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第二話 「白いワンピース、麦わら帽子」ー
八月一日。
セミの声が耳に焼きつくような午後。僕は再び、あの坂道を登っていた。
懐かしい匂いが鼻をかすめる。田んぼの土のにおい、夏草の青さ、遠くの川の音――すべてが、一度通った夏の記憶と重なっていく。
そして、神社の鳥居の下で、彼女はいた。
白いワンピース、麦わら帽子。
風に髪を揺らしながら、彼女――澪は僕の姿を見つけ、ぱっと顔をほころばせた。
「来たんだね、今年も」
その一言に、胸がぎゅっと締めつけられた。
何度も聞いたはずの言葉。でも、今回のそれには、わずかな違和感があった。
「……澪。君は、何か覚えてる?」
僕がそう聞くと、彼女はほんの少しだけ目を伏せてから、笑った。
「さぁ、どうかな。でも……あなたが来るって、ずっと待ってた気がする」
ああ、やっぱり。
彼女もまた、ループの中に取り残されている。
けれど、その記憶は朧げで、完全には覚えていないらしい。
だからこそ、彼女は毎回、僕に恋をして、毎回、夏の終わりに消えていく。
「澪……今度こそ、君を――」
言いかけた言葉を、鈴虫の声がかき消した。
そのとき、彼女がぽつりとつぶやいた。
「――ねえ、知ってる? この神社の裏に咲く花、毎年ひとつだけ枯れないんだって」
「花?」
「うん。誰かの願いがこもってるから、って……。私、今年はそれを見に行こうかなって思ってる」
それは、前の夏にはなかった選択肢。
ループが、ほんのわずかに変わり始めている――
僕の中で、かすかな希望が灯った。
もし、澪が少しでも“前の夏”を覚えていて、違う道を選び始めているのなら。
僕たちはこの繰り返しの夏を、終わらせられるかもしれない。
でも、終わりとは、彼女がこの世から本当にいなくなることでもある。
希望と喪失は、いつも隣り合わせだ。
次回、僕は彼女と一緒に「花の咲く場所」へ向かう。
そこに、答えがあると信じて――
コメント
2件
いいじゃん👍