朝ごはんは、結局あまり進まなかった。
エリオットはトーストの端を指でいじりながら、何度もチャンスのネクタイを引いた。
くい。
また、くい。
チャンスはそのたびに少し体が前に傾くだけで、引き返すことはしない。
ただコーヒーを飲みながら言う。
「仕事だろ」
エリオットは口を尖らせる。
「……うん」
ネクタイはまだ指に絡んでいる。
離さない。
チャンスはそれを見て、少し笑う。
「遅れるぞ」
「わかってる」
でも手は離れない。
ネクタイを軽く揺らす。
くい。
チャンスのサングラス越しの視線がエリオットに向く。
「そんなに引っ張ると伸びる」
「じゃあ新しいの買う」
「勝手に決めるな」
エリオットはやっとネクタイを離した。
椅子から立ち上がる。
赤いサンバイザーを被り直す。
長い金髪を軽く払う。
ドアの方に歩いていく。
でも。
玄関の手前で止まる。
振り返る。
チャンスはまだ椅子に座ったまま、コーヒーを飲んでいる。
エリオットは少しだけ眉を寄せる。
「……行く」
「おう」
あっさりした返事。
エリオットは一歩戻る。
テーブルの横まで来る。
チャンスのネクタイをまた掴む。
くい。
チャンスの体が少し前に傾く。
エリオットが小さく笑う。
「これやらないと行く気しない」
チャンスはため息をつく。
でも口元は少し笑っている。
「癖だな」
エリオットは満足そうにネクタイを離した。
今度こそ玄関へ行く。
ドアを開ける。
朝の光が差し込む。
外へ出る。
でも――
ドアを閉める前に、もう一度だけ顔を出す。
「チャンス」
「ん?」
「夜、また来る」
チャンスはコーヒーを置く。
「好きにしろ」
エリオットは笑う。
「じゃあ」
ドアが閉まる。
静かな部屋。
チャンスは数秒そのドアを見てから、小さく呟く。
「……ネクタイ曲がってるな」
そう言いながら直す。
そして少しだけ笑った。






