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メアリーへのフラグをへし折り、私へとその意識を向けさせる。気をもたせて、結局は付き合わないわけだから、ひどい女よね。
さて、ケーニライヒ王都学校も週末となればお休みである。外出申請を出せば、日中は王都にお出かけもできる。
そんなわけで、私はメアリーと共に王都へお出かけする。さすがにドレスだと目立つから、王都住民と同じくこざっぱりとした服に着替えてる。
メアリーはいつも通りね。でも新しい服を何着か買ってあげようとも思っている。
「王都は活気がありますね」
「この国で一番人が多いからね」
市場は賑わい、雑多な人々が行き交う。庶民、商人、警邏中の兵士もいれば、傭兵――いえ冒険者の姿もある。僧侶や肉体労働者、ちらほらと走り回る子供も視界を何度かよぎった。
「表通りは明るくて清潔だけど、スラムもあるから、間違っても裏通りに迷い込んだらダメよ? 怖い人が乱暴したり、捕まえて奴隷商人に売り飛ばすなんてこともあるんだから」
「怖いですね……」
中身が日本育ちだと、中々実感がわかないだろうけれどね。
人が限られる小さな集落なら、皆顔見知りだからそういうことはあまりないらしいけれど、人が多い都会だと、本当に誘拐とかあるから油断できない。
じゃあ田舎が安全かというとそんなこともない。モンスターの発生や、盗賊の襲撃。村を焼き払われて、女子供は奴隷に、なんてこともある。
と、注意をしつつ、私たちは市場を抜けた。
「じゃあ、そろそろ本番よ」
私がメアリーを見れば、彼女はコクリと頷いた。
今日は何の日? 『赤毛の聖女』で言うなれば休日、そしてメイン攻略対象との王都デートの日、である。
ここで現れる攻略対象男子は、現時点でメアリーへの好感度が一番高い者となる。フラグの立っていたレヒトとメランは私が妨害したから、今の段階ではヴァイス王子が断トツのはずである。
「それじゃあ、デート、頑張ってね」
私は手を合わせて笑顔を向ける。メアリーは表情が強ばっている。
「……はい」
「ほらほら、そんなに緊張しないの。王子とはここ最近会っているから慣れたものでしょう?」
「でも、デ、デートとなると……その、ゲームのようには」
乙女ゲームの世界のようで、ゲームではない。どういう展開になるか、ある程度わかってはいても、いざその時にそのように行動できるかどうかは別である。
「大丈夫。デートは王子のほうがエスコートしてくれるから」
私はメアリーの肩に手を当てて、軽く揉んであげる。
「……これは、ちょっと凝ってますねぇ。りらーっくす」
「アイリス様ぁ」
表情が少し柔らかくなったようだ。ポンと肩を叩いて、彼女を送り出す。
「はい、じゃあ、頑張ってー」
「はい!」
笑顔でメアリーを見送る。そこで近くの路地に少しだけ入って、収納魔法から帽子とマントを取り出す。
ただデートイベントなら、メアリーひとりを送り出せば済む。にもかかわらず、私がここにいるのは、メアリーとヴァイスのデートを見守るためだ。
野次馬? それで済むならいいわ。何も面倒が起きないのが一番なのだから。
帽子を被り、マントを羽織って旅人っぽく演出。さあ、尾行を開始するわよ!
町の噴水広場で、メアリーは変装したヴァイス王子と『偶然』出会う。なお私を含めて、当事者たちもこれが偶然だと誰ひとり思っていない。
王子はメアリーが王都に出掛けると事前に知っていて、彼女と会えるように外出申請を出したりしたし、メアリーは私とゲーム知識で王子が現れるのを知っているのだ。
『やあ、偶然だね』
『そうですね。まさか殿下が、王都にいらっしゃるなんて――』
二人が話しているのを見ながら、私はふたりの口の動きから勝手にアテレコする。聞こえない位置にいるからね。
『お忍びなんだ。……ここでは殿下と呼ばないでほしい。メアリー』
『あ、はい。……ヴァイス、様』
『様はいらないよ』
木陰から、二人の様子を眺める私。いったい何を見せられているのか。
ふと、背後に気配を感じた。
「動くな」
低い男の声がした。威圧を込めているようだが殺意はない。
「はーい、お仕事ご苦労様、アッシュ君」
「……なんでわかるんだ?」
背後の男――アッシュは呆れたような声を出した。私は、王子とメアリーを注視したまま言う。
「王子様がひとりでお忍びで王都散策なんて、できるわけないものね。護衛がついていることくらいわかっているわ。違う?」
「それはそうだが……そういう意味じゃなくて」
「なに? 私が驚かせようとして驚いてくれなかったから拗ねてるの?」
そこでようやく振り返る。庶民というには綺麗な服をまとうアッシュ。育ちが良さそう、というか、貴族か騎士の息子って感じ。実際、帯剣しているし。
「拗ねてなんか……ないさ」
「そういうことにしておくわ」
フフンと鼻で笑うのは勘弁してあげるわ。
「そういう君は、そんな格好で何をしているんだ?」
「野次馬よ。見てわかるでしょう?」
「王子とメアリーのか?」
アッシュは私の後ろから、噴水広場の二人の様子を覗き見る。
「侯爵令嬢がお忍びで野次馬か。暇だねぇ」
「そういうあなたはせっかくの休みが潰れて、お気の毒様」
意地悪の虫がうずく。
「仕方ないから、私が付き合ってあげるわ」
「そいつは光栄」
そこでアッシュは真顔になった。
「でも不思議なものだ」
「何が?」
「だって君は王子の婚約者だろう? それが町で出会うのが君じゃなくて、メアリーだっていう」
「そうね。婚約者が恋人を放って別の女と会っている現場ね」
「平気なのか?」
「修羅場をご希望?」
「いや、やめてくれ。でも、君にはそうする権利はあるが」
フィアンセですものね。普通なら、この泥棒猫!って怒鳴り込んでもおかしくないかもしれない。
「しないわよ。そんな野暮なこと」
視界の中で、ヴァイスとメアリーが動いた。
「さ、追うわよ」
「本当、君ってわからないな」
苦笑するアッシュ。私は笑った。
「あなたの憂鬱な護衛のお時間に花を添えてあげてるのよ。感謝しなさい」