窓口の女性は
スタンプを押しながら、彼女は思う。
思い出してしまった人だけが、ここに残る。
ダンマリ
子どもは、その日、門の前で待たなかった。
迎えに来る、と言われた時間を少し過ぎたあと、
長靴の先で水たまりを踏み、
それから校舎の影に入った。
待つ、という行為をやめるとき、
子どもは自分が「諦めた」とは思わない。
ただ、待たない方が楽だと学ぶだけだ。
迎えに来なかった理由は、考えなかった。
理由があることは、最初から分かっていた。
大人には、いつも理由がある。
帰り道、空は明るかった。
雨はもう、ほとんど止んでいた。
玄関に着くと、もう一人の親がいた。
ソファに座り、携帯を見ていた。
仕事の途中なのか、
それとも、そういう顔をしていただけなのか、
子どもには分からない。
「迎えは?」
そう聞かれて、子どもは首を横に振った。
「ああ」
それだけで、会話は終わった。
迎えに来なかったことより、
それを問題にしないことの方が、
この家では普通だった。
長靴を脱ぐ。
濡れた床に、足跡が残る。
「そこ、置いといて」
もう一人の親は、画面から目を離さずに言った。
片付けるのは、あとでいい。
今は、これ以上、何も増やさないでほしい。
子どもは、うなずいた。
返事は、喉の奥で消えた。
迎えに行く、という言葉が、
約束だったかどうか。
それを決めるのは、大人の役目だと思っていた。
だから子どもは、何も言わない。
約束を破られた、とは言わない。
迎えに来なかったね、とも言わない。
言わないことが、
この家で一番、波風を立てない選択だったから。
それ以来、子どもは、
「今度ね」という言葉を、
そのまま受け取らなくなった。
期待しなければ、裏切られない。
裏切られなければ、
何も感じずに済む。
沈黙は、守り方を覚えた。






