「ローガンス、お前との決着をつけに来た」
俺は黒い沼の横でこちらを嬉しそうな顔でニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ているローガンスへと剣先を向ける。やつは最高傑作を失ったのにもかかわらず、何だか満足感に満ちているような気がした。
見れば見るほど不気味な男だ。
「いやいや、まさかあれを倒せるとは思いませんでしたよ~!正直、あの実験体がマモン様の依り代となりうる可能性が一番今までで高かったのですがね。ですが今回は大収穫ですよ!まさか劣化版とはいえあの勇者の封印魔法の一端をこの目で見ることが出来たのですから!これはさらに私の研究はこれからより進みますよ~!」
「これから…?お前にこれからはない。ここで終わらせる!」
この男、以前俺から容易に逃げ出せたからって今回も逃げ出せると高を括っているようだ。たしかに奴の瞬間移動のような移動方法は普通なら全くの対策なんて出来ないだろう。だけれど、俺が全くの対策をせずにお前との決着をつけようとするわけがないだろ。
「終わらせる、ですか。まあドラゴンゾンビを倒して威勢がいいのは結構ですが現状を正確に評価した方がいいですよ。今はあなたと私だけ、前回のことがあるのにそれと同じような状況で何か私を絶対に逃がさないという手段でもあるのですか?」
ローガンスは前回のことを思い出しながら俺を嘲笑う。
「…ではまた」
返事は聞くまでもないというかの如く、ローガンスは踵を返して奥へと歩いていく。その直後、彼の足元に黒い沼のようなものが現れて徐々に彼の体は地面の中へと沈んでいく。
「絶対に逃がさない…!」
俺はとあるスキルの効果を付与した魔剣を地面へと突き刺す。
そして複数のスキルの効果を複合的に発動させて新たな相乗効果を生み出す。
「空間掌握完了……絶対凍結空間(アブソリュートエリア・ゼロ)発動!!」
すると魔剣を中心として半球状の空間が一気に広がっていく。
その空間にローガンスが沈み込んでいる黒沼も呑み込まれていった。
その直後、頭のあたりまで沈み込んでいたローガンスの体が何かに弾かれたように黒沼の中からはじき出された。ローガンスは予想外の状況に受け身を取ることが出来ず、その勢いのまま地面へと叩きつけられる。
「ぐはっ…?!一体何が起こって…?!」
ローガンスは地面にたたきつけられた痛みで顔をゆがませながら辺りを見渡していた。予想外のことが起こってもあたふたするのではなく情報を集めようとする、敵ながらその冷静さは流石である。
「結界を張らせてもらった。俺のスキルでこの空間からはどのような魔法やスキルがあっても外に出ることは出来ない。何故なら空間が外部と完全に断絶されているのだから」
「空間断絶のスキルだと…?!そ、そんな実空間を他の空間から隔離出来るスキルなんて聞いたことがない!!そんなことが出来るとしたら神か、勇者…まさか…?!」
ローガンスは驚愕や畏怖、あるいは怒りといった様々な感情が入り乱れたような様子だった。
「お前も空間を超えて移動していたじゃないか。そんなに驚くことか?」
「わ、私のユニークスキルは亜空間に出入りし距離概念の差を利用して長距離移動しているに過ぎない…!君のそれは空間そのものを操り、一部空間を切り取るものだろ!すでにある空間の特性を利用するのと空間そのものを操作というのでは全くの別物だ!!!」
なるほど、やつのユニークスキルの原理は亜空間の性質によるものだったのか。あの時は鑑定する暇もなかったからおおよその効果の予想しか出来なかったが、やはり予想は的中していたようだ。
「さあ、これでお前はこの空間から逃げることは出来ない。覚悟するんだな」
「くっ…!!」
ローガンスは焦りを浮かべながらこちらを睨みつけていた。そこには先ほどまでの余裕さなんて少しも存在していなかった。
「…そうですね、確かに認めましょう。私のユニークスキル『亜空術』を対策するとは想定外です。これを封じられたとなると私には後がありません。ですがここで終わるわけにもいきませんので奥の手を使わせていただきます」
「奥の手、だと?」
「ええ、本当は今はまだデータが足りないので使いたくなかったのですが背に腹は代えられませんからね」
ローガンスはそう告げると服の胸ポケットから小さな箱を取り出した。その中からは小さな注射器のようなものが出てきたのだ。
「では、私も種の限界を超えさせていただきます」
「なっ…?!」
俺はその一言ですべてを理解し、急いで地面から剣を抜いてローガンスの腕を切り落とそうと走り出した。しかしあと一歩のところで間に合わず、ローガンスは自身の体に注射器を刺して何かを注入し始めた。
「お、おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
「くっ?!」
するとその瞬間、ローガンスからは凄まじいほどの魔力が吹き溢れた。俺は吹き荒れる魔力の暴風を魔力障壁で防御しながら様子を窺う。
今この瞬間にでも倒したいのは山々だが、何が起こっているのか定かではない以上は下手に動かず少しでも相手の様子から情報を掴む方が得策だと考えたのだ。
「くっくっく…アッハッハッハ!!!!!!」
「ちっ、人まで超越種に出来るのかよ」
暴力的な魔力の嵐が徐々に治まっていき、全ての魔力がローガンスへと収束していった。そこには今まで見ていた狂気の科学者としての異様な存在ではなく、一人の超越種としての圧力を放つ存在がいた。
「これが、種を超越するということか。この万能感、気持ちがいいなぁ」
「そうか、それは良かったな」
「今の私は先ほどの最高傑作のデータを元により高精度でかつ効果量が増大しているものを服用したのだよ。そう、今の私自身こそが歴代最高傑作の超越種なのだよ!!!!!!」
もうここまでいったら本当に哀れでしかない。
好奇心というのはこれほどまでに人を狂わすものなのか。
「では、行くぞローガンス!決着をつけさせてもらう!!」
「今度は私自らがデータを取らせてもらうことにしよう!!」
ローガンスは先制攻撃として魔法を発動させた。するとやつの足元の影が異様な動きを見せたかと思ったらその影が地面を飛び出してきた。
その影は形を鋭く尖った形状へと変化し、その針が複数本に分かれて俺に向かってくる。
俺はその影を魔力を纏った魔剣で軽々と全て切り捨てる。もちろん魔剣は地面から抜いた状態でも空間断絶効果は続いている。
ローガンスによる影槍の雨を全て切り伏せていて思ったのだが、その魔法は想定以上に攻撃力も耐久力もなかったのだ。
まさかとは思うが…
俺は影槍を防ぐ合間の隙を狙ってローガンスに向けて魔法を放つ。至ってシンプルな火球であるが、威力は上級魔法並みのものである。
するとローガンスはその攻撃を影の盾のようなものを展開して防御を試みるが、盾の耐久力が足りなかったのか火球が直撃した影盾はものの見事に四散していった。
「くっ?!なかなかやりますね。人族の限界を超えた私の防御を破るとはさすがドラゴンゾンビを倒したことだけはありますね」
「お前…」
俺は全てを察した。この男は自分の研究に没頭しすぎたせいか、自分自身のことを全く理解できていないのではないか?
そう、この男は弱い。
ユニークスキルを封じている今、例えば強制的に種の限界を越えようが元がそれほどでもないために上昇値もそこそこなのだろう。
「お前、気づいていないようだから教えてやる。今までの超越種が強かったのは元からそれに見合うだけのポテンシャルと能力を持っていたからだ。お前のように自らを鍛える努力もしないで研究だけをしていたやつが種を超越したところで強力な力が手に入ると思うか?」
「な、何だと…!!私の研究が間違っているとでもいうのか!!私の研究でちゃんとデータは揃っているんだよ!!!それを人用に最適化したものを服用した今の私が種の壁を越えてもいないただの人族に遅れをとるはずがない!!!」
やつは自分の研究とデータを信じて疑っていない。おそらくやつの言う研究は正しい事実を導き出しているのだろう。
ただ研究における事実は合っていたとしても今の現状においてその事実が同じように適用できるかといえばそれはまた別の話になってくる。
やつは自身の研究を過信してしまったのだ。まるでこの世の真理を解き明かしたかの如く普遍のことであると思ってしまったのが間違いだった。
「じゃあ俺が証明してやろう。この状況においてお前は俺よりも弱いということを!」
俺はローガンスにそう言い放つと魔剣を構えて勢いよく地面を蹴る。近づいてくる俺を近づけまいと先ほどよりも激しい影の攻撃で応戦してくる。
だがしかしその攻撃の全てを容易に斬り裂き、一瞬にして俺はローガンスの懐にまで潜り込むことに成功した。
「これで終わりだ」
俺は右拳に魔力を込めて強烈な一撃をローガンスの腹部に撃ち込んだ。その威力は衝撃がやつの身体中を駆け巡り、内臓に深刻なダメージを与えてかつ魔脈にも大ダメージを与えることとなった。
「ぐほぉっ!?!?!?」
ローガンスは大量の鮮血を撒き散らしながら後方へと大きく吹き飛んでいった。そうしてそのまま地面に叩きつけられたローガンスはしばらく痙攣した後に意識を失った。
瀕死状態ではあるが殺してはいない。だがもう二度と強い魔法は使えないだろうというほどに魔脈に対してのダメージを与えておいた。
やつがマモン教の内部情報をたくさん握っているのは間違いないので、あとで聞き出すためにも殺すわけにはいかないのだ。
ローガンスが意識を失った直後、少し離れたところにあった黒い沼のようなものは消えて無くなっていった。これでもう魔物が出てくる心配はなくなった。
「グランドマスター、終わりました。あなたのおかげで、守り切れましたよ」
俺は空に向かって今回の立役者に報告をする。するとまるでよくやったと言ってくれているかのようにそよ風が頬を優しく撫でていった。
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