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「そこ、分かりにくいですよね」
声は、低くも高くもなかった。
感情を含まないようでいて、完全には無機質でもない。
顔を上げると、窓口の向こうに座る女性が、こちらを見ていた。
年齢は分からない。
若くも見えるし、そうでない気もする。
制服はきちんと着ているが、名札の文字は、なぜか目に入らなかった。
「皆さん、少し止まります」
そう言って、彼女は小さく息を吸った。
説明するほどのことではない、という間の取り方だった。
「約束、って言われると、構えますよね」
私は、何も返さなかった。
返事を求められていないことは、分かった。
彼女は、こちらの用紙ではなく、
私の手元を見ているわけでもなかった。
ただ、そこに置かれた問いを、見慣れている人の目をしていた。
「守れたかどうか、よりも」
一拍、置く。
「思い出したかどうか、でいいんです」
それだけ言うと、彼女は視線を落とし、
次の書類にスタンプを押した。
乾いた音が、待合室に響く。
後ろの誰かが、小さく笑った。
冗談だと思ったのか、
自分に関係ない話だと思ったのかは分からない。
私は、もう一度、用紙を見る。
「はい」と「いいえ」の四角は、
さっきよりも、少しだけ輪郭がはっきりしていた。
思い出してしまった以上、
無傷ではいられない。
ペンを、下ろす。