「…グランドマスター、起きてくださいよ…!」
俺は目の前で横たわっている彼の横で必死に呼びかける。
だがその声に反応することは一切なかった。
「…っ」
視界が滲んで周囲が良く見えないほどの涙が止まらない。
頬を伝った涙が雫となって地面に落ちていく。
先ほどまで王都を守るために一緒に戦い、背中を預け合った仲だった人物が死んだ。
転生してから初めて目の前で大切な仲間が命を落とした。
冒険者ならばこういうことはいつも覚悟しておかなければいけない。もちろん俺も覚悟していなかったわけではない。だけれども、覚悟していたとはいえ実際にそのような状況を初めて目の当たりにしてしまうと現実を上手く受け入れられないでいた。
先ほどまであった当たり前が急に当たり前でなくなった。心にぽっかりと大きな穴が空いたような、それでいて心を無理矢理引きちぎられたような、そんな痛くて虚しくてよく分からない感情が溢れていた。
ドスンッ!!!!
すると近くに何か大きなものが落ちてきた音とともに大きな揺れが辺りに広がった。音がした方へと視線を向けてみると、何かが地面に落ちた衝撃で舞った砂埃の中から何やら大きなシルエットが現れる。
「あ、あれは…!?」
次第に砂埃が晴れていくとそこにはドラゴンゾンビ・イクシードの姿があった。だたし胴体の一部には先ほどの金色の鎖が巻き付いており、体の大きさも先ほどまでよりも一回りほど小さくなっているように感じた。
「もしかして…」
俺は思い当たる節があり、すぐさまドラゴンゾンビ・イクシードのステータスを鑑定で確認する。するとそこに映し出されたステータスを見てまたもや目頭が熱くなってきてしまった。
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種族:ドラゴンゾンビ・超越種イクシード Lv.195
状態:不完全な隷属 不完全な封印
HP:367150 / 367150(封印30%)
MP:108400 / 108400(封印30%)
攻撃力:81420(封印30%)
防御力:66150(封印30%)
俊敏性:6823(封印30%)
知力:85
運:15
称号:
種を超えし者 暴虐を尽くせし者 同胞を滅せし者 死を纏う者
スキル:
火属性魔法Lv.7 ×封印(風属性魔法Lv.6) 雷魔法Lv.5 闇魔法Lv.6 物理攻撃耐性Lv.8 魔法攻撃耐性Lv.8 魔力操作Lv.8 ×封印(急所特攻Lv.7) 威圧Lv.9 ×封印(不浄) 完全復元 腐毒霧 ×封印(死物の概念化)
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グランドマスターの命を懸けて完成させた封印魔法はドラゴンゾンビ・イクシードを完全には封印することは出来なかったものの奴のステータスを3割、そして厄介なユニークスキルを2つも封印することに成功していた。
彼は命を賭して未来への希望をつないでくれたのだ。
俺はドラゴンゾンビ・イクシードのステータスを見て涙を拭った。
彼は最後に頼むと言った、ならばそれに応えなければ!!
今ここで王都の未来を救えるのは俺だけだ。
そしてこの好機を逃してはいけない…!
俺の心に空いた穴に勢いよく何かが注がれていく。そうして完全に満たされた心が希望という光によって燃え上がり、想いの熱量がどんどんと増していった。
「ドラゴンゾンビ・イクシード、お前はこの手で絶対に倒す!!!」
俺は一人じゃない、みんなの想いを背負ってここに立っている。
街を守るために前線で戦う冒険者や騎士団の人たち、そして後方支援として治療や物資の手配などで働いてくれている人たち、そしてその人たちの帰りを無事を祈りながら待っている人たち。みんなの想いを、希望を俺は繋がなければいけないんだ!!!
《必要な条件を達成しました。称号『勇敢なる者』が覚醒し、新たに称号『英雄に至りし者』を獲得しました》
その声が聞こえた直後、俺の体からとてつもない力があふれ出してきた。今までに感じたことのないくらいの圧倒的なエネルギー量である。それと同時に一瞬にして今までの疲れや怪我などが完全になくなっていった。
俺は突然の称号覚醒に戸惑いはしたが、この溢れんばかりに湧きあがってくる力に更なる希望を見出していた。この力なら絶対に王都を、みんなを、そしてセレナやレイナ、セラピィを守り抜ける、そんな自信が湧きあがっていた。
「はああああああああ!!!!!!!!」
俺はドラゴンゾンビ・イクシードが再び動き出せるようになるまでに俺たちの周囲をドーム状の大きな結界を張って戦いのフィールドを整える。これ以上周囲に戦いによる余波とやつの腐毒霧による被害を出さないためだ。
「グルゥ….グルルルルラアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
ついにドラゴンゾンビ・イクシードが翼や足に絡みついていた鎖を壊して動き始めた。しかし封印の効果はしっかりと効いているようで先ほどまでのようにはいかないようだ。
「いくぞ!!!」
俺は魔剣に神聖属性をこれでもかと限界まで付与して攻撃を仕掛ける。先ほどまでの攻撃とは比べ物にならないほどの速さと威力でドラゴンゾンビ・イクシードを圧倒する。
それに加えて不浄と死物の概念化が封印されたために神聖属性による浄化ダメージが蓄積していき、膨大なHPが0になった時点でやつにも死という状態に陥ることになる。
そのことはやつもどうやら分かっているらしく、先ほどまでよりも必死に攻撃の激しさを増して抵抗をしていた。どうやら自身の死が近づいているということを本能で察知しているのかもしれない。
「これで終わりだっ!!!」
俺はドラゴンゾンビ・イクシードに攻撃を仕掛けながら奴の周囲に設置した魔法を発動させる。すると先ほどの封印魔法の時に出現した金色の鎖に似た銀色の鎖がやつの周囲から現れて拘束した。
この鎖は先ほどの魔法を参考にして編み出した新魔法で、封印効果はないが鎖自体の強度が強く拘束力に特化した拘束用の魔法となっている。
「グルルルル!!!!!」
ドラゴンゾンビ・イクシードは突然現れた銀色の鎖に先ほどの魔法のことを思い出したのか必死に抜け出そうともがいていた。だがしかし、銀色の鎖はびくともせずにしっかりと拘束を続けていた。
そうしてそのままやつの下に大きな魔法陣を展開させる。
神々しく輝く希望の光を体現した、超級光属性魔法をも超えた新たな創造魔法──
「我は願う 人々の希望 我は望む 聖なる輝き 集いて救世の光となれ 『セルベーション・ホーリーレイ』」
詠唱の直後、魔法陣から光り輝く一筋の柱がドラゴンゾンビ・イクシードの体を飲み込みながら天空へと貫いていく。その魔法は俺の張った結界を破壊することなく通り抜け、上空にある雲も貫通して遥か彼方、宇宙空間にまで到達していた。
強力な光の柱はその威力とは裏腹に辺りには全くの被害がなかった。むしろ柱の残滓がキラキラと輝きを放つ星のように結界内一帯に散らばっていき、その光に触れた周囲の生きとし生けるものを癒していた。
十数秒ほど続いたその魔法は徐々に細くなっていき、細い糸がプツンと切れるかのように消えていった。しかしその魔法の残滓は周囲にしばらくふわふわと降り注いでおり、幻想的な光景が広がっていた。
魔法が完全に消え去ったあとには何も存在しておらず、聖なる光に包まれたドラゴンゾンビ・イクシードは一欠片も残すことなく綺麗に消滅していた。これは念のために辺り一帯を地図化スキルで確認したので間違いないだろう。
「グランドマスター、やりました。あなたのおかげです」
俺は背後で横たわっているグランドマスターに向かって感謝を告げる。彼は安らかな顔で返事をすることはなかったが何だか安心しているようなそんな気がした。
「…では、僕は決着をつけてきます。王都と大切な人たちをこれ以上危険にさらさないために必ず倒します」
俺は横たわっているグランドマスターにインベントリから大きな布を取り出して覆いかぶせる。今は十分に弔うことは出来ないので少しだけ黙とうを捧げた。そうして俺は黙とうを済ませ、すぐさまローガンスの元へと走り出した。
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