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____hyt____
朝の教室の 窓から差し込む光は、無駄にキラキラしていて、俺の眠気を余計に煽る。
あーあ…もうちょい寝ときゃ良かった。
今日は朝出るのが早いから、と母親に早めに起こされ、目を擦りながら登校した。
案の定、教室には人がいる気配が無く、机に伏せて目を瞑った。
すると、大抵一番に来るやつが少し驚いたように遠くから声をかけた。
「あれ?おはよー、勇斗」
そう、吉田仁人だ。
あいつは、いつものようにふわっとした、春の陽だまりみたいな笑顔を浮かべて、俺の前の席に座っている。
『…あ、おはよ』
「眠そうだねぇ(笑)」
『ん。』
俺は生返事をしながら、あいつの顔を盗み見た。
さらさらした髪。
透き通ったような白い肌。
整った目鼻立ち。
女子たちが「吉田くんって、本当に優しいよね」なんて、うっとりした顔で噂するのも分かる。
あいつは、このクラスで一番「綺麗」な存在だ。
…と思う、。
優しくて、成績も良くて、誰に対しても分け隔てなく接する。
まさに、優等生の鑑。
でも。
俺は、どうにもこいつが苦手だった。
いや、苦手っていうのとは少し違う。
こいつを見ていると、背中のあたりがザワザワする。
あまりにも完璧すぎて。
あまりにも、非の打ち所がなくて。
それが、どうしようもなく「嘘臭い」と感じてしまうのは、俺の心がひねくれているからなんだろうか。
あー…俺もこんなやつだったらモテまくるんだろうなぁー…
不平等すぎんだよこんな世界。
『この前のプリント、写させて』
「いいよ。はい、これ。ちょっと字が汚いかもしれないけど」
『そうか?ふつーに綺麗だと思うけど』
あいつは、謙遜しながらノートを渡す。
その動作一つひとつが、計算されているんじゃないかって思うくらい無駄がない。
俺は、頬杖をついて、そんな光景を眺めていた。
俺の家は、至って普通だ。
親父は真面目なサラリーマンだし、お袋は少しお節介だけど料理上手な専業主婦。
愛されて育った自覚はあるし、大きな不自由もない。
だから、世の中には「悪い奴」もいれば「良い奴」もいるって、当たり前のように思っていた。
でも、吉田仁人はどうだ。
あいつは「良い奴」の枠に収まりすぎている。
怒ったところを見たことがない。
愚痴を言っているのも聞いたことがない。
いつも、誰かのために動いている。
…人間、そんなに綺麗に生きていけるわけねーだろ
俺は心の中で毒づいた。
もし、あいつのあの皮を一枚剥いだら、中からドロドロした化け物でも出てくるんじゃないか。
そんな妄想をしてしまうほど、あいつの「優しさ」は、俺にとって不気味なものだった。
授業中も、俺の視線は無意識にあいつの背中を追っていた。
あいつは真面目にノートを取り、たまに先生の冗談に小さく笑う。
どこからどう見ても、ただの高校生だ。
ちょっと顔が良くて、
ちょっと勉強ができるだけの
あぁ…ほんと不平等だよ。
でもあの日、 俺が親父に頼まれて、繁華街の方へ買い出しに行った、あの夜。
人混みの中で、俺は見てしまった。
ネオンの光が不自然に反射するアスファルトの上。
男の腕に隠れるようにして、けだるげに歩く一人の少年。
そいつは、俺が知っている「吉田仁人」とは、全く別の生き物だった。
髪は少し乱れ、目は虚ろで、どこか遠くを見ている。
そして何より
その指先には、火のついたタバコが挟まれていた。
…は?
あれ…仁人だよな、、?
俺は、足が止まった。
心臓がドクン、と嫌な音を立てる。
見間違いだと思いたかった。
あんな、清潔感の塊みたいなあいつが、夜の街で男と連れ立って、タバコなんて吸っているはずがない。
でも、街灯の下で一瞬だけ目が合った、その瞳。
それは、間違いなく吉田仁人のものだった。
学校で見せる、あのキラキラした光なんて欠片もない。
深く、暗い、底なし沼のような瞳。
あいつは俺と目が合った瞬間、ほんの少しだけ口角を上げた気がした。
嘲笑うような、諦めたような、そんな顔。
なんでそんな顔してんだよ。
でもすぐに、あいつは俺から目を逸らし、男の背中に隠れるようにして歩き出した。
俺は、追いかけようとした。
「何してんだよ」って、掴みかかりたかった。
でも、身体が動かなかった。
あいつの纏っている「夜の空気」があまりにも重くて、俺みたいな普通の高校生が踏み込んでいい領域じゃない気がして、たじろいでしまった。
気がついたら、あいつの姿は夜の雑踏に消えていた。
残ったのは、かすかなタバコの匂いと、俺の心に深く刺さった、得体の知れない嫌悪感だけ。
そして翌朝、 学校に来れば、あいつはまた「優しい吉田くん」を演じている。
「勇斗?どうかした?顔色悪いけど」
昼休み、あいつが俺の席までやってきて、心配そうに顔を覗き込んできた。
俺は反射的に、あいつの手を振り払いそうになった。
その綺麗な手で、夜は何を触っているんだ。
その綺麗な口で、夜は誰と何を話しているんだ。
『…別に。なんでもねーよ』
「そう?無理すんなよ」
俺はぶっきらぼうに答えて、あいつから目を逸らす。
仁人は少しだけ悲しそうな顔をして、またあのお決まりの台詞を吐いて去っていった。
無理しないでね?
ふざけんな。
無理してるのは、お前の方だろ。
俺は机の下で拳を強く握りしめた。
あいつの正体を暴いてやりたいのか、それとも、あいつをあの暗闇から引きずり出したいのか。
自分でも自分の気持ちが分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
俺はもう、吉田仁人を「普通のクラスメイト」として見ることはできない。
あいつのあの笑顔の下に隠された、真っ暗な闇を見てしまったから。
放課後、俺は吸い寄せられるように、またあの夜の街へと足を向けていた。
あいつに、もう一度会わなきゃいけない。
会って、何を言うつもりなのか、自分でも決まっていないけれど。
でも、確かめたかった。
俺が見たのは幻じゃなかったんだってことを。
そして、あいつのあの中身が「空っぽ」だっていう、その証拠を。
街は、少しずつ夜の色に染まり始めていた。
俺は、カバンのストラップを強く握りしめ、ネオンが光り出す路地裏へと足を踏み入れた。
to be continued…
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