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白山小梅
12
#借金
1,754
* * * *
店を出る時から、瑠維が駐車場に停めた車に乗り込むまで、町村がまだどこかにいるような気がして辺りをキョロキョロと見回した。
しかし春香の視界に彼の姿は入らなかったため、安心して助手席に身を沈める。
昨日とは逆のルートで瑠維のマンションに向かうが、あの高級なタワーマンションに足を踏み入れることに緊張を覚えた。
自分のような一般人が入っても大丈夫だろうか。そう考えては不安になる。
「あの……私なんかが入っても大丈夫?」
春香が聞くと、瑠維はミラー越しにキョトンとした表情を浮かべる。
「何も問題ないですが……」
「本当? だってほら、すごくセレブっぽいマンションだったし、私こんな格好だし」
「大丈夫です。意外と皆さん、普通の方だったりしますし」
「それなら良かった……」
車は駐車場に入っていく。エレベーターから少し離れた場所で車を停めると、瑠維はバックで車を入れ始める。
モニターを見ながらとはいえ切り返しをほとんどせずにスムーズに停めた瑠維に、春香は思わず胸がときめいてしまった。
昔漫画やドラマで憧れたヒーロー像に、瑠維がとても近く感じたのだ。
私ったらなんて不謹慎なことを考えてるのかしらーー春香は目を閉じて頭を横に振る。
「先輩?」
「はっ、はいっ⁈」
気付くと助手席のドアが開けられている。
「そろそろ降りましょうか」
「あっ! そ、そうだよね! 今降りるね!」
春香がカバンと荷物を持って降りようとすると、先程のように瑠維がまた手を差し出した。
「あの……これはどっち?」
困ったように首を傾げた春香に対し、瑠維は小さく笑ったように見えた。
「さぁ、好きにしてください」
春香は少し迷ってから、瑠維の手に自分の手を重ねる。そして降りてからも、瑠維はを離そうとはせずにそのまま歩き始めた。
「そっちの荷物も持ちますよ」
「だ、大丈夫!」
繋がれた手について聞くことも振り払うこともしなかったのは、それが嫌ではなかったからかもしれない。
町村に腕を掴まれた時は危機感や恐怖心を感じてゾッとした。体中が拒否反応を示していたのに、瑠維の手には自ら手を重ねてしまった。
エレベーターを待っている間も、乗ってからも、瑠維の手はしっかりと春香の手を握りしめている。
これは"先輩後輩"の範囲だろうか。いや、そんなことがあるはずはない。だって高校時代にだってこんなことはなかった。
瑠維がどんな気持ちでいるのか気になったが、エレベーターが到着した音がしたため、春香の意識は扉へと向いた。
エレベーター部屋までの通路も屋内のため、外からの視線や外気を気にせず部屋まで辿り着ける構造のマンションだった。
プールやジムもあるというからそれも当たり前かもしれないが、春香にとっては全てが新鮮に映る。
正面に伸びる通路を歩き始めてすぐに瑠維の足が止まる。ポケットからカードキーを取り出すと、ドアノブ付近にかざす。すると解錠された音がし、瑠維はドアを開けて春香を中へと促した。
玄関を入ってすぐ右側にシューズクロークらしきスペースがあったが、中は特に靴がたくさんあるわけでもなく、がらんとした空間が広がっていた。リビングまでの廊下やドアは全てダークブラウンで統一され、シックな雰囲気が漂っている。
「どうぞ」
瑠維はシューズクロークからスリッパを持ってくると、春香の前に並べた。
「あ、ありがとう。なんか立派なマンションだから、ちょっと気後れしちゃうね」
「それは……きっと見た目だけです。部屋の中は空っぽに近いので、よくこれで暮らせるなっていわれますから」
歩き出した瑠維の後を、スリッパを履いた春香が追いかける。
そしてリビングに着いた時、彼の言葉の意味がわかった。黒でまとめられたソファ、ローテーブル、テレビ台。ダイニングにも同色のテーブルと椅子。キッチンまで目を凝らせば、食器棚と冷蔵庫まで全て黒一色だった。
だが彼の家のリビングダイニングにはそれしかなかった。つまり家具以外は、瑠維を表現するものは何も置かれていないのだ。
『よくこれで暮らせるな』とは、生活感のなさを言い表していたのだろう。ただ春香には、それこそが瑠維らしさのようにも感じた。
「なんか……高校生の時の瑠維くんを思い出しちゃった」
頭に蘇ってくる瑠維の姿。
「そうそう、思い出した。瑠維くんって持ち物が全部黒一色だったから、『黒が好きなの?』って聞いたことがあるの。そうしたら瑠維くん、『好きとかではなくて効率が良いんです。汚れを気にしなくていいし、何にでも合わせられる。余計なことを考えなくていい』って答えたの。覚えてる?」
「……よく覚えてますね」
「なんか瑠維くんと話してたら思い出してきた! 私たち、意外と話してたのかな?」
「さぁ……どうだったかな」
「やっぱり黒で統一している理由は同じ?」
春香が聞くと、瑠維はサッと目を逸らす。何か悪いことを聞いてしまったのかと不安になった。
しかし彼がキッチンの冷蔵庫の方へ歩いて行ったのを見て、何か取りに行ったのだと気付くと、そっと胸を撫で下ろす。
「先輩、冷蔵庫はこちらです。早く入れないと食材が傷みますよ」
「あ、あぁ、そうだった。ありがとう。じゃあ冷蔵庫お借りします」
彼が一瞬悲しそうな顔をしたように見えたが、あれは勘違いだったのだろうか。
春香は冷蔵庫に向かいながら、瑠維の方をチラッと見る。いつもと同じ無表情のため、感情を読み取ることは出来なかった。
スーパーのビニール袋を持ったまま、春香はカウンターキッチンの中へと入っていく。壁際に置かれた観音開きの冷蔵庫を開けると、意外にも半分ほどが食材や飲み物で埋まっていた。
「瑠維くんって自炊するの?」
驚いたように声を発した春香は、背後にぴったりと付くくらいの距離に瑠維が立っていたことに気付き、体を硬直させる。
「あぁ、自炊っていっても、混ぜるだけとか、かけるだけみたいなのばかりです。野菜も積極的に摂らないから、野菜ジュースで補ってる感じですね」
よく見てみれば、調味料や副菜的なものがたくさん揃っている。それらと自分が持っている食材を照らし合わせると、いくつかのレシピが頭に浮かんできた。
「ねぇ瑠維くん、今夜ってどこかに行く予定とかある?」
「いえ、ありませんけど」
「じゃあ私が夕飯作って、ここで食べて帰ってもいい?」
「……そ、それは構いませんが……」
すでに解凍されてしまった食材は使い切らなければならないし、それを常温で持ち歩くのも勇気がいる。
「よし! じゃあそうさせてもらおうかな。冷蔵庫の中のものって使っても大丈夫?」
「も、もちろんです」
「あっ、調理道具はあるかな?」
春香が聞くと、瑠維はIHコンロの下の引き出しを引っ張り出す。そこにはフライパンや鍋、ザルやボウルまできちんと揃っていた。
「あの……いいんですか? 作るのは構わないので、持ち帰ってくれていいんですよ」
「瑠維くん、それは私が作ったものを食べたくないってこと?」
「いえ! むしろ食べたいです!」
「じゃあ一緒に食べよう。とはいえ、お口に合わなかったらごめんね」
瑠維は俯くと、首を横に振る。同意が得られたことで春香は満面の笑みを浮かべた。
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