藍Side
大丈夫‥
朝から何度も言い聞かせて‥練習に合流する‥。目が腫れているかと心配したが‥冷やしたのが効いたのか特に腫れる事もなく‥気に留める人はいなかった。
「練習大丈夫なのかよ?無理すんな‥」
何度となく声を掛けてくれる小川さんに、精一杯笑いながら大丈夫だと伝えるが‥
何故か小川さんの方が泣きそうな顔をしていた‥
練習が始まると‥一気に気持ちが集中する。身体が、痛くないわけじゃなかったが‥動かしている方が幾分マシだった。
そんな中‥‥
やっぱり目で追ってしまうのが‥
祐希さんだった。
昨日の事が嘘のように‥何もなかったかのように練習をこなす祐希さんを見ていると‥
夢だったんじゃないかと思えるぐらいに、いつも通りだった。
‥ただ、
やっぱり身体の違和感を感じるたびに‥‥
現実だったんだと気付かされる‥
笛が鳴り、練習が終わる‥。
そのタイミングで小川さんと智さんがコーチに呼ばれるのを眺めていたら‥
「藍?」
後ろから突然声をかけられ、ビクッとなり‥振り返ると‥
祐希さんがいた。
「‥昨日大丈夫だった?」
優しい目つきで俺を見る。
なんでそんな顔して見るん?俺を傷付けたのは祐希さんなのに‥。
心の中ではそんな言葉が溢れる。
「心配しなくても、大丈夫っすよ‥それじゃあ」
でも言えるわけもなく‥早口でそれだけ伝え、この場から去りたかった‥
そんな俺の腕を掴みグイッと引っ張ると‥祐希さんが俺の耳元に近寄り‥‥
「‥今夜俺の部屋に来て‥」
それだけ伝え‥去っていった‥。
後には‥呆然とその言葉を繰り返す俺だけ‥残して‥‥。
夕食後、部屋に戻り‥ただひたすら祐希さんの言葉を考えていた‥。
何故今夜も誘うのか?
行かんでええやん‥‥。
行く必要なんてない‥‥‥。
最初から分かりきっている事だ。
先程来てくれた小川さんにも、今日は疲れたからそのまま寝ると言ったんだ‥。
迷うことなんてないやろ‥‥。
時計は21時を指していた‥。
早々と寝てしまおうとベッドに潜り込むが‥眠れるわけもなくて‥
祐希さん‥‥‥
そうだ‥祐希さんにどうしても聞きたかった事があった‥
なんで一年前に俺を振ったのか‥
最後まで教えてくれなかったのには理由があるのか‥‥‥
‥聞いてみよう
今度は答えるまで‥
今更だと思うだろか‥
それでも‥前に進むためにはどうしても必要な事だった。
はぁ‥。
一人深いため息を吐く‥。
バカだ‥俺は‥。
何だかんだと理由をつけるが、結局は祐希さんに会いたいんだと‥思い知らされる。
悔しい‥。
ガチャッ。
「遅かったね‥もう来ないかと思った」
扉を開き、祐希さんが俺を見て微笑む。意気込んで来たものの‥顔を見た途端に怖気づき下を向く俺に、
さぁ入って‥と促してくる‥。
部屋に入ると、相変わらず部屋は綺麗に整理整頓されていた‥。
祐希さんらしいな‥。
そう思っていると‥
「藍‥昨日はごめん‥」
耳元で囁かれ‥後ろから抱きしめられる。
警戒していたが、咄嗟の事に身体がビクッとなり硬直してしまう‥
「自分の気持ち‥抑えきれなかったから‥」
そう言いながら、祐希さんの手が‥俺の顎を掴み自分に向け‥
目が合った瞬間には、唇が重なりキスをされる。
「ん‥ちょっ、まって‥」
このままだと祐希さんのペースに乗せられる。深い口づけになる前に、慌てて胸を押し距離を取った‥
「藍?」
「祐希さん‥今日来たのは話したいことがあったからなんよ‥」
真っ直ぐに祐希さんを見つめ‥自分の気持ちを伝える‥
聞くなら今しかない‥
そんな俺の目をじっと見つめていたが‥分かった‥と言った後にベッドに腰掛け‥隣に座るよう促す‥。
「‥‥祐希さん?」
「ん‥?」
「‥一年前‥祐希さんから別れようって言われた時‥理由聞いたけど教えてくれなかったでしょ?あれ‥‥‥‥‥何でなん?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥今更って思うかもしれないけど‥どうしても聞いておきたくて‥何で振られたんやろって‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥何で嫌われてしまったんやろかって‥」
言葉にすればするほど‥祐希さんの反応が怖くなり‥顔が見れなくなる‥
下を向き‥それでも祐希さんからの返事を待つ。
あの日聞けなかった返事を聞けたら‥
自分は前に進めるんじゃないかと思って。
なのに‥‥
祐希さんの返事は意外なものだった‥。
「俺は‥嫌いじゃないよ‥嫌いになんてなってない」
「えっ‥‥‥‥‥」
思ってもいない返事に思わず顔を上げ‥隣の顔を見つめる‥。
「嫌い‥じゃないなら‥飽きたってこと?」
フルフル‥俺の問いに首を振る‥。
「‥‥‥単純に好きじゃなくなったからなん?」
自分で聞いていて‥もしそうならと思うだけで‥涙が出そうだった‥。
しかし‥‥‥‥
それにも首を振られる‥。
「祐希さん!俺は理由も教えて貰えず別れたんよ!?最後ぐらい教えてくれたってええやん!そうしたら‥俺だって前に進めるのに‥」
感情が爆発する。
今まで押し込めていた気持ちが溢れるのを止められなかった‥
「‥1年間、俺は祐希さんの事忘れようとしたんよ!?祐希さんは結婚して幸せかもしれんけど‥俺は前に進めんかった‥最後ぐらい教えてくれてもいいや‥‥ん‥‥グスッ」
最後の言葉は‥涙交じりになってしまった。
泣くつもりはなかったのに‥‥‥‥。
グイッと涙を袖口で拭っていると‥それまで静かに聞いていた祐希さんが急に‥
俺の身体を後ろに押し倒す‥重みでベッドがギシッと揺れた‥。
「‥俺は嫌いになんてなってないし、飽きてもいない‥」
真っ直ぐに見つめられ、そう言われる。
「‥だから、好きじゃなくなったってことやろ?」
「違う‥」
「違う‥?それじゃあどういう意味なん?」
俺は祐希さんの返事が欲しかった‥。
どんな言葉でも、大好きな人だったから受け止めようと思っていた‥。
なのに‥‥‥
「もういいでしょ‥そんな事は‥」
そんな事?
いま、そんな事って言った?
信じられなくて俺の上に覆いかぶさる祐希さんを見つめる‥。
俺の大好きだった情熱を秘めた瞳は‥今は、感情に蓋をしたような無機質で冷たい目をしていることに‥気づかされる‥。
「な‥‥何でなん?もういいって‥」
「‥今更どうでもいいって事だよ‥」
どうでもよくなんて‥そう言いかけた口をまた祐希さんに塞がれる‥。
今度は、舌を入れられ深いキスとなる‥。
そのキスから首を振り何とか逃げる俺の首筋にピリッとした痛みを感じた‥
「んっ‥」
思わず声が出る‥祐希さんが首筋に噛みついたからだ‥
「逃げるなよ‥藍‥もう好きとか嫌いとかじゃないんだよ‥俺はこれからも藍を抱く。藍も俺から抱かれたいでしょ?昨日も嫌がってなかった‥藍はこれからも俺に抱かれればいいんだよ‥」
‥俺を見下ろす祐希さんの口がアルカイックに笑った気がした‥。
これは‥‥‥‥‥
本当に俺が愛した人なんだろうか?
陽だまりみたいに優しくて‥いつも大きな愛で包みこんでくれていたあの人なんだろうか‥
分からない‥‥‥。
愕然とする俺を気にすることなく‥上着をめくり‥冷たい祐希さんの手が俺の肌を撫でるように触ってきて‥‥
その冷たさだけが‥
とてもリアルだった‥‥‥‥。
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