
スパンコールがちりばめられたシックな
ナイトドレスにほっそりとした体を包み
髪は肩ぐらいの長さでカールされている
ものだから大きく開いた背中が目立つ
教授夫人が見たら目くじら立てて
怒りそうなファッションだ
それでも映画のワンシーンのような彼女の
圧倒的な美しさに魅了されない
男性はいないだろうと思った
ぼ~っと彼女の後ろ姿を眺めていると
桃子の視線に気づいたのか
黒のドレスの女性がこちらを振り向いた
桃子の体に衝撃が走った
クリーム色の顔に
大きく見開いた茶色の瞳
官能的な赤い唇
シナモン色のカールされた髪をなびかせて
新藤の元妻
晴美がこちらを見ていた・・・・・
その時階段の大きな振り子時計が
12時の鐘を鳴らした
:*゚..:。:.
「冗談じゃないわっ!!今更彼に何の用よ!」
早苗が憤慨して
生ビールのジョッキをドンッとテーブルに叩きつけた
「でも新藤に会いに来たのではないと思うよ
彼女の連れは奈良の医師会の委員長だった
しかし上手いなここの焼鳥! 」
桧山が串に刺さった
砂ずりを美味しそうに食べた
「それじゃじじいに乗り換えたって
ことですか?
元嫁って再婚したんですか? 」
「口が悪いわよ
麻紀ちゃん! 」
早苗が好奇心丸出しの麻紀をたしなめた
「一言いっていいかしら・・・・ 」
桃子が両手をグーの形にして
目の前にいる3人に訴えた
「どうしてここに桧山先生がいるんですかっっ!!」
三人はさも楽しそうに目を合わして言った
「あら私が呼んだのよ! 」
「そうそう仲間は多い方がいいだろ」
「作戦会議ですよ!新藤先生奪還作戦! 」
三人が口々に言った
「まだ奪われていません!
でも向こうからしたら私が奪った側になるかもしれないわ・・・ 」
桃子が最後は力なさげに言った
「何言ってるの!
新藤先生は2年前にきちんと離婚してるのよ! 」
早苗が顏をしかめて言った
「でもやぶさかじゃないな
あんな所でウロウロされてちゃ
気にするなって方が無理だよな
しかもあんなセクシーなドレスでさ・・・ 」
桧山がニヤついた
「桧山先生!いったいどっちの見方なんですか?」
早苗がビシッと言った
「え?セクシーなドレス着てたんですか?
じじいと来てるのに?
セクシーだったんですか?
誰にセクシーアピールしてたんですか? 」
麻紀は相変わらず子犬のように
好奇心を輝かせている
目の前でトリオ漫才のように
会話がポンポン飛び交っていても
桃子はあの時の光景が頭から離れなかった
あの時・・・・・・
桃子は当然晴美を知っていたけれども
向こうは桃子の存在などまったく
眼中になかった
そしてホールを降りていこうと彼女がした時に
同時に桃子を探して階段を上がってきている
新藤と鉢合わせた
その後ろに桃子といった最悪の掛け合わせだった
これがドラマならテーマソングが
流れて来週へ続く・・・・
なんちゃって・・・・
そんなくだらない事を思っている
自分が妙に冷静で桃子は小さく笑った
そして彼が気付いた
晴美を見た途端一瞬彼が体をこわばらせた
「・・・晴美? 」
「お久しぶりね修二・・・ 」
新藤はいかにも面くらったという感じで
晴美を見つめていた
そしてそのすぐ後ろにいる桃子に
気付くとまっすぐに桃子に駆け寄ってきた
「どこに行ったかと思ったよ!
教授夫人が君がトイレにいってもうずいぶん経つ
と言ってたから・・・・ 」
「ごめんさい・・・・ 」
咄嗟にあやまったが
彼が一心不乱に自分の所へ来てくれて
桃子は感動した
そして新藤は晴美に小さくおじぎをし
桃子を連れてホールに戻った
気のせいか晴美のそばを通り過ぎる時に
腰に手を回している
新藤に少し力が入ったような気がした
さらにしばらく知り合いの間を歩き
顏を出す責任も果たしたので
二人はパーティー会場を後にした
しかし桃子はその間ずっと晴美が新藤を
見つめているのを感じていた
そして彼女の視線が自分にも
注がれているのも
痛いほど感じていた
帰りの車でも新藤はどことなく
考え込んでいるようで口数は少なく
うわの空だった
帰ってからもいつもと変わらず
新藤は優しく激しく桃子を求めてきたが
桃子の方がいつものように燃え上がるまでは
長い時間がかかったのだった・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・彼は・・・・
晴美さんをまだ愛していると思うの・・・
彼女が彼を取り戻したいと思ったら・・・
ああ・・・
もうおしまいよ
私なんかかないっこないわ・・・・ 」
桃子はカクテルを口に含みながら言った
愛と悲しみに泣きたい気分だった
「僕が見る所
新藤先生は君にぞっこんだと思うな
どうしてそんなに自分に自信がないんだい?」
桧山が熱燗を飲みながら言った
「誰でもかれでも
桧山先生みたいに自信満々な
わけじゃありませんよ」
早苗が言った
「そうそう!
私も新藤先生の元奥さん見たことありますけど
元モデルだったんでしょ?
めっちゃ綺麗な人!
あれじゃ桃子先輩叶いませんよ!
って・・・・
でも桃子先輩はハートが綺麗です!
それにおっぱいも大きいし!! 」
麻紀が鼻息を荒くして言った
「麻紀ちゃんそれ褒めてるの?
それともディスってるの? 」
早苗があきれて言った
「とにかくっ
君が元奥さんを気にして暗い顏をしていたら
新藤先生も辛いんじゃないかな?
君は笑顔がとても素敵だから
新藤先生も君のそういう所が好きなんだと
思うよ!
大事なのは君と彼が信頼で結ばれることだと思う」
桃子は意外な事を桧山に言われて
少し心が軽くなった
「ありがとうございます・・・・・
桧山先生って・・・・
良い方だったんですね 」
桃子が少し涙を拭きながら言った
「だてにプレイボーイではないわね! 」
早苗と麻紀がニヤニヤしながら言った
「僕はいつだって女性の味方だからね」
「え~?桃子先輩を誘おうとしてたくせにぃ~」
麻紀が抗議するように言った
みんなで笑った
どうして自信が持てないのかって?
それは彼が一度も私を愛していると言ってくれた
ことがないからよ・・・・
桃子は心の中でそう思った
それから数日たっても晴美の事を
考えると心が沈んだ
パーティー会場で彼を見つめる晴美の目は
あきらかに未練を彼に寄せていた
彼女が寄りを戻したいと言ってきたら
彼はそれに応じるに決まっている
今頃は彼も私と別れる口実を考えているかも・・・
そう思う反面
彼のいない生活なんて考えられなかった
彼は私だけではなく私達家族の中にも
自然に溶け込んで入ってきていた
母は彼との結婚式に誰を呼ぶかと
そこまで最近では考えていた
ああ・・・・
ごめんなさいお母さん・・・
桃子は医者の嫁にはなれません・・・・
そう思うと涙が出てきた
一方新藤は
先日のパーティーで老教授と
話し込んでいた時に
パートナーに連れて来ていた
桃子の評判が思ったより良くて嬉しかった
そして自分も一介の勤務医ではなく
開業を考えたらどうかとアドバイスを
ありがたくもその筋の偉い方に
進められたのだ
まさしくそれは新藤の夢だった
父の残した芦屋の土地に
新設のクリニックをオープンする・・・・
しかし今の仕事自体が家庭を持つのに
ふさわしくなかった
それは元妻晴美との結婚生活で
自分は結婚には向いていないとつくづく
実感したからだった
どうしても夜遅くまで仕事をしてしまうし
つい全力投球してしまう
しかし・・・・
この数か月桃子と情熱的に愛を交わすようになってから
その思いはますます強くなるばかりだ
晴美でさえこれほど激しく求めたことが
あるだろうか
桃子が他の男と親しくしている所を見るだけで
激しく嫉妬する
最近では桃子をどこへでも連れて
歩きたくなっている自分が不思議だった
桃子を愛しているのだろうか?
結婚したいのだろうか?
そう思うと背中から何かエネルギーのような
ものが沸いてきた
桃子相手なら望んでいたものが
すべて満たされる・・・・
新藤が昔から思い描いていたクリニックは
総合病院のように専門科を次々にたらいまわしに
するのではなく
一人の医師でなるべく体全体を診るように
したいものだった・・・・
そもそも体は全部の神経で繋がっているのだ
それをまるで肉の部位を切り離すように
あちこちに飛ばして診るべきではない
これが新藤のホンネだった
自分の建てるクリニックには
二階にはちょっとした
手術もできるようにして
入院患者も受け入れられるような施設だ・・・
去年の大晦日に高山家に行った時に
桃子の母が介護士で文香ちゃんが
薬剤師で開業ができると冗談を言った
ところがそれが本当に
実現できるような気がしてきた
そしてその隣には
小さな3階建の家も建てよう
昼間は診察室で桃子が自分を手伝い
夜は二人で居間でくつろぎ
その後には愛を交わして
二人でゆっくり眠りにつく・・・
いづれは子供が出来るだろう
そうだ僕たちの子供が走り回る庭も必要だ
これが愛なのだろうか
あまりにも幸せであまりにも心地よくて
あまりにも当たり前のことを
自分がこれほど望んでいたとは・・・・・
桃子と知り合って小さなことだが
教えてもらった・・・・
晴美との結婚生活はどちらかが
主導権を握るかといった
ちょっとしたライバル感の
ようなものが二人の中にあった
そのため新藤はいつも彼女の前では
気を張っていた
桃子といる時は未来が描ける・・・・
桃子に結婚を申し込んだら
彼女はどうするだろうか・・・
最近では彼女は美しさに磨きが
かかってきたように感じるし
時々見せる長女特有の力強さで
自分の意見を静かに通してくる所も
気に入っている
そう思う反面・・・・
彼女はまだ若い
今はたまたま自分が初体験の相手で
愛の行為をあの手この手で教えているが
本来なら歳相応の若い男と恋愛を
楽しみむべきなのではないだろうか・・・
結婚の事を考えると苦しくて
誰かに相談したかったがそんな
相手などいないことにすぐ気付いた
そうえいば晴美に会ったな・・・・
晴美と結婚したいと思った時は
どうだったか・・・・
しばらく新藤は思い出そうとしたが
なんと驚くほど晴美のことは
きれいさっぱり忘れてしまっていた・・
その夜桃子が新藤の家にやってきた
桃子は母から預かった
サトイモといかの煮物を
タッパから移し手早く夕食を作りだした
新藤は自分の家の台所でいそいそと
料理を作る桃子の背中が愛おしくて
たまらなくなり思わず抱きしめた
「し・・・しゅうじ・・・さん
お料理・・・
さめます・・・ 」
桃子が恥ずかしそうに
かすかに抵抗する
「君を先に食べたい・・・・ 」
すかさず新藤は後ろでリボン結びを
しているエプロンの紐をほどき
はぎ取ってしまった
後ではだかでこれをつけさせよう
「今日は良いものがあるんだ 」
新藤はいたずらっ子のように目を輝かせ
小さなアマゾンから発送された
箱を持ってきた
「それはなぁに? 」
桃子が好奇心に胸をときめかせ
箱を覗き込む
新藤が箱を開けると小さな小瓶が出てきた
「ソルトジェルだよ
クリスマスの夜
君とはじめて愛しあった後
寿司屋で君が胸を小さくするために塩を
塗っていた話をしてくれただろう?
あれからずっとまっしろな塩がついた
君の乳房や乳首のことが頭から
離れなくて大変だったんだ 」
「そんな事を考えていたんですか? 」
桃子は頬をぽっと赤く染めた
「ただ塩は・・・・・
君の肌に負担がかかるだろう
なぁにこれは肌がつるつるになるだけさ
そしてこれを塗った胸で君が僕のものを・・・ 」
新藤が小さく桃子に卑猥な事を耳打ちした
桃子がますます赤くなった
そして新藤がもう一つピンクの
箱を桃子に差し出した
箱には英語の表記が示してある
桃子が中をあけると
コンドームがつらなって出てきた
海外製だ
「とっても良いニオイがするわ!」
「イチゴのフレーバーのゴムなんだよ
これを付けた僕を君が口で愛してくれると
君はイチゴ味を楽しめるのさ
そしてその口で君が僕にキスすると・・・
いちご味の君を僕が楽しめるわけさ 」
得意げに新藤が言った
桃子は恥ずかしげにうつむいた
「なんだか・・・・
とてもいやらしいわ・・・・ 」
新藤が桃子の脇をすくいあげるように抱き上げ
キスをしながら言う
「・・・僕といやらしい事をするのは嫌いかい? 」
頬から新藤の唇が優しく移動していき
首筋を噛まれた時は桃子は快感に
震えた
「答えて・・・桃子 」
嫌いなわけないでしょう・・・
いつでも愛してもらいたいのに・・・
桃子は心の中でつぶやいた
そして新藤の首に腕をからませた
「すき・・・・・
しゅう・・じさん・・・ 」
新藤はうれしそうに低く喉をならした
「なら・・・ちゃんと誘って・・・ 」
そう言いながらもうすでに桃子は
セーターを脱がされて
ブラジャーもはぎ取られ硬くなった乳首を
いじられている
こんな状態で自分からおねだりするなんて
恥かしすぎるが
心は素直に新藤のいいなりになってしまう・・・
「・・わたしに・・・
いやらしいこと・・・
してください・・・・・・ 」
そう言ってあえぎながら体をのけぞらせた
桃子が顏から火を吹きそうに恥じらっている
新藤の体の底から激しい欲求が突き上げてくる
いったい自分はどんな魔法を
かけられたんだ?
「なんでこんなにかわいいんだ!
どうすりゃいいんだ!
バスルームへ行こう♪ 」
上機嫌で鼻歌を歌う新藤に桃子は抱えられて
バスルームに向かった
1時間後二人は塩とイチゴまみれになった
翌朝新藤の背中に自分の爪痕がついて
赤く腫れているのを見て
桃子はぞっとした
しかし新藤はただにやりと笑い言った
「しばらくは手術前の着替えは
背中をみせられないな
君がこんなに激しく熱い女性に
なれるとは誰も思わないよ 」
ああ・・・どうしよう・・・
彼が死ぬほど好き・・・・
桃子は愛と悲しみがいりまじって
泣きたい気分だった
彼は元妻の晴美さんを見てどう思っただろう・・・
私の事はどう思っているだろう・・
愛してくれているのだろうか・・・
もしかしたら
彼女のところへ戻りたくて私と上手く別れる
方法を考えているのかもしれない
そう考えると気がめいった
でもあんなにも熱く自分を求めてくれている
彼の心には私しかいないような気もする・・・
そう信じたいが
なにせ男性経験ゼロの桃子は
彼の愛のバロメーターを何で計ればいいのか
わからず終始堂々巡りを繰り返すのだった
それからというもの桃子は
新藤のそぶり一つ一つに神経をとがらせ
私に身を引いてほしいと言いたいのではないかと気をもみ続けた
次の週
第二病棟は毎年この時期はインフルエンザが流行し
それは病院に勤めている者にも及んでいた
欠勤者が増えその者たちの仕事も元気な桃子達が
こなさなければいけなくなり
業務はいつもの倍になった
桃子達はインフルエンザ激戦区の内科にまで
配属され一週間がはじまったばかりだというのに疲れは重くのしかかった
そのため
彼の家で逢瀬を交わせないのは寂しい反面
暗い自分の表情を彼に見られなくて内心ほっとしていた
そこに麻紀と早苗があわてて駆け寄ってきた
「桃子! 」
「桃子先輩!大変っっ!」
回診前の医療器具をチェックしながら桃子が言った
「なぁに騒がしいわねぇ・・・
ねぇ・・あなた達アルコール脱脂綿持ち帰りすぎよ 」
麻紀がけたたましく言い返す
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ
あの人が来てるんです!
受付にっ! 」
「あの人って? 」
桃子は麻紀の顔を見た
「新藤先生の元奥さんですっ!」
桃子は驚きで口が開いた
「なんですって? 」