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「最愛がいるのに、吾が輩に通達がないとは、随分と職務怠慢だなぁ」
近くに来たら香水臭さまで加わった。
そのまま退場してはいただけないものか。
「どれ、もったいぶってないでベールを!」
パンパンに膨れた、大きな宝石がぎらぎらと光る指輪が幾つもついている指が、私のベールに向かって伸ばされた、そのとき。
はい、アウトです。
夫の声がした。
次の瞬間、装飾品過剰男の体が吹っ飛んだ。
というか、転がった。
「て! て! て! て!」
痛てててての、ての音だけと一緒に、入り口の扉まで転がってしまう。
見事な転がりっぷりだ。
目が回っていそうだが、いっそ失神でもしてほしい。
「……不敬がすぎますわ。御方様もさぞお怒りでございましょう」
ローザリンデが入り口へ向ける眼差しは鋭い。
「おっしゃる通りでございますなぁ……最愛様、屑にどんな罰をお望みでございましょうか?」
フュルヒテゴットの声も一段と低かった。
「……彼は神殿に必要ですか?」
「不要ですのぅ」
「では死刑以外の刑で処分をお願いしますね。今まで彼が虐げてきた者たちが溜飲を下げる罰が望ましいです」
「では、そのように手配いたしましょう。これ、罪人コンスタンティン・ビルケンシュトックをここへ!」
フュルヒテゴットがぽんぽんと手を叩く。
よく通る声に頷いた入り口付近の神官が、なんとコンスタンティンをこちらへ向かって蹴り転がしたのだ。
「ふ! ぐ! ふ! ぐ!」
ぐふぐふなら太った悪人が漏らす笑い声ですね?
またしても夫の声。
コンスタンティンに対してかなり腹を立てているようだ。
美形の嘲笑は絵になるんだよねー、と夫の微笑を思い出してほくそ笑む。
「ごっ!」
私たちのテーブルより数メートル離れた場所で、コンスタンティンが止まる。
カールハインツが足で止めたのだ。
しかもカールハインツの靴底はコンスタンティンの顔面に押し付けられている。
なかなかに容赦がない。
「きさ! きさまっ!」
おぉ!
あれだけ問答無用で転がされたというのに、コンスタンティンはしっかりと意識を保っているようだ。
打たれ強いね!
「豚がうるさい。最愛様に敬意を払えないなら、そのまま這いつくばって断罪されろ」
「敬意なら払っておるだろうが! ふごぉっ!」
顔面に押し付けられていた靴底が離れたと思ったら、今度は頭の上に乗っている。
コンスタンティンはそのまま絨毯の上へ這いつくばらせられた。
尻だけが高く持ち上がっている屈辱的な格好だ。
「罪人コンスタンティン・ビルケンシュトックへ、大神官フュルヒテゴット・キルヒシュラーガーが神官位の剥奪を言い渡す!」
「は、官位剥奪だと! ふざけ! ごっ!」
反射的に上げた顔は体液にまみれていた。
絨毯に押し付けられて呼吸がつらかったのだろう。
涙目なのは自分が受けている屈辱に対してか、ただ単に苦しかっただけなのか。
わずかにでも反省の色が見られれば、情状酌量のしようもあろうが、コンスタンティンの辞書に反省の文字はなさそうだ。
カールハインツの靴底が再びコンスタンティンの頭を絨毯へと沈める。
「資産没収の上、下級神官に仕える者として神に奉仕せよ!」
神官ですらなくなるのは、地位にこだわるコンスタンティンにはさぞかし屈辱的な罰だろう。
根回ししようにも資産没収となれば、それも難しい。
「罰が重すぎるっ!」
根性だけはあるらしいコンスタンティンが、渾身の力を振り絞って体を起こして文句を宣う。
「最愛様が慈悲の心で下された罰じゃというのに、我儘を申すでないわ。今この場で死を賜りたいのか? きっと御方様は、それをお望みじゃろうて」
「は! この場におらぬ者が罰など与えられるはずも!」
『与えられますが、何か?』
ちゅん、と音がした。
レーザー光線が発せられるときに聞こえる音だ。
ゲームプレイ中によく聞いた。
「ぎやああああ!」
コンスタンティンの鼻が血まみれになっている。
高すぎる鼻を折ったという皮肉かもしれない。
肉の焦げる嫌な臭いが一瞬だけ漂った。
「それみたことか! 御方様はお怒りじゃ。彼の方のお力は時に神にも等しい……さ末な貴様など、何処にいようとも瞬殺じゃろうが。最愛様に不敬をお詫びして、粛々と贖いに励むがいい」
「さ、さいあい、には……」
「はぁ……学習しろよ。最愛様だろうが!」
鼻を押さえているコンスタンティンの頭へカールハインツの踵落としが決まる。
うぐっと喉を鳴らしただけで耐えてみせたコンスタンティンは、しみじみ打たれ強い。
これだけ打たれ強ければ、また元の地位までのし上がってきそうだ。
「最愛様には! 悪かった、と!」
「それは、謝罪と申しませんが?」
今度はマテーウスが銀のトレイの角でコンスタンティンの頭を叩く。
痛かったらしく瞳から涙がぴょっ! と一滴飛んだ。
コミカルな状況もまた、世界の強制力なのだろうか。
「くっ! 時空制御師、最愛の御方様には、度重なる無礼! 大変! 失礼いたしました!」
謝意など微塵も籠もっていない謝罪。
夫の怒りが倍増しそうだ。
ちゅん!
思ったそばから、時空制御師の怒りが音とともに、コンスタンティンへと降りかかる。
今度は右の耳が根元から千切れて落ちた。
血飛沫が派手に飛び散る。
血の飛び散り方は不自然で、周囲を汚さない。
ただコンスタンティンの全身だけが血に塗れていく。
「あ、がががががが!」
「……御方様のお言葉が聞こえぬ耳は、いらぬということでしょう。コンスタンティン殿?もう片方の耳も失いたくなくば、心からの謝罪をしなければなりません。最後の、警告ですよ」
ヴァレンティーンが懐から香炉のようなものを取り出してテーブルの上へと置く。
仄かに漂っていた血臭が消え失せた。
消臭剤入り香炉を常備携帯なんて笑えない。
『貴族の嗜みじゃな』
彩絲が囁いてくれた。
どうにも物騒な話だ。
「時空制御師の御方様、最愛様。誠に、まことにっ! 申し訳ございませんでした! 哀れな私めを、どうか、これ以上いじめないでくださいませ」
「……いじめ絶対、駄目」
ですがこれは、いじめではありませんよ?
反射的に出てしまった私の言葉に、コンスタンティンが不気味に笑う。
しかし夫に引く気はないようだ。
「いじめではなく、これもまた贖いなのですが? これ以上我が最愛の心を痛めつけるというのなら、もっと肉体へ痛みを与えますが、いいですね!」
ここで初めて夫の言葉が私以外にも聞こえる音となった。
部屋中が緊迫感に支配される。
コンスタンティンの顔色が一番悪かった。
今更自分の状況を理解したコンスタンティンの返事を、夫が待つはずもなく。
肥えきった体が空中へ浮いた。
「じくう、せいぎょしの。おかた、さまあっ!」
ぐるんとコンスタンティンの体が回る。
豚の丸焼きを作っているのによく似た絵面だった。
決定的に違うのは、コンスタンティンの体が高速で回転している点だ。
「おおおおおぉ、じぃ、ひぃいいいい、おぉおおおおお!」
御慈悲を、かな?
「周囲からは散々与えてもらったのに、まだ求めるか、この強欲者めが!」
フュルヒテゴットの叱咤も、ぐるぐる回るコンスタンティンには届いていないだろう。
それでもコンスタンティンの悲鳴は少しずつ小さくなっていった。
「御方様のお力で少しは痩せられそうじゃの! コンスタンティンはあのまま放置でいいとして、取り巻き連中は如何しようかのぅ」
「無理強いされていた者もおるのでは?」
「ううむ。もしいたとしてもそれこそ下級神官に仕える者ぐらいじゃろう。あれでも人の心を揺らす術を得意としていた男じゃ。取り巻き連中は揺らされて落ちた者ばかりじゃろう。なぁ、マテーウスよ」
「はい。助けられる者は全て助けております」
回っているコンスタンティンの近くに、額を絨毯に擦りつけている者が数名いた。
彼らが取り巻き連中の一部のようだ。
全員がその身をぶるぶると震わせている。
寛恕を請わないところを見ると、コンスタンティンがどれほどの不敬を働いたか理解しているらしい。
「虎の威を借りておった愚か者どもです。同じ罰でよろしいかと思われます」
「資産没収で、下級神官に仕える者とする、だな!」
ひっ! と仲良く揃った悲鳴が聞こえたが、これも因果応報。
粛々と贖いに身を投じれば、コンスタンティンよりは早く復帰が叶うかもしれない。
「……真面目に罪が贖われ、贖ったと認められた暁には、元の地位に戻れるのかしら?」
私の言葉に、頭を上げた愚か者たち。
「最愛様は戻れるとお思いかのぅ?」
「努力次第ではあるいはと思いました。ただその努力は並大抵のものでないとも思っています」
「おっしゃるとおりでございますのぅ。強欲にも過ぎた富を貪った者に、そこまでの気概はありますまい。まずまぁ、無理ですわい」
頭を上げた愚か者たちは、再び絨毯に額を押しつけた。
本人たちも無理だと理解してしまったようだ。
「む、ぐぅ……」
回転が止まってコンスタンティンが絨毯の上へ投げ出される。
心持ち痩せたような気もするが、こんなダイエット。
私はごめんだ。
きっとコンスタンティンもごめんだろう。
「さ。罪人を反省の間へ運ぶがいい。個室だからその点は安心してもよいぞ?」
フュルヒテゴットが取り巻き連中に指示を与える。
個室ならばコンスタンティンにこき使われることはない。
だが、誰かの手を借りることもできないのだ。
それが最初に彼らへ与えられた罰であり、贖いであるのだろう。
どこからともなく取り出された担架に乗せられたコンスタンティンを、取り巻き連中がゆっくりと運んでいった。