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妖怪ウォッチ
nmmn : 何でも許せる方向け :
人間 and 江戸初期パロ
澄み切った空気が心地よい霜枯れ時の候。齢十七の桃割れ髪に可憐な袴に身を包んだ美少女。名をお露といい、和菓子屋の《喰ゐ処》を営む支度を始めていた。今日が初めての開店日が故に、淡い期待と不安を抱えながら、和菓子を心をこめて手作りする。茶道は幼少期から得意なことで、今では年上すらも相手にできる腕前へと上達している。一段落つくと、初めてのお客様が暖簾をくぐられた。
「いらっしゃいませ!」
その人は、お露に向かって軽くお辞儀をした。お露が目線を向けると、絵巻物に登場する武士の如く男前な美青年であった。鋭く凛とした目つきに、彫りの深い顔。お露が少し上目遣いしなければ目線は合わないであろう背丈の所有者で、さらには適度な運動が伺える。この人は、《土蜘蛛》といい、巷では好青年なので名は知れ渡っている。飾られた菓子を堪能するように眺め、お露に近寄った。
『此方の饅頭を頂戴したい。』
「畏まりました。」
土蜘蛛は、お露から目が離せなかった。聞いているだけで心身共に癒される可愛らしい声に、愛嬌のある柔らかい笑顔。露草の上品で控えめな匂い袋の香りと、透明感と儚さをまとっている。お露は、万人受けするであろう美人であった。木箱から饅頭を取り出し、花柄の懐紙で包む。その紙が折られる度、饅頭の甘い香りがする。お露の美しく綺麗な姿は、待ち時間でさえ退屈にさせることはなかった。
「お代は結構にございます。初めてのお客様には、私からの馳走でございます故。」
『では、この礼は必ず返すと約束する。』
無償でものを受け取るなど無作法だ、と考える土蜘蛛だが、その心からもてなそうとする姿勢とふわっと微笑むさまに断りを入れる気分にもなれなかった。土蜘蛛の低く抑えられた声は男らしく、微かに含まれる色気にお露は翻弄されていた。恋愛経験が浅いのもあるのだろうが、それ以前にこれほどの色男がいれば、戸惑うに違いない。目線を合わせるのがまだまだ未熟なようで、笑顔で誤魔化すことくらいしかできなかった。
「またのご来店をお待ちしております。」
『嗚呼。また来る。』
丁寧に包装された饅頭を入れた紙袋を受け取ると、一礼して暖簾をくぐった。お露は、これ程どきどきする体験は初めてであった。その赤く染まった頬は、初めて恋をした乙女であることを意味していた。改めて考え直せば、名も知らぬ殿方に恋をしてしまったこと、次話せるか話せないかも分からぬ。故に、明日も彼が『約束』を果たしてくれることを願うばかりであった。
***
先程の娘は土蜘蛛から見て、嘗てないほど 美しかった。その美貌と美声は当然のことながら、何より精神が。心が美しい。土蜘蛛のことを、顔で判断し媚びへつらう女とは正反対であった。土蜘蛛に近寄る女は顔目当てであった。しかし、お露は色目も使わず。媚びることもない。しかし、もてなしの心は持っている。そんな花嫁修業が完璧に終了している極上の女を、誰が逃そうと言うのか。
『⋯腹が減ったな。』
都合のいいことに、さっき購入した饅頭が手元にある。袋から取り出し、封をとくと、手作り感は抜けないものの、商品としては申し分ない完成度であった。今食べてしまうのは惜しいような気もするが、開けてしまったからには今食べるべきだろう。
『いただきます。』
東屋の椅子に座し、ひと口食べる。控えめな甘さと、粒餡の食感。それに加え、皮のしっとりとした舌触り。今まで食してきた甘味の中で、一番自分の口に合う美味しさだった。美味しさを感じるたびに、お露の姿が思い出される。これは贔屓したくもなってしまう味だ。あっという間に食べ終えると、包み紙を畳んで懐にしまった。
『⋯礼は何にすべきだろうか⋯。』
女性とあまり関わりを持ってこなかった(断ってきた)せいか、女性の好むものがよく分からない。とりあえず町を練り歩けば、候補のひとつやふたつ現れてくれるだろう。あの娘の、好きそうなもの。今日は時間があるので、ゆったりと見られるだろう。悩みつつ、足の赴くままに足を運び始めた。