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新しい世界で、また出会う日
目が覚めると、天井がいつもより近く感じた。白くて清潔で、まるで病院の天井みたいだけれど、柔らかい布団と枕の感触がそれを打ち消す。手元を見ると、そこにあったのは、以前の自分の手とは少し違う、華奢で細い手のひら。指先の感覚も柔らかく、何より――肌が女の子のものになっていた。
「……え?」
声も違った。少し高くて、透き通った声。鏡に目を向けると、そこに映っていたのは、赤や青の髪ではなく、栗色の長い髪の少女。自分……いふ。いや、私。――私は女になっていた。
「まさか……転生?」
前世の記憶がある私は、薄い絶望と奇妙な高揚を同時に感じていた。この世界でまた、生きるのか。そして、あの人――ほとけには、前世のことは覚えていないのだろうか。
窓から差し込む光の中、私は体を起こす。白い制服が窮屈に感じるけれど、鏡越しの私を見て、思わず笑った。ふふっ……これも悪くない。いや、悪くはないけれど……胸の奥の疼きは、前世の記憶のせいで、どうしても消えない。
「おはよー、いふ!」
声の主は、私のルームメイト、ほとけだった。前世の記憶はないはずなのに、どこか天使みたいに透明感がある。彼女はにこにこと私を見上げる。
「……おはよ」
微笑みながらも、胸の奥で何かがざわついた。そう、私は覚えている。前世で出会ったあの人だ。だが、彼女は知らない。知らないまま、ここにいる。
朝の教室に着くと、すでににぎやかだ。
「おはよー、みんな!」
初兎と悠のカップルは、窓際で手をつないでいる。初兎は白髪でツンデレ顔なのに、悠にだけはデレデレしている。クラスの誰もが微笑ましく見守る中、私は少し微笑みながらも胸が締め付けられた。あの二人の幸福は、やっぱり眩しい。
「りうら、座ろうぜ」
ないことりうらの二人は互いを意識しているのに、まだ言葉に出せない両片思いの距離感。りうらは赤い髪を揺らして私をちらりと見たが、すぐにないこの方に目を戻す。自然に笑っているようで、でもどこかぎこちない。微笑ましいけれど、どこか切ない光景だ。
授業が始まると、私は窓の外の風景をぼんやり見ていた。胸の奥で、ほとけの存在感がじんわりと私を熱くする。前世のことを思い出すと、どうしても彼女に手を差し伸べたくなる。だけど、ここではそれをする理由も、勇気もない。
休み時間、廊下を歩いていると、ほとけが私の前に立ちはだかった。
「ねぇ、いふ。さっきの授業、難しかったよね」
「そ、そうやな……」
平静を装うけれど、前世の記憶のせいで、心臓が少し早く打つ。あの頃と同じ胸の高鳴りだ。ほとけはにこにこ笑っているだけなのに、どうしてこんなにも胸が痛むんだろう。
昼休み、校庭では初兎と悠が小競り合いをしていた。
「悠ちゃん、なんで先に座ってんの!」
「だって初兎が走ってきたから、ちょっと早く座っただけ」
二人のやり取りにクスリと笑いながらも、私は思った。ここでも彼らは変わらない。愛し合うものは、愛し合う。それだけは前世と同じなのだと。
その傍らで、りうらが小さくため息をついた。ないこが気づいて笑いかけると、顔を真っ赤にして逸らす。お互いを意識しながらも、まだ距離がある。この距離感……前世の私ならどうしていただろう、と不思議な気持ちになった。
午後の授業が終わり、屋上に上がる。風が強くて、髪が顔にかかる。ほとけもやってきて、肩越しに私を見つめる。
「屋上って、なんだか落ち着くね」
「うん……」
その声に、前世の記憶がフラッシュバックする。私たちはいつも、この場所で心を確かめ合っていた。今は違うけれど、懐かしい痛みが胸を締め付ける。
「いふ、前世のこと……知ってるの?」
ほとけが何気なく問いかける。私はとっさに首を振る。
「ううん、知らんで」
嘘ではない。彼女は何も知らない。だからこそ、私はこの世界でどう行動すべきか迷う。守るべきものがあるのか、ただ眺めるだけでいいのか。胸の奥で、前世の記憶がざわつく。
ふと、遠くで笑い声がする。りうらとないこの声だ。互いを意識しているのに、まだ素直になれない二人の笑い。初兎と悠のカップルの仲睦まじい声も混ざる。――これが、新しい世界の日常なのだ。
私は目を閉じて、深呼吸をする。この世界での、私の立ち位置。ほとけはまだ無垢で、私の存在が何を意味するのかも知らない。前世の私が抱えた悲劇は、ここでは繰り返す必要はない――そう信じたい。
屋上で風に吹かれながら、私はそっと誓った。
「この世界では……守りたい。誰も傷つけない、そんな毎日を――」
でも胸の奥で、前世の記憶がひそやかに告げる。
――「また出会ってしまったな、いふ……」
その囁きは風に紛れて届かないけれど、確かに私の胸を震わせた。あの頃の私と同じように、心臓が高鳴る。いや、これはただの再会ではない。運命の再起動、二度目のチャンス。そして、この世界で何をするかは、私次第なのだ。
夕日が屋上を赤く染める。ほとけは笑い、初兎と悠は寄り添い、りうらとないこはお互いを意識しながらも言葉に出せずにいる。私はひとり、深く息をつく。
「……また、始まるんやな」
そう呟いた瞬間、風が強く吹き、髪をかき上げる。私の目に映るすべてが、まるで昨日のことのように鮮明で、でも確かに新しい世界だ。
これが、私たちの第二の物語の幕開け――
少女たちの笑顔と小さな葛藤が交錯する、ゆるやかで切ない日常の始まりだった。