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「……! 美味しいわ。シナモンとフルーツの香りも素敵。何より砂糖を入れていないのにこの甘さは……調合が秀逸なのでしょう」
「お褒めの言葉を胸に今後も精進してまいります」
どうやらマテーウスは自ら茶葉の調合をやっているらしい。
砂糖の甘さは健康に悪いとでも思ったのかな?
でも砂糖不使用の甘さは神殿によく似合った。
「大神官になれずとも、最愛様のお茶係にはなれそうじゃのぅ」
「それは、私に大神官になるな! という御意志でございましょうか」
「そうとは言っておらん。最近のお前は、何かと大神官たるに相応しい場面で、カールハインツを推すではないか」
「……大神官様の気のせいでございましょう」
気のせいではないようだ。
自分が仄暗いところを受け持って、裏から大神官になったカールハインツを懸命に支えようと考えている……そんな推測を立ててみる。
「ですよねー。俺もそう思ってました。ったく! 大神官になるのはお前だろう? 誰が見たってお前の方が向いてる。頭はいいし、カリスマがあるしな!」
「はぁ? カリスマがあるのはお前の方だろう。あの一糸乱れぬ忠誠を誓う神兵隊を見ろ! どれだけの民がお前たちを見て安堵していると思う?」
「おいおいおい! どうしちまったんだよ? あの屑で馬鹿な愚か者に何か言われたか。 お前がどこに神兵隊を派遣すればいいか行き届いた指示をしたんだろうが。それがなきゃ、そもそも現場に行けねぇんだぞ?」
「お前は私を過大評価しすぎだ!」
「……はぁ。お前は自分に対する評価が低すぎだ。返す返すもむかつくぜ、あのくそ野郎!」
カールハインツはマテーウスを大神官にしたいらしい。
二人のやり取りを聞く分には、マテーウスが指示をだし、カールハインツが現場を治めるという立ち位置が無難に思えた。
だが、自己評価が低すぎるというのは問題点だ。
カールハインツはその点、マテーウスの評価は勿論、自分の価値も的確に理解できている。
それこそマテーウスが支えれば、現場に出て活躍する大神官という、新しいだろう神殿の形を作り出せもしそうだ。
ローザリンデも応援するに違いない。
さて。
となれば、フュルヒテゴットはどう考えているのだろう。
「……昔はそこまででもなかったんじゃがのぅ。あれは、そこまで愚か者じゃったか。人を単純に蹴落とすだけでなく、本来の価値までをも貶める非道を行っていたと?」
「大神官様はお忙しかったですからねぇ。俺も部下の面倒を見なきゃならなかったんで、マテーウスの心まで守り切れなかったんです……面目ありません。あの屑がどんどん自分に似た屑を育成しやがりまして、マテーウスの部下を毒牙にかけようとしましてね。マテーウスは自分より部下を守った結果です」
いい人ですね、マテーウスさん。
でも、ね?
自分の身も、部下と同じように守らなければいけませんでした。
だって、自分が死んだら部下も結局、自分と同じ道を辿る羽目になるんですから。
自分も部下も守れないのならば、最初から!
守れる範囲にしか手を出さなければ良かったんですよ。
マテーウスさんのような善人には、それもまた、難しい話だとは思いますけれども。
私は一人微笑を深くする。
フュルヒテゴットの目線を感じたので合わせれば、彼は慈悲深く微笑んだ。
神ならばきっと、全てを救うのかもしれない。
だが、彼は神ではない。
だからたぶん、あの慈悲の微笑は。
屑と呼ばれた者たちを切り捨てると決めてしまった証だ。
ローザリンデもフュルヒテゴットの決意を感じ取ったのだろう。
ティーカップを置いて優美な微笑を浮かべた。
暗黒微笑と呼ばれる微笑だ。
実に歴戦の猛者である公爵令嬢らしく、王妃に相応しいものだろう。
「大神官様。私、王位を賜ることになりそうですの」
「お隣のヴァレンティーン殿を王配にされて、ですな?」
「はい。神でなくば罪は犯すものでありましょう。けれど繰り返し罪を犯したにもかかわらず反省も後悔もできぬ者を、王に据えては置けぬでしょう?」
「私怨はございましょうか?」
「ないとは申せませんわ。アリッサ様が来てくださる前まで私が何処にいたのか御存じでございましょう? 娼館ですわよ。無論この身は無垢なままですが、次期王妃が確定していたというのに、そこまで貶められたのですもの。私、貴族の矜持を持っておりますのよ。フラウエンロープ家の名誉にもかかわりますしね」
つらつらと語るローザリンデに対して、フュルヒテゴットは当然といった表情を崩さない。
聖職者ならば私怨は捨てるべきと言いそうなものだが。
私怨を持っているからこそ、あるべき姿とでも思っておられるようだ。
だからこそ、そこまで慈悲深いからこそ。
大神官を名乗るのだろうか。
「……私が王位を賜りました暁には、神殿とは今までにない形の関係になりたいと思っております。特に、民を慈しんでいけるような……いがみ合いのない、協力体制をと」
「それでは神殿が力を持ちすぎてしまうと、貴族の方々は反対なさいましょう」
「させませんわ」
「ローザリンデ様……」
ローザリンデの微笑が深くなる。
フュルヒテゴットは微苦笑を浮かべた。
「単刀直入に申しましょう。神殿で信用できる者をこちらへくださいませ。無論こちらからも信用できる者を差し上げましょう」
「秘密裏に、でございますかな?」
「いいえ、公式に、ですわ。むしろ今までいなかった方がおかしゅうございましょう」
「確かに」
「しばらく政からは離れておりましたから、こちらから誰ぞという指定はございません。ティーン?」
「はい。どなたを送ってくださっても信用すると誓いましょう。また、誰を指定されましても間違いなく神殿に向かわせると約束いたします」
話を振られたヴァレンティーンは、一切の迷いなくローザリンデの言葉を肯定する。
一体何時話を詰めたのだろう。
二人の間ではきっちりと意思の統一が成されているのかもしれない。
少し羨ましい関係だ。
王と王配という明らかな地位の差がありながらも、対等に見える。
私も何時か喬人さんと対等な関係になれるかしら?
今でも十分対等だと思いますよ。
むしろもっと頼ってほしいのですが。
おや、夫が反応してしまった。
ここはスルーしてほしかったけれど、仕方ないのかな。
そちらに戻ったら、もっと頼れるようになる気がします。
だから、喬人さんも私を頼ってくださいね。
難しい問題ですが、私も頑張りましょう。
何ともおかしな話だ。
今更な気もする。
だが、異世界へ送られて。
夫と離れたからこそ、自分の中にある強固な信条を、変えられる気もするのだ。
「……誰か欲しい者はあるか? そして、誰を送る?」
フュルヒテゴットは神官二人に話を振った。
自分では選定しないらしい。
次代へと譲ったのだろう。
大神官の年齢を考えれば無難な選択だ。
「……できれば武官寄り、文官寄りの人物を一名ずつは欲しいです」
「ですね。武官であればツェーザル・フィードラー殿を送っていただけると有り難いですね。女王即位の際にユイゲン様を元の地位に戻せば問題ないと思いますし」
「ツェーザルですか……ヤンでもいいのでは?」
「ああ、ヤンでもいいですよ。ただより高位の方がいいかなぁ、と思った次第です」
はてさてどなたかな? と内心で首を傾げていれば、彩絲が私にだけ聞こえる声で囁いてきた。
『フィードラー家は騎士の家系で、男性が多いのが特徴じゃ。ユイゲンが長男、ツェーザルは次男、ヤンは三男じゃ。ちなみに現在八男までおるぞ。皆同母じゃからその辺も珍しい家じゃのぅ』
お母さん、大変だ……。
それだけ男ばかりというのも、また凄い。
『あ! 女性は三女までおるからな』
全部で十一人……何より、それだけの人数を育てられる経済力が凄いと思ってしまうのは下世話だろうか……。
「フィードラー家は柔軟ですから大丈夫でしょう。ではツェーザルに話をしておきます。文官寄りの方はいかがいたしますか?」
「できれば、妹御をお願いしたく」
「おや。女性を神殿に入れますか!」
「こんな機会でないと難しいと思いますから……」
へぇ、神殿って男所帯なんだ?
『男性しかいないってわけじゃないよ? 女性も一定数はいる。けど、あくまでも一定数で地位が低いんだよね……』
今度は雪華が教えてくれた。
『女王が治めるってなったら、やはり女性の地位向上は考えるよね? 人次第で相乗効果も狙えるもの。あとはアリッサね』
『私?』
『そそ。時空制御師の最愛様は他の最愛様と違って慈悲深い御方だからって、随分と広く噂になっているのよ。アリッサが来るまで一番幅を利かせていた最愛は男性だったから、女性蔑視の傾向に拍車がかかったのかもね。本当に嫌な奴なんだ』
『そうなのね』
『うん。アリッサに会わせて身の程を知らしめてやりたいんだけど、御方様が許さないだろうなぁ……』
当然です。
あの男、絶対に麻莉彩に対してマウントを仕掛けるだけでなく、手中に収めようとするでしょうからね!
夫からの駄目出しだ。
他の最愛に会ってみたい気もするけれど、嫌な予感しかしない。
誰かには会いそうな予感があるので、自分からは希望しないでおこう。
『今存在している最愛の中では、アリッサが最高地位で揺るがないから。ちょっかいをかけてきたら拒絶も排除もできるから、その点は安心してね』
雪華にばちこんとウインクをされた。
ウインクの流れ弾に当たったヴァレンティーンが、大きく目を見開く。
「ヴァレンティーン殿? やはり難しいでしょうか?」
「いいえ。末の妹以外であれば、誰を選んでいただいても……」
「その……末の妹さんなのですが……」
「まだ幼いので兄としてはお断り申し上げたいのですが、打診しておきます。申し訳ありませんが断られましたら、他の妹をお考えください」
「であれば、未婚の妹御でお願いしたい」
「……婚姻を考えるおつもりか」
「無難でございましょう?」
温度が下がったヴァレンティーンの声にも、マテーウスは動じない。
神殿と文官筆頭? の政略結婚。
悪いものではなさそうだが、ヴァレンティーンは恋愛結婚推奨派なのかな?
幼馴染みのローザリンデを、ハーゲンがいながらも思っていたっぽいしね。
「……未婚の妹は三人。どの妹もローゼンクランツ家、自慢の女性です。相応しい相手でしたならば検討いたしましょう」
「ええ、どうぞ。当主様にお願いいたします」
検討するだけならしてやる。
当主じゃなければ話にならない。
裏のやり取りも理解しつつ、やり取りを見守る。
「……そこまでを望むのであれば、神殿はどんな優秀な人材を派遣してくださるのでしょう」
ローザリンデの手が何時の間にか持っていた扇子をぴしゃりと閉じる。
二人のやり取りは不快なものだったらしい。
ヴァレンティーンは静かに目を伏せ、マテーウスはごくりと生唾を飲み込む。
「武官の方はネーポムクを」
「あぁ、リンデに憧れて騎士を目指した平民の男ですね!」
「そうなんですの?」
苛つくヴァレンティーンに対して、ローザリンデは好感度が高そうな驚きの声を上げた。
「えぇ、普通の騎士だと出世は難しいからと聖騎士を目指して、見事その座に就いた者です。恐らく神殿一ローザリンデ様を敬愛しておりましょう」
「まぁ、嬉しいこと」
目を細めるローザリンデに、ぎりぎりと歯ぎしりをするヴァレンティーン。
嫉妬はほどほどにねー、と細やかな目線を送っておく。
「文官の方はコローナ・アウエンミュラーを考えております」
「……彼女は神殿におりましたのね」
今まで聞いた中で一番低いローザリンデの声。
コローナという女性に対して、随分と暗い思いを持っているようだ。
「ええ、神殿におります。そうでなければ排除されていたでしょう。贖罪はすんでおりますので、どうか、ローザリンデ様には寛容なお心で接していただきますれば、有り難いことで……」
「本人に会ってみないとわかりませんわ」
皆まで言わせない気迫で語尾が断ち切られる。
さて、コローナ嬢は何をしたのだろう。
彩絲か雪華からの説明を待とうかな……と、まったり構えていたら、入り口の方から大きな声がした。
またしてもトラブルがやってきた気配に、私はあからさまな溜め息を一つ吐いてしまった。
入り口へ目線を走らせたマテーウスは新しいお茶と菓子の用意を始める。
しかし準備の手順が先ほどよりも粗雑に見えた。
招かれざる客なのだろう。
本当はもてなしの用意をしたくないほどの。
「こちらに時空制御師の最愛が来ていると聞いたが、本当か!」
肥え太り過剰な装飾品を身に着けた男が足早にこちらへ進んでくる。
頑張って止めようとする者と付き従う者がいた。
止めようとする人、頑張れ!