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柱2人と
今日、夏目は甘露寺に稽古をつけてもらう日らしい。
同性といえど、朝から晩まで甘露寺と一緒に過ごすというのは俺の嫉妬心を煽るのに充分だ 。
奴が剣を握って初めの頃、一度稽古をつけてやったことがある。
意外にも、少し指導しただけで木刀を握る手や足捌きが様になっていた。
まあ、太刀筋はまだふにゃふにゃだけどな。
今日の任務は近場だし、早く片付いたら甘露寺のところへ行こう。
そしてついでに夏目の稽古に口出してやろう。
昼過ぎに任務が終わり、甘露寺邸へ向かう。
「きゃっ!つばさちゃん凄いわ!もうこんなに木刀を振れるのね!さっき教えたことも完璧よ!」
鈴を転がすような甘露寺の声が聞こえる。
稽古場を覗くと、出会った頃とはまるで別人のように凛々しい顔つきで打ち込み稽古をする夏目と、それをうっとりと眺めて声を掛ける甘露寺の姿があった。
『ありがとうございます、蜜璃さん』
「あーんやっぱり名前呼び嬉しい!!」
みつりさん、だと??
俺でさえ名字呼びだというのに………。
「あっ!伊黒さん!どうしたのー?」
『伊黒さん、お疲れ様です!』
2人がこちらに気付いて声を掛けてくる。
「…任務が早く終わったんで、様子を見に来た」
「わわ!伊黒さん優しい!やっぱりつばさちゃんのこと気に掛けてるのね!」
いや、違うんだ甘露寺。
夏目のことはただの口実で、君に会いたくて来たんだ。
「一旦休憩にしておやつにしましょ!パンケーキを焼いて、紅茶も入れて。伊黒さんも食べて行ってね!」
『嬉しい!ありがとうございます!』
「ああ、ありがとう。いただいていくよ」
応接間に通され、甘露寺は台所へと消えていった。
「全集中の呼吸を使えるようになったんだってな」
『はい、やっとこさですけどね。剣の型も少しずつですが身体の使い方を覚えてきました。皆さんが丁寧に指導してくださったおかげです』
礼儀はいいんだよな、こいつは。
まあ、もし無礼を働いたら窓から投げ飛ばすが。
『…伊黒さんが鬼から助けてくれて、その上お館様の前で私を鬼殺隊に入れてもらえるよう頼んでくれて、ほんとに嬉しかったんです。ありがとうございます』
真っ直ぐにこちらを見つめてくる夏目。
改めて彼女の顔を見ると、整った顔立ちをしていることに気付く。そして、瞳も澄んでいて綺麗だった。
「…ふん、せいぜい死なないように修行を重ねることだな」
いつものように嫌味な言葉しか出てこない。
「はいっ、お待たせ!たくさん食べてね!」
甘露寺が焼き上がったパンケーキと淹れたての紅茶を手に戻ってきた。
『わあ〜!美味しそう!いただきます』
「いただきます」
フォークとナイフを器用に使い、幸せそうにパンケーキを頬張る夏目。
『美味しい!』
「よかった〜!つばさちゃんナイフとフォーク使うの上手ね!」
『ありがとうございます。お友達とパンケーキ食べに行ったりしてたので、ちょっとは使えます!』
「お店にパンケーキを食べに行くの?」
そうだな。俺もそう思った。
こうやって自宅で焼くものではないのか?
『私が元いた時代、スフレパンケーキっていうのがすごく流行ったんです。ふわふわで口の中でスッと溶けていくような。焼くのに時間が掛かるけど、すごく美味しいんですよ』
「ふわふわで口の中で溶ける…!美味しそう!私も食べてみたいわ!」
甘露寺が目を輝かせる。
『もしよかったら、今度作りますよ』
「えーっ!ほんとに!?」
『はい、もちろんです!いつもお世話になってるし、今日だって美味しいパンケーキご馳走してもらいましたから』
「きゃー!やった〜!」
甘露寺がとても嬉しそうに笑う。
こんな笑顔を引き出した夏目、恐るべし。
俺も少し興味があるな。スフレパンケーキとやらに。
『伊黒さんもよかったら食べてくださいね、蜜璃さんと一緒に 』
「あ、ああ」
ティータイムの後はまた稽古を再開する。
基本、甘露寺が夏目を見てやるが、ついでに俺も横から口を挟む。
「…つばさちゃん、最終選別突破できるよね。きっと大丈夫だよね……」
打ち込み台に木刀を振る夏目を見ながら、いつも明るい甘露寺が少し不安そうな顔を見せる。
「あんなに頑張り屋さんでいい子だもん。きっと突破して正式に鬼殺隊の仲間になって、一緒に鬼を倒していけるよね」
「…そうだな」
もうあと2週間後に迫った最終選別。
元々弓使いだった夏目が剣を握り、鬼に挑む。
あの時。鬼に刀を弾かれ身体を絞め上げられた時。
声が出なくて、俺は夏目に「逃げろ」と言うことさえできなかった。
腰を抜かすわけでもなく、あいつは立ち上がり、たった1本の矢で鬼の目玉を射つくらい肝がすわっていた。
助けた筈の相手に救われた。
だから余計に放っておけなかった。
お館様をはじめ柱の皆の前で弓を引かせ、その実力を認められて入隊した夏目。
異例の事態だったが、結局、奴も他の者と同様に最終選別を受けることになった。
剣は零から覚えたのに、誰もが目を見張る速度で成長し、全集中の呼吸も使えるようになった彼女。
見上げた根性だ。
甘露寺以外の女になど微塵も興味なんてないし、むしろ女は苦手だが、出会いが出会いだった為に、他の女隊士へのそれとは異なる感情が己の中に芽生えたのを自覚している。
夏目に死なないで欲しいと願う自分がいる。
どうか生き残ってくれ。
死なずに帰ってこい。
「…よし、甘露寺。2人で稽古をつけてやるとするか」
「えっ!?…うん、そうね!つばさちゃん、これから3人で稽古しましょ!」
『わわ!よろしくお願いします! 』
夏目は驚いた顔をしたものの、柱2人に怯むことなく木刀を握り直し、構えたのだった。
つづく
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