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「榊くん、ちょっといいかな? 話があるんだけど」
会社前で解散するために、車から降りた榊の背中を見ながら、橋本が慌てて声をかけた。
「何でしょうか?」
上司と先輩を見送ってから振り返り、その場に立ち止まった榊に、橋本が急ぎ足で駆け寄る。
「実は今、月極で個人契約している枠がひとつ空いているんだけど、仕事で使ってみる気はないだろうか?」
「仕事で橋本さんのハイヤーを使う……」
「同窓生のよしみで料金は格安にするし、榊くんの行動になるべく合わせるから。どうだろう?」
榊は窺うような橋本の視線を避けるように、瞼を伏せながら、顎に手を当てて考え込む。そこから漂ってくる雰囲気は、断られそうな感じだった。
(くそっ他に何か、断れないネタはないだろうか――)
「あのぅ、俺でいいのでしょうか。同乗していた俺の先輩や上司のほうが、橋本さんの稼ぎにつながると思うんですけど」
「確かにね。だけど3人の中で、榊くんにフィーリングの良さを一番感じたからこそ、君の専属ドライバーになりたくてさ。駄目かな?」
「俺としては、とてもありがたい話です。たまに早朝出勤するときがあるんですが、そういう場合も使っていいのでしょうか?」
橋本のダメ押しの一言に榊が食いつき、話の流れが一気に変わったので、他のお客よりも榊を優先させてハイヤーが使えることを、橋本はアピールした。
「だったら遠慮なく、橋本さんのハイヤーを呼び出しますね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、願ったり叶ったりだよ。君の上司とは絶対に話が合わなそうだから、逆に誘うことができなかったし」
「あー……、あの人については、誰も話が合いません」
苦笑いを浮かべる榊に、持っていたスマホを見せた。
「大変な人が、上司になってしまったね。それじゃあまずは、ウチの会社のホームページに、アクセスしてくれるかな。そこからアプリを登録して――」
榊の話に同調しながら、顧客になった彼が逃げないようにしっかりと首輪をかけるべく、契約についての話を進めた。
こうして毎日、彼のためにハンドルを握ることになったのだった。