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「知ってるでしょ?だってキミ、さっき業者に追加注文できるか確認電話してたじゃない。いい業者だからって秘密はいけないなぁ」

か、課長…もういいです…。

先輩たちの目が怖いんですけど…。

「そういえば鍋の味付けもキミでしょ?他の子はおべっか使ってばっかりで大した働いてないけど、キミは足し汁したり材料運んだりして忙しそうだし」

「そういえばそうだなぁ」と、いつの間にか課長たちのやりとりを傍観していた他の社員からも、ざわめきが広がる。

総務部の面々はどんどん縮こまって居た堪れなさそうにしている。

…静かな吊るし上げだ。

残酷です、課長…。

けど課長はもう飽きたかのように先輩たちから離れると、スマホを出した。

「ね、三森サン番号教えてよ。今度レシピ教えてほしいな」

「ええ…ええと…」

「早く早く教えてよ」

と、半ば強引にみんなの前で番号交換しちゃった。

「えーずるい」って声が聞こえるけれど、課長のメアドはとっくに知っているんですけどね…。

ぶん、とメールがきた。

『この程度で勘弁してやるか。

これでみんな真相にうすうす気づくと思うけど』

もう…課長ってば…。

そこへ、突然ざわりと空気が変わった。

「…おつかれさまです!」

「おつかれさまです!」

口々に聞こえる挨拶。

だれか来たみたいだった。

服部部長と並んできたのは、だれもが知るこの会社のトップ。

社長…!?

思いもよらぬVIPの登場にあたりは騒然となった。うちの社長はこういうのには参加しないのに、と珍しがっている。

総務部の先輩たちもトップがお出ましとなればおべっかどころじゃない。散り散りに去ってしまって、わたしと課長だけが残った。

社長と服部部長は、最初からわたしたちが目当てだったみたいに、まっすぐ向かってきた。

「やぁ、遊佐君」

「おひさしぶりです社長」

わ、課長もさすがに社長には礼儀正しい。

さっきまで挑発的だった目も、頭を下げて伏せている。

「社長がこういう場にお顔を出されるのは珍しいですね」

「それはこっちの台詞だよ、遊佐君」

ぎこちない笑みを浮かべる課長…。

単なる会話に聞こえるけれど、真相が真相だけにその裏に潜む意味は深い。

社長にしてみれば、こういう場に課長が出たのが意外だったんだろう。それでわざわざお出ましになったのかもしれない。

なんて、まるで空気みたいに二人を見ていたわたしに、突然社長が顔を向けた。

「こちらが例の三森さんです」

服部部長が小声で紹介してくれた。

「そうか。キミが…」

わわ、亜依子さんのお父さんと言うだけある。

きりりとした和風顔に経験と風格を織り込んだハンサムだ。

厳しそうな顔に見つめられて、わたしは緊張した。

ひぃ…。やっぱり部長からわたしのこと聞いてたんだな。

もしかして、今日ここに来た一番の目的もわたしを見聞するため??

どうしよう…大したことのない女って思われたかなぁ…。

どうにかフォローしてくださいよっ、と縋るように課長を見たけど、わたしははっとなった。

課長がものすごく強張った表情を浮かべて、服部部長を見ていたから。

よくもやってくれたな、って恨み言が今にも漏れ出そうな表情は、怒っているといってもいい。

やっぱり…さすがに社長にはわたしのことは秘密にしておきたかったのかな…。

どうしよう…わたしが悪いわけじゃないけど…居た堪れない。

「まぁ、豪華な組み合わせですこと。まわりのみんなも興味津々で見てますよ」

そんな状況をやぶってくれたのは、華やかな女性の声だった。

亜依子さんだ!

颯爽とした姿と張りのある声が、その場に張り詰めそうになっていた気まずい雰囲気を打ち払ってくれた。

亜依子さんは普段はお父さんのことも「社長」と呼んで部下の立場でいる。

けれど、今は少し「娘」としての雰囲気が強い感じがした。

「社長、今日は遊佐課長にお会いできて良かったですね」

「そうだな。今までは遠い場所でがんばってもらっていたが、こうして社内行事にも参加してくれるようになってうれしいよ」

亜依子さんも、深々とうなづいて笑った。

「わたしも一緒に仕事できて光栄に思っています。なにしろ遊佐課長は社の英雄ですから」

「買い被りですよ。支えてくれた営業部のおかげです」

「ご謙遜を。そうだ、もしよかったら今度社長とわたしと三人でお食事でもいかが?アメリカでの出張生活とかお訊きしてみたいわ。わたしもぜひ課長と懇意になって、ますます仕事を有意義にしていきたいですし」

そう言う亜依子さんの微笑には深い想いが込められているように感じた。

そうか、亜依子さんにとっては課長はお父さんの危機を救ってくれたヒーローみたいな存在だもんな。

いつもの凛とした大人な女性でいるけれど、今はすこし照れたようにしているのが可愛らしい…。

「ありがとうございます。では近い内」

「ええ」

亜依子さんが差し出したスラリとした手を課長が握った。

絵になるなぁ、このふたり。

遊佐課長には亜依子さんみたいな人がお似合いだ。

営業部のエースに天才開発者。まさにタッグを組めば最強の二人だ。

社長も心なしかきりりとした顔に穏やかな微笑をうかべている…。

けれど、人嫌いを自称する課長には、ちょっと苦しい状況みたいだった。

「…では、俺はそろそろ行きますね」

君に恋の残業を命ずる

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