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*****


翌日は土曜日。

馨と遅めの朝食をとり、父親に電話した。

「話があるんだけど」

『十五時までは家にいる』

何の話かはわかっていると言いたげで、苛つく。

「昼過ぎに行く」

ドアの向こうで馨が様子を窺っているのはわかっていた。けれど、何も聞かなかった。

本当は、気になって仕方ないだろうに。

「実家に行ってくる」

食器を拭く馨の背中に、言った。

馨は食洗器をあまり使わない。使うとしても、夜。

「帰って……来る?」と、馨は振り返らずに聞いた。

心なしか、カップを持つ馨の手に力がこもっているよう。

俺はわざと、何でもないことのように言った。

「当たり前だろ。晩飯までには帰るよ」

「ん……」

「買い物あったらメッセ入れといて」

「うん」

「馨?」

「ん?」

馨の短い言葉に、不安になる。

泣いているのではないか。

「すき焼き、食いたい」

「え?」

ようやく、馨が俺を見た。泣いてはいない。

「すき焼き」

「わかった」

「じゃ、行って来るな」

見送る馨にキスをして、俺はいざ敵陣に乗り込んだ。

実家までは車で四十分。

寄り道をしたくて、早く出た。

実家から二十分ほどの場所にあるケーキ屋。姉さんが通っていた高校が近くにあり、美味しいと評判だった。

売り切れると早々に店仕舞いするから、あまり買えないと姉さんがぼやいていた。


今もあんのかな、店。


ネットで調べりゃ良かった、と思いながら車を走らせた。

店は、あった。

二十年近く前に姉さんの使いで数回来ただけだったが、場所は憶えていた。店内は改装していて、綺麗だった。

ショーケースには十種類ほどのケーキが並んでいた。


馨は何が好きだ……?


そう言えば、馨がケーキを食べているところを見たことがない。


甘いものが嫌いってことはないよな。


一抹の不安を覚えたが、すぐに思い出した。

冷凍庫のチョコレートアイス。

時々無性に食べたくなる、と言っていた。

俺は十種類すべてのケーキを一つずつ注文した。保冷剤は大目に。

馨が幸せそうにケーキを頬張る姿を想像するだけで、何だか嬉しくなった。


さっさと済ませて、早く帰ろう。


実家に帰って来たのは二年くらい振り。母さんとは半年くらい前に食事をしたが、父さんと会うのは一年くらい振りのはず。

車庫の陰になるように車を停め、ケーキの箱を陽に当たらないように移動させた。

大学を卒業し、父親の不興を買うとわかっていながら今の会社に就職してから、実家に帰っても必ずインターフォンを押すようになった。母親か家政婦がドアを開けるまで、絶対に家には入らない。

『俺の息子ならば俺の跡を継げ』

そう言った父親への、反抗心。

跡は継がないから、息子だと思ってくれなくてもいい。

姉さんの言った通り、親なんて気にせずに結婚してしまえばいい。

けれど、それでは馨がこの先、俺に負い目を感じてしまう。

それは、嫌だった。


愛していると伝えても、きっと素直に喜んではくれない。


ドアを開けたのは母さんだった。

「お帰りなさい」

「悪かったね、急に」

『ただいま』と言うべきは馨の待つ家だけだ。

『お帰り』と出迎えてもらいたいのも、馨だけ。

俺は母さんの後に続いてリビングに入った。

俺が出てからリフォームされた家は、俺の知っている『実家』ではなくなっていた。だから、未だに入ったことのない部屋もある。姉さんも同じだ。

リビングのソファで、父さんはタブレットを眺めていた。

一年振りに見る父さんは、疲れて見えた。

「来たか」

タブレットをテーブルに置き、眼鏡を外す。

「コーヒーを淹れるから、座りなさい」

そう言って、母さんがキッチンに向かう。

「忙しいだろうから、手短に話すよ」

俺は座らずに、言った。

「母さんはもう会ったらしいけど、那須川馨さんと結婚する」

キッチンに立つ母さんの動きが止まったのがわかる。

「認めて欲しいとは思うけど、認めてもらえなくても結婚はやめない。父さんの跡を継ぐ気は今もないし、これからもない」

父さんが眉間に皺を寄せた険しい表情で、俺を見上げた。

「お前はもう少し利口な人間だと思っていたがな」

「どういう意味だよ」

「那須川馨にいいように利用されているだけだと、気がついていないのか?」

「利用?」

「那須川馨は立波リゾートを手に入れるために、社長を引き受けてくれる夫が欲しいんだろう?」

俺の両親が、俺と玲の写真を封書で受け取っていることは聞いていた。恐らく、同封されていた手紙とやらに書かれていたのだろう。

中途半端に事実が織り込まれていて、どう説明すべきか迷う。

「その表現は正確ではないですけど、事実かと聞かれたら、そうだ。けど、俺は彼女の事情を知った上で、結婚を申し込んだんだ。むしろ、立波リゾートの社長になってもいいから、結婚してほしいと言った」

「バカなことを——」と、父さんが鼻で笑う。

「お前は春日野さんのお嬢さんを弄んだのか」

「玲——春日野玲さんとは結婚を前提にしない付き合いをしていただけだ。それは、彼女も納得していた」

「下衆男の常套句だな」

「はあ?」

「玲さんはお前と結婚したかったが、お前の仕事の邪魔はしたくないと言い出せなかった、と言っていたぞ。今も、お前を好きだ、とも」


本当に玲の言葉か——?


別れたのは玲の昇進に伴う転勤のせいだ。

結婚するつもりはなかったけれど、俺から別れを告げるつもりもなかった。あの時点では。

それを、さも自分は一途で健気だと言わんばかりの台詞。


冗談じゃない——!


「俺は彼女を好きではないし、結婚するつもりもない」

「雄大。春日野さんはお父さんの後援会長になって下さる方なの。意味はわかるでしょう?」

母さんがトレイにコーヒーを二つ載せて、運んできた。

もう一度、座るように言われたが、従わなかった。

「父さんの仕事と俺の結婚は関係ない」

「ならば、なぜ玲さんと付き合った? 私と春日野さんの関係を知った時点で別れていれば良かっただろう」

「どうして俺が父さんの交友関係に左右されなきゃいけない? それに、親に隠してまで付き合いを続けたいと言ったのは彼女の方だ」

父さんはコーヒーをすすり、ため息をつく。

「最低だな。そんな決断を女性にさせて、何かあれば互いに納得していた、だと? 好きな男と別れたくない一心だったとは、考えないのか?」

「だとしても、俺が玲と結婚しなければならない理由にはならないだろ。そもそも、『しなければならない』結婚ってなんだよ。俺は馨と結婚『したい』からするんだ」

父さんと話していると。自分が三十も半ばの社会的にも自立した男だと、忘れてしまいそうになる。

「あんな写真を撮られたくせに、そんな理想論が通用すると思うな。春日野さんにしてみたら、嫁入り前の一人娘があんな写真を撮られたんだ。しかも相手が娘の望む相手なら、結婚させてやりたいと思うのが親心だろ」

「俺も玲もいい年をした大人だ。自分の感情くらい自分でどうにかする」

「そうだ。だから、玲さんは自分の感情を押し通そうと、お前との結婚を申し出た」

「いい加減にしてくれ!」

全く話が通じない父親相手に、思わず声が大きくなる。

「何と言われようと、俺が結婚したいのは馨一人だ! 玲とはとうに終わっている!!」

「ならば、大人同士、お前と玲さんで話し合え。感情はともかく、あんな写真を撮られたのはお前の落ち度だろう」

いつもこうだ。

父さんと話していると、俺は感情的に声を荒げ、父さんは冷静さを欠かない。国会で感情的に怒鳴り散らす議員を馬鹿にしたように見下す無表情。

父さんはいつも、父親である前に議員。

その父さんを言い負かせない自分にも苛立つ。

就職した時も、俺は話し合うことを諦めた。

黙っていた母さんが、俺にメモを差し出した。

「玲さんがいるから、ゆっくり話し合いなさい」

東京湾が一望できるホテルの、高層階のルームナンバー。恐らく、スイート。

雰囲気に流されて既成事実でも作れたら、という魂胆が見え見え。

「母さん……、馨に会ってどう感じた?」

俺はメモを握り潰しながら、聞いた。

「とても……残念だわ」

何が残念なのかは聞かないまま、俺は名ばかりの実家を後にした。

共犯者〜報酬はお前〜

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