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第三十八話:潜伏する捕食者、女郎蜘蛛の計略
朧月館を取り囲む深い竹林。そのさらに上空、月光さえも透過させぬほどに緻密で、鋼よりも強靭な「不可視の糸」が、宿をまるごと巨大な繭のように包み込もうとしていた。
その糸の結節点、闇に溶けるように佇む影がある。漆黒の着物をはだけさせ、八本の細長い肢を背後で蠢かせる大妖怪――女郎蜘蛛。
「ふふ……あははっ! 見てごらんなさいな。あの誇り高き鏡面の女王も、虚無の人形も、吸血の姫君までもが……。あんなに無様に、一人の男の足元で、自らの核を差し出して蕩けているわ……」
彼女は、扇子で口元を隠しながら、クスクスと品のない笑い声を漏らした。先の争奪戦。力自慢の大妖怪たちが我先にと「あるじ」に襲いかかり、次々と返り討ちに遭い、あまつさえ「慈悲」という名の毒にあてられて屈服していく様を、彼女は特等席で眺めていたのだ。
「馬鹿な女たち。力で奪おうとするから、逆に奪われるのよ。……あの男が手に入れた『六人の女王の核力』。そして、あの男自身の底なしの霊力……。それさえ手に入れば、この隠り世の真の支配者は、わたくし一人。女郎蜘蛛の天下よ」
彼女は、他の大妖怪たちとは一線を画す「知性」と「忍耐」を持っていた。今の朧月館は、一見すれば最強の盾に守られた難攻不落の要塞。だが、その内情は、あるじの霊力に酔いしれ、理性を失った女たちが入り乱れる、最も「隙」だらけの巣窟。
「たっぷり出し切りなさいな。身体が空っぽになり、魂が最も無防備になったその瞬間……わたくしの糸が、あなたたちの心臓を一突きにして差し上げるから」
女郎蜘蛛の指先が、空中に描かれた図形をなぞる。すると、朧月館の床下、壁の隙間、さらにはカノンが設置した最新の配管の内部にまで、髪の毛よりも細い「魔糸」が音もなく侵入していった。
大浴場:白濁の熱狂と、忍び寄る毒
「……ん、……っ。あるじ様……。……ずっと、こうしたかった……」
白濁した霊液の海の中。僕の正面から、一寸の隙間もなく体を密着させているのは、宿の若女将・一花だった。
彼女はいつもなら誰よりも冷静に宿を切り盛りするが、今はあるじの放つ「黄金の汗」と「精液」の香りに当てられ、その瞳は情欲の熱に浮かされている。僕の首筋に額を押し当て、溢れ出す雫を愛おしげに吸い取っていくその指先は、快楽で微かに震えていた。
「一花、……少し、力が強すぎないか……っ」
「……離しません。……主様を、誰にも渡したくない……。この腕の中で、私だけのものに……」
一花の独占欲は、静かに、けれど確実に僕を蝕む。その隣では、玉藻が悠然と僕の髪を梳きながら、白濁した湯を自らの白い肌に滑らせていた。
「あるじよ、案ずるな。……これだけの女が集まれば、多少の騒がしさは必然。……だが、そなたの傍らに立つのは、この妾よ。……それだけは、何があっても揺るがぬ真実よ」
玉藻の言葉には、正妻としての絶対的な重みがあった。……はずだった。
だが、二人は気づいていない。白濁した湯の底、彼女たちの足首に、髪の毛よりも細い「紅い糸」が絡みついていることに。
それは女郎蜘蛛が放った精神汚毒『嫉妬の抱擁』。
愛を「執着」へ、慈悲を「独占」へと変換し、理性のリミッターを焼き切る呪いの糸。さらに、あるじの放つ黄金の霊力を媒介にして、その汚毒は爆発的な速度で彼女たちの脳を焼き尽くしていく。
「……? なんだか、急に……胸が、ざわつくわ。……一花。そなた、少しあるじに触れすぎではないか? 控えよ、下郎が」
玉藻の瞳に、今まで見たこともないような「険」が混じり始める。黄金に輝いていた九尾の神気は、どす黒い独占欲に染まり、周囲の空気を歪めていく。
「……玉藻様こそ。……主様の髪を梳くのは、私の役目です。……そこを退いてください……。主様を、汚さないで……その薄汚い手で触れないでください……!」
一花の声から体温が完全に消え、底冷えするような殺意が露わになる。彼女の指は僕の腕を締め上げ、肉に食い込むほどの力で固定した。
二人の間に走る火花。それに呼応するように、周りの女王たちも豹変し始めた。
「旦那様は、私のものにゃ! 誰にも一滴もあげないにゃ! 邪魔するやつは、噛み殺すにゃ!」
お凛が隣にいた瑞稀の肩に牙を立て、瑞稀もまた「あぁ、いいわ……旦那様の愛を汚す虫けらは、私が鏡の中に閉じ込めてあげる……」と、狂気に満ちた瞳で応戦する。
「やだぁ、あるじ様ぁ、……わたくし、もっと欲しいのぉ! みんな、みんな死んじゃえばいいんだぁ!」
雲華が幼い残虐さを剥き出しにして、湯船の中で魔力を暴発させる。カノンもまた「旦那様のバイタル……アタシが、アタシだけのものに書き換えてやるし!」と、デバイスを狂ったように操作し、僕の神経系に直接干渉しようと試みる。
「みんな、どうしたんだ……! やめるんだ! 落ち着いてくれ!」
僕が叫ぶが、一花と玉藻の腕は、僕を助けるためではなく、自分だけのものに繋ぎ止めるために、左右から僕の体をギリギリと締め上げる。
白濁した湯船の中、かつての敵味方が入り乱れ、愛という名の憎悪をぶつけ合う。あるじという「餌」を奪い合う、醜い共食いの戦場。
「ふふ、……かかったわ。最強の盾も、内側から壊れればただの檻。……さあ、愛し合いなさい。殺し合いなさい。……その果てに、わたくしがすべてを吸い尽くしてあげるわ。黄金の血も、女王たちの核力も、すべて、わたくしの蜘蛛の巣の中で!」
竹林の上空で、女郎蜘蛛が扇子を広げ、勝利の笑みを浮かべる。
彼女の糸は、今や朧月館の隅々まで行き渡り、11人の乙女たちの魂を「嫉妬」という名の操り糸で弄んでいた。
白濁した霊液の海は、今や11人の乙女たちの「狂気」によって、あるじを圧し潰し、八裂きにするための地獄の釜へと変わろうとしていた。僕の金角は激しく警告の光を放つが、その光さえも、女郎蜘蛛の糸を通じて彼女たちの発情と殺意を加速させるエネルギーへと変換されていく。
「主様……私だけの……」
「妾の……獲物に……触れるな……っ!」
一花と玉藻の指が、僕の首筋に、胸に、そして「王の証」に深く食い込み、僕の意識は、愛する者たちに食い殺されるという最悪の絶望の中で、暗転しようとしていた。