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白山小梅
12
#借金
1,754
* * * *
IHコンロを使うのが初めての春香は、フライパンを載せ、野菜に火が通っていく様子を驚いたように眺めていた。
「なんか火がないのに料理ができるなんて、本当に不思議だよねぇ」
「僕は先輩がここで料理をしていることの方が不思議です。しかも僕のエプロンまで着けて」
「借りちゃってごめんねー。洗濯して返すから安心して」
「いえ、うちで洗うので大丈夫です」
調理を始めようとした時、服が汚れないようにと瑠維がデニム素材のエプロンを貸してくれたのだ。
「自分の家のキッチンだから気になっちゃうと思うけど、後で片付けちゃんとやるし、仕事してていいんだよ」
先ほどから何度もこう伝えているのだが、瑠維は、
「大丈夫です」
の一点張りで、カウンターに体を預けながら春香の様子をじっと眺めている。
今まで誰かに見られながら料理をすることがなかったため、どこか緊張してしまう。何か気を紛らわそうとして、気になっていたことを尋ねることにした。
「瑠維くんって、ヒロくんとはずっと連絡を取り合ってたの?」
卒業後、ほとんどの友人との連絡を絶った博之が、瑠維とは繋がっていたことが興味深かった。
「別に特別な理由はないです。剣道部時代に連絡先を聞いていたので、そのままこちらから連絡をし続けただけで」
それを聞いて春香は思わず笑い出す。
「な、なんですか?」
「ううん、『連絡をし続けた』っていう表現が瑠維くんらしいなって思って」
「……そうですか?」
「うん。あの頃も瑠維くん、ヒロくんにすごく懐いていたよね。きっとあの関係がずっと続いていたんだろうなって思うと、すごく微笑ましいなって」
春香と博之との関係は卒業式の日に終わってしまった。フラれるのがわかっていて告白したあの日が最後だとわかっていた。
それでも言わずに終わることは出来なかった。だって高校時代を捧げた恋だったから。だからこそ、今はすっかり吹っ切れているし、椿と博之を心から応援出来るのだ。
「僕は……好きになるまで時間がかかるんです。だから一度好きだと思ったらそう簡単には諦められないし、とことんまで好きになってしまうーー面倒くさい男なんですよ」
瑠維は遠くを見るような目で、ぼんやりと宙を見つめる。そんな瑠維を見ながら、春香は首を傾げた。
「私はそうは思わないけどなぁ」
「えっ……」
「そんなふうに好きになったことも、好きになられたこともないけど、でもそれってその人を信じることが出来て、心の底から本当に好きになった相手ってことでしょう? そういう人って簡単には出会えないはずだから、絶対に大切にした方がいいと思う。それこそ女の子なら逃しちゃダメだよ!」
ついお玉を持ったまま力説してしまったが、瑠維が吹き出したのを見てハッと我に返る。
「……そうですね」
「今、笑ったよね?」
「笑ってません」
「まぁいいけど。あーあ、私もそういう人と出会いたいなぁ。あっ、でも椿ちゃんはそういう人かもしれない」
彼女との再会は、春香に大きな変化をもたらしてくれた。人を思いやること、そして自分を大切にすること。当たり前のことをだけど、実感することができたのは、椿の人柄だと思う。
「正直なことを言うと、先輩が……近藤先輩と仲が良いと知って驚きました」
鍋の中で春雨と乾燥ワカメを茹で、鶏がらや醤油で味付けをしていた春香は、スープをかき混ぜながら瑠維の方を向いた。
「どうして?」
「あの頃はお二人に接点はなかったしーー」
溶いた卵を入れて一煮立ちさせ、塩と胡椒とごま油で味を整えてから火を止めた。
「私たちが仲良くならない理由が何かあるの?」
瑠維は続く言葉をぐっと飲み込み、急に黙り込んでしまう。それはまるで、理由を知ってると言っているようなものだった。
春香は小皿にスープを少しだけ注ぐと、味見をしてからコクンと頷く。
「瑠維くん、スープを入れる、少し深めのお皿ってある?」
「あ、あります……」
キッチンへと回り込んだ瑠維は、背面に置かれた食器棚の扉を開き、中から白いスープ皿を取り出す。それからもたついた手で、コンロ脇のワークトップに並べて置いた。
その間に春香は隣のコンロのフライパンの蓋を開け、熱が通ったことを確認すると、IHコンロのスイッチを切る。
「あと平らなお皿が欲しい」
「何枚いりますか?」
「二枚。あっ、お米はあと何分で炊ける?」
「五分です」
先ほどの気まずさを消そうとするかのように、春香の問いかけに、瑠維は的確に応えていく。
別にはっきり聞いてくれていいのにーー瑠維が妙な気を遣っていることに気付いていた春香だったが、彼がどんな考えの元で発言したのかがわからないからこそ、憶測だけで返答したくなかった。
瑠維はお皿を持ったまま黙りこくり、下を向いて動かなくなる。
「あの……怒ってますか?」
「ん? なんのこと? 怒ってなんかないよー」
「そ、そうですか……」
「でも……なんか変な気を遣われてるなぁとは思うの。だって昔の瑠維くんは、ヒロくんに対して、良くも悪くもストレートに的確なことを話してたでしょ? なのに今は、腫れ物にでも触るみたいに慎重になってない?」
「そんなつもりは……ただ……池田先輩と近藤先輩が付き合い始めたと聞いて……その……」
春雨スープを器に注ぎながら、口籠る瑠維を見て小さなため息をついた。
「そういうことを聞くっていうことは、私がヒロくんを好きだったことを知ってるんだね。だから私が椿ちゃんと仲良しなのが不思議なんでしょ?」
「……はい、その通りです」
出来上がった春雨スープをカウンターに移動させ、ワークトップの空いたスペースに瑠維は皿を並べて置いた。その横顔からは、彼の緊張や気まずさが伝わってくるようだった。
よく考えてみれば、瑠維と博之の間には絶対的な信頼関係が存在していた。だからこそなんでもストレートに伝えられたのだろう。
それに比べたら、昨日ようやく話が出来た春香に気を遣うのは当然の事かもしれない。
これは瑠維くんの優しさなのかな……そう思うと、自然とモヤモヤは晴れていく。
「そっか。でも大丈夫だよ。私と椿ちゃん、お互いにヒロくんが好きだったことを知ってるし。なんていうのかな……同じ人を好きだった同志みたいな感じなの。好みが似てるから、そのわだかまりがなくなったら、逆に親友になれちゃった」
「それは……今も池田先輩が好きということではないんですか?」
「うーん、私にとってヒロくんも椿ちゃんも大切な友だち。それが今の私にとっての最上級の表現。二人がずっと両片思いだったことを知っていたからこそ、二人が繋がる未来が来ればいいのにってずっと思ってたの。だから今回二人が付き合うことになって、私は嬉しくて仕方ないんだよ」
「じゃあ本当にもう、ただの友達なんですか?」
「もちろん。というか"推し"だから」
「そうですか……それなら安心しました」
どうして私と椿ちゃんの仲が良ければ安心なの? 不思議な気持ちになりながら、フライパンで作っていた鮭のちゃんちゃん焼きを皿に盛り付ける。
「運びます」
そう言って両手に皿を持った瑠維の足取りががやけに軽く見え、春香は思わず目を擦る。しかし変わらず冷静な瑠維を見て、自分の見間違いだったと知り苦笑いをした。
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