テラーノベル
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神代家が主催するパーティー会場は、まるで映画の一場面のようだった。見上げるほど高い天井。きらめく巨大なクリスタルのシャンデリア。
会場の奥では、オーケストラが生演奏を奏でている。
(うわあ……上流社会の極みって感じ)
没落したとはいえ、私も元中堅企業の社長令嬢だ。それなりに良い暮らしはしてきたつもりだった。
けれど、さすがに日本屈指の財閥である神代家の本気は、レベルが違う。ボルドーのドレスの裾を、整える。慧が用意したドレスは、悔しいくらいサイズもデザインも私にぴったりだった。
(本当に、用意周到にもほどがあるのよね……)
(靴のサイズまで完璧に把握してるとか、どういう情報網よ……)
左薬指には、先日選んだ誕生石と小さなダイヤのリング。
隣に立つ慧の指にも、同じデザインのプラチナリングが光っていた。
黒のスーツを着こなした慧は、いつもどおり澄ました顔をしている。整った横顔。隙のない立ち姿。これだけ広い会場でも、その存在感は圧倒的だった。
「緊張しているのか」
「まあ、少しはね。 でも心配しないで。客あしらいなら慣れてるから」
「そうか」
「……何よ。私のプロ意識、疑ってる?」
「いや」
慧は私を一度見て、淡々と続けた。
「ドレスが似合っていると思っただけだ」
「……っ」
こっちは戦場へ乗り込むくらいの覚悟で来ているというのに。不意打ちで調子を狂わせないでほしい。
「ふふっ。何それ。本番前の夫婦演技?」
いたずらっぽく笑い、慧の腕へ自分の腕を絡める。
「だったら、もう少し練習しておかないとね」
わざと密着させるように、身体を寄せた。慧の肩が、びくりと揺れる。
「……」
(よし、私の勝ちね!)
そう思ったところで、近くを通りかかったウェイターが銀のトレイを差し出してきた。
「シャンパンはいかがでしょうか」
「あ、いただきます」
反射的にグラスを受け取る。細いグラスの中で、淡い金色の泡がきらきらと弾けていた。
(こういう場で手ぶらだと、逆に落ち着かないのよね)
シャンパンをひと口含む。
「飲みすぎるなよ」
「子ども扱いしないで。これでも場数は踏んでるんだから」
「それと酔わないことは別だ」
「はいはい。過保護ね」
からかうように笑って、もう一口だけグラスを傾けた。
その時だった。
「おやおや。ご無沙汰しております、神代社長」
恰幅のいい、いかにも老舗企業の社長といった風貌の男性が、にこやかに話しかけてきた。
「ご無沙汰しております、遠藤社長」
慧は一瞬で、完璧社長の顔に戻った。
(切り替え早っ)
遠藤社長は、慧の隣に立つ私を見て、おや、という顔をした。
「お隣の、美しいお嬢さんは……?」
慧の腕がごく自然に私の肩へ回った。
「――っ」
そのまま、ぐっと身体を引き寄せられる。
「妻の玲奈です」
(ちょっと……!)
(人前なのをいいことに、さっきの仕返しをしてきたわね!?)
「お、奥様!? ご結婚されていたとは、つゆ知らず……! おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「しかし、いつの間にご結婚を? 奥様とは、一体どのように……?」
遠藤社長が興味津々に尋ねると、慧は私の肩を抱いたまま、平然と答えた。
「彼女と、運命の出会いがあったのです」
(――は?)
「出会った瞬間、強く惹かれました」
(はあああああああ!?)
肩を抱く腕に、さらに力がこもる。
「生涯を共にするのは、彼女しかいない。そう確信したのです」
(嘘も大概にしろーーー!)
(運命もクソもあるか!)
(あんたが私のバイト先に押しかけてきて、再会してたった十五分で契約結婚を迫ったんでしょうが!)
(強く惹かれた? 契約書と婚姻届を突きつけてきたくせに、どの口が言うのよ!)
脳内で全力のツッコミを炸裂させている私の横で、遠藤社長はすっかり感動した様子で目を潤ませていた。
「なんとまあ……。映画のように情熱的な恋をして、結ばれたのですな。神代社長がそこまでおっしゃるとは……奥様は、よほど素敵な方なのでしょうな……」
「いえ、そんな。もったいないお言葉です……」
(はったりでおじさまを丸め込む天才か、この男は……!)
隣を見ると、慧は何食わぬ顔で微笑んでいる。
(くっ……演技がうますぎる)
驚くほどスムーズに偽装工作が進んでいく。
そう思った直後。会場の空気が、ぴんと張り詰めた。
現れたのは、タキシード姿の厳格そうな男性と、豪華な着物に身を包んだ女性だった。慧の父親である神代会長と、その妻――慧にとっては義母だ。
眉間に深い皺を刻んだ父親と、扇子の陰から敵意を向けてくる義母。
(……出たわね、ラスボス!)
事前に黒瀬さんから聞いた『神代家ドロドロ家系図』が頭をよぎる。愛人の子として生まれた慧は、実母の病死後、跡取りとして神代家に引き取られた。
義母にとって慧は、夫の裏切りの象徴そのもの。その慧が、突然妻を連れてきたのだ。まあ……歓迎されるはずはない。
「ずいぶんと突然なのね、慧」
義母が、扇子で口元を隠したまま言った。
「私どもには何の相談もなく、結婚相手を連れてくるなんて」
「順番が前後したことは、お詫びします」
「順番、ね」
義母の視線が、私へ移る。足元から髪先まで、ゆっくりと値踏みするような目だった。
「小耳に挟んだのだけれど。あなた、以前は夜のお店で働いていらしたそうね」
周囲の視線が、一斉にこちらへ集まる。隣で、慧が拳を握りしめた。けれど、私は一切ひるまず、堂々と答えた。
「はい。おっしゃるとおりです」
「……認めるのね?」
「会社員として働く傍ら、奨学金の返済と、弟の進学費用を工面するため、ラウンジで働いておりました」
義母をまっすぐ見据える。
「ですが、その経験のおかげで、初対面の方からどのようなお言葉をいただいても、心を乱さず対応できる力が身につきました」
「な……っ」
「お義母様のご指摘のおかげで、自分の強みに改めて気づくことができました。温かいお言葉、心より感謝申し上げます」
にこっと満面の笑みを浮かべ、深く頭を下げる。オブラートに包んだ、特大のカウンターパンチ。要するに――。
(その程度の嫌味、ラウンジのクソ客から浴びた暴言に比べればぬるいわ!)
という宣戦布告である。義母は顔をこわばらせたまま、言葉を失っていた。
神代会長もまた、驚きを隠せない様子で私を見ている。沈黙を破ったのは、神代会長だった。
「……この件については、後日改めて話し合おう。親に一切相談なく結婚を決めた経緯と、これからのことを、きちんと説明しなさい」
慧が頭を下げる。
「承知しました」
私もその隣で、完璧な淑女の礼をした。
「はい。いつでもお伺いいたします」
二人が去った途端、詰めていた息をふっと吐き出した。気づけば、手にしたシャンパングラスはほとんど空だった。
(……いつの間に飲んだのよ、私)
しかも、いつもより酔いの回りが早い気がする。
「玲奈」
「何よ」
「……助かった」
「契約妻だもの。これくらい当然でしょ?」
私が胸を張ると、慧の口元が少しだけ緩んだ。
「頼もしいな」
「惚れ直した?」
「……」
冗談のつもりだったのに、慧のグラスが唇の手前で止まった。
「……ふふっ」
「油断するな」
「え?」
「次が来る」
慧の視線の先を追う。淡いピンクのドレスをまとった女性が、こちらへ向かって歩いてくるところだった。
小柄で、可愛らしい顔立ち。けれど、その目は少しも笑っていない。
「お久しぶりです、慧さん」
私たちの前で足を止めると、冷ややかな視線を私へ移した。
「そちらが――私との縁談を断ってまでお選びになった、奥様ですの?」
コメント
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第15話、お疲れ様です! パーティー会場での義母とのカウンターパンチ、めっちゃ痛快でしたわ。「ラウンジのクソ客よりぬるい」って心の声、玲奈の強さが全面に出てて痺れました。慧との絶妙な距離感と、不意打ちの甘いセリフの応酬もニヤニヤが止まらない。最後の令嬢登場で次回が気になりすぎる…!続き楽しみにしてます🔥