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「……朝からがっつり食べてしまった……」
「ふふふ。気に入ってくれたようで、作った私も嬉しいよ! また作るからね、ロシア料理!」
「その前に、妾のドイツ料理だな。ザワークラウトの酸味はアリッサ好みに仕上がっていると、自負しておるぞぇ」
胸を張る雪華の隣に、食事を終えたらしい彩絲もやってきた。
彩絲は驚きのドイツ料理マスターのようだ。
イモッコを楽しそうに剥いている彩絲が、一瞬脳裏に浮かんで消えていく。
「イモッコフルコースも作れるからのぅ!」
自慢げな彩絲を見たのなら、万が一イモッコフルコースの仕上がりがイマヒトツだったとしても、求婚者が後を絶たないだろう事態は、私でも簡単に予測できた。
食後の紅茶は癖のないホット。
一緒にビーハニー、巣蜜《すみつ》、ジャムが三種類も置かれていた。
引き続きロシア風を追求しているようだ。
元々私の認識では、紅茶にジャムを入れて飲むのがロシアンティーだったのだが、ジャムを舐めながら飲むのが正しいロシア式らしい。
しかもジャムを入れるのはロシア全土の習慣ではなく、ロシアンティーという呼び名も日本独自のものと聞いて驚いた。
紅茶に入れる専用ジャムなども存在している上に大変美味なので、紅茶にジャムが添えられているときは、たっぷりと入れて飲むようにしている。
別に無作法ではなさそうだしね。
オリジナルジャムと薔薇ジャムが秀逸だったなぁと思いだしつつ、並べられた三種類のジャムを凝視する。
雪華にくすくすと笑われた。
「ジャムに興味津々だねぇ、アリッサ。右から順番にロベリートス、オレンジン、クローザ(ザクロ)のジャムだよ。雪華様厳選の紅茶にあうジャムとなっておりますよ」
恭しいポーズをつけながら説明してくれた雪華には、ありがとうの意味を込めながら頷いておく。
珍しいクローザのジャムを選んだ。
たっぷりと入れて、スプーンで丁寧に掻き混ぜる。
濃かったら、サモワールでお湯を追加すればいい。
銀色のサモワールは、私が考える異世界のティータイムに相応しい逸品だった。
大人数にはちょうど良さそうだ。
皆も楽しそうにサモワールから追加のお湯を入れている。
一口確かめた紅茶の味は、酸味が強かった!
慌てて少量のビーハニーを入れると、酸味と甘味のバランスが良くなって、ほっと息をつく。
「アリッサ様は、どんな御本を、お読みになったのでしょうか?」
小柄な体にあった小さなティーカップを片手に問うてくるネイの目は、きらきらと輝いていた。
あの目はよく知っている。
同好の士と語り合いたいときに向けてくる眼差しだ。
どうやら私はネイに読書好き仲間と認定されているようだった。
「『御主人様に恋をした』よ。途中まで読んで寝落ちしたくらいに面白かったわ。朝風呂を堪能しながら完読したの」
「シルキーが主人公の、名作ですね! 作中の奉仕描写がとても秀逸で、愛読しています!」
「自分もノワール殿に薦めていただき、完読いたしました。恋とは、げに恐ろしきものですなぁ……」
「あーねぇ。あそこまで盲目的なのも凄いよねぇ」
「私はこの作品で二人の世界って、こういう雰囲気なんだねーって、感心しちゃいました」
「恋情に忠心が加算されたのであろう? まぁ、盲目的な恋愛が怖いのには同意するがのぅ」
「同僚の声にすら聞く耳を持たぬとは、末期としか」
「そうだよねぇ。その時点でシルキーは失格な気がするわ」
ネイ、フェリシアに続いて、雪華、セシリア、彩絲、ネル、ローレルが続く。
「仕えるべき御主人様が、アリッサ様で良かったと心から思いました」
ネマの感想で全員がこっくりと大きく頷く。
感想を述べなかった、ノワールとランディーニも頷いていた。
「ありがとう。私も今まで以上に良い主でいるように努めるわね。そうそう、この作品には続編があるんだけど、そちらは読んだのかしら?」
フェリシア以外は読んでいた。
想定内の結果だ。
「そちらの感想も聞きたいけれど、読んでからにするわね」
「お許しいただければ、近日中に入手、してまいります」
「御主人様は速読家でもあられると、ノワール殿からお聞きしましたので……」
「良作の続編はすぐに読みたいものですよね!」
リス族の三人は、揃って読書好きのようだ。
ドジっ子末子と次女は、何となくだが読書嫌いの気がする……。
売られた先で、読むのを許された古書の数々が自分の身を助けるのだと、姉たちを思い出して気がついてくれればいいのだが、それは難しそうだ。
「御主人様?」
「……まだ読む本はたくさんあるけれど、気になるから都合をつけて買ってきてくれると嬉しいわ。三人揃って行ってもいいけど、心配だからフェリシアあたりと一緒に行ってね?」
「心配いただきまして、ありがとうございます。小さくてすばしっこいのは種族上の特性ですが、隠密にも長けておりますから、私たちだけでも安全にお使いはこなせますので、御安心くださいませ」
「じゃあそんな素敵な様子を見たいから、私がついて行くわね~。私でも大丈夫ですよね、御主人様?」
戦闘能力こそ劣るが、それ以外の能力はローレルに軍配が上がる。
理不尽に差別されていたフェリシアは、そのせいで一般常識には特に疎かった。
ローレルは人魚族でありながらも、十分な良識を持っているようだ。
容姿こそお花畑の住人に見えるローレルだからこそ、想像の及ばない苦労があったのだろう。
「ええ、勿論。高いところの本を取ってもらうのとか、便利でしょう?」
私の言葉に顔を見合わせた三人は、納得したように頷いた。
三人の身体能力を持ってすれば、高いところの物を取るなど簡単だが、それが屋敷外の話となると控えるのが無難だ。
人の目は何かと厄介なのだから。
「じゃあ、行くときはよろしくね、ローレル!」
「ええ、勿論。人魚族が好きな食べ物屋さんとか教えてほしいわ~」
「「「喜んで!」」」
三人とローレルのやり取りを温かく見守る。
「それ以外にも何か欲しい本はありますか?」
「セシリアが薦める兎獣人の作品はあるかしら?」
「……それがですねぇ、御主人様」
「ん?」
「兎獣人が主人公の作品は、大変性的な描写に力を入れた内容が多いのです……」
「なるほど……」
兎の体質を考えれば当然の流れだ。
緻密な性描写の作品も、それはそれで読み応えがあるのだが、やはりそこにいたるまでの、いたっている最中の、いたったあとの、心理描写を読み込みたい。
「ちなみに、性描写多めな作品でもいいといったら、何がオススメかしら?」
「タイトルからして、問題しかないんですけどね……『ミリアーナは王族たちとの愛に溺れる』という作品です」
「あー、あれは本当に凄いわよね、性的描写」
「シリーズものだったわね。別名・ただ理不尽に犯されまくる小説」
「基本無理矢理ですから。ミリアーナは男爵令嬢で、相手は全員王族なので、身分差問題もまるっと無視していますし……」
「だからこそ、創作色が強く、安心して夢を、見られるような?」
「しかし、ミリアーナ嬢は王族に見初められるまで、どんな生活をしていたんだろうな?それだけの人数を相手にしていたら、普通は身が持たないと思うのだが……」
フェリシアの感想に、皆が揃ってしょっぱい顔をした。
逆ハーレムエンドの作品を読んだとき、私も同じ感想を抱いたのだ。
「ミリアーナ嬢が丈夫な理由《わけ》というタイトルで本を出したら、絶倫な主人に悩む夫人が殺到しそうだのぅ」
うん。
私も読んでみたい。
加減はしておりますよ?
はい、旦那様は黙ってくださいね!
「指南書でしたら、ございますよ?」
「ノワール?」
夫とのやり取りを見ていたようなタイミングでノワールが口を開く。
「指南書でしたらございます。御方様がおっしゃるところの、逆ハーレムを成した、とある小国の女王が残されたものです。高貴な方々の間では有名な指南書でございますが、取り寄せをいたしましょうか」
「指南書、なんだ」
「はい。完読いたしましたが……相手の性癖によって使う性技は選ぶべし。複数同時行為は消耗が激しいので控えるべし。言葉は有効に使うべし。基礎体力は行為の最中でも上げられるので気を抜かないように。オネダリに羞恥は必要だが遠慮はいらない。体調不良だけでなく精神の不調は迅速明確に伝えること……が、特に印象に残った目次でした」
「す、凄いのね」
逆ハーレムらしい項目が多いが、絶倫な相手を持つ妻や恋人にも有効な内容だ。
「取り寄せてもらってもいいかしら?」
「承りました」
「……御主人様」
「私が読んだあとなら回し読みしていいわよ、勿論」
「ありがとうございます!」
私の言葉に質問したネイ以外も笑顔を浮かべた。
皆興味津々のようだ。
「御主人様……その……必要であれば体に負担のない体力増強方法などを、指南したいと思うのだが……如何であろうか?」
フェリシアがおそろおそる聞いてきた。
フェリシアでさえもわかってしまったのだ。
私の主人が、この世界では知らぬ者がいないと謳われる時空制御師が、絶倫なのだと。
「お手柔らかにお願いします……」
羞恥に全身が真っ赤になっているだろう自分を自覚しつつも、俯きながら小さな声で返事をする。
体力増強が必要でしたら、私が指南しますのに……。
聞こえた夫の声には、喬人さんの方法は御遠慮申し上げますー! と返事をしておいた。